14話 帰ってきたワンピースと進展
私は自室にてリリィにあの男性と会ったことを話した。
彼女はとても驚いていた。
「あいつ……日和に何するつもり……?」
今にも怒りを爆発させそうな表情でリリィは発する。
声も身体も瞳も、すべてが怒りで震えている。
「分からない。薔薇を差し出されたんだけど、何が何だか」
あの時の彼は私に敵意を抱いている様子ではなかった。表情もそれほど厳しいものではなかったし。ただ、だからといって油断できるかというと、そういうわけでもない。敵だからといって敵意を剥き出しにしてくるとも限らないから。
「近寄らない方がいい、何するか分からないから」
「もし出会ってもなるべく関わらないようにするね」
「絶対!」
「そうするね」
そんな話をしていた時、とんとんという足音が近づいてきた。そして数秒後、母親の「ちょっといいー?」という声が飛んでくる。私は「なに?」と返しつつ扉を開ける。するとそこには母親が立っていた。
持っているのは、洗濯屋のビニールに包まれたリリィの服。
紺色のゴスロリ風ワンピースはすっかり綺麗になっている。
「洗濯屋さんに出していたワンピース、仕上がったわよ」
「ありがとう!」
「これ、リリィちゃんに渡して」
「はーい」
私はビニールごとワンピースを受け取った。
そして室内へ戻る。
「リリィちゃん! ワンピース仕上がったって!」
「あ……」
「はい! 綺麗になったでしょ」
リリィは瞳を輝かせる。
吸い込まれそうなくらい、ワンピースを凝視していた。
「このビニールを外せばもうすぐに着れるからね」
「……ありがとう」
せっかく可愛いワンピースなのだ、汚れたままにしておくのはもったいない。破れているわけではないのだから、着なくては損だ。一応洗濯屋に出しておいて良かった。このくらいきちんとした状態になっていれば、また着用できるだろう。
「その……色々、ありがとう」
「いえいえ!」
リリィらしくない。
珍しく素直だ。
「あのさ、あたしのこと……リリィって呼んでくれない?」
「え」
「リリィちゃん、とか……その……正直恥ずかしいし……」
「呼び捨ての方がいいってこと?」
ワンピースにかかっているビニールを外す作業に取り掛かりつつ言葉を返す。
慣れていないのでスムーズには外せない。
「そういうこと。……駄目?」
「ううん。ただ、いきなり呼び捨てとか失礼かな、って」
名前を呼び捨てにする。それはある程度親しくなって初めて成り立つ行為だと思う。あくまで私的にはだけれど。
もちろん感覚は人それぞれだから、最初から呼び捨てにする人もいるだろうし。ただ、私には、いきなり呼び捨てはハードルが高い。呼び捨てにされるのはべつに構わないし怒らないけれど、呼び捨てにするのは得意でない。
「べつにもういきなりじゃないし」
「確かにそうだね」
「じゃ、これからはリリィって呼んで」
「う、うん! 頑張る!」
ワンピースに被せられていたビニールは無事外すことができた。
「リリィ! ビニール外せたよ!」
「見たら分かるし」
「リリィ! 一回着てみる?」
「……べつに今じゃなくていいし」
「リリィ! 着てみて! 絶対似合うから!」
呼び捨ての練習も兼ねつつ大きな声を発する私を見て、リリィは呆れているようだった。
「……いちいちリリィって言わないでも分かるから」
「練習してるの!」
「は? ……練習、何それ」
「もー、察してー。リリィちゃんを呼び捨てにする練習だよ」
「そ。ま、どうでもいいケド」




