13話 薔薇一輪
校門前、差し出された一輪の薔薇が生徒たちの視線を奪う。
無理もない。怪しさ満点学校の大人の男性がただの女子生徒に声をかけているのだから。こんなことが繰り広げられていたら、誰だって、気になって視線を向けてしまうだろう。
「あの……何のつもりですか」
「あげるよ」
「要りません。では失礼しま——」
歩き出そうとした瞬間、手首を掴まれた。
「それ以上するなら通報しますよ」
半ば無意識のうちに、私は彼を睨んでいた。
触れるな、という気持ちが、自然に顔に出てしまっていたのかもしれない。
「えーどうして受け取ってくれないのかな?」
いやいや、いきなりその発言はおかしいだろう。
そもそも私たちは親しくも何ともないのだ。ただ一度ショッピングモール出会っただけ。それも、良い意味ではなく。敵に近い感覚で一回顔を合わせただけだ。そんな人から贈り物を貰う気など欠片ほどもない。
「どうしても何も、こんなところでいきなり渡されても困ります」
「じゃあ、前もって伝えておいたら受け取ってくれたのかな?」
「年下を虐めて楽しいですか。こういう嫌がらせをするのはやめてください」
「嫌がらせ? まっさか。違う」
いつになったら解放されるのか……。
一応まだ遅刻しそうな時間ではないけれど……。
「惚れちゃった、って言ったら、分かってくれる?」
「通報します」
「待て待て待て! 待ってって!」
「ではもう絡まないでください」
「あーうーん……いや、それも無理!」
何をどうしろと。
「では、取り敢えず、今は見逃してください。そろそろ行きたいので」
「仕方ないなぁ、いいよ!」
「ありがとうございます。それでは」
ひとまず離してもらえた。
それでも、これで解決というわけではないから、まだ楽にはなれない。
厄介事に巻き込まれなければ良いのだけれど。
その後、私は無事教室にたどり着くことができたのだが、クラスメイトの一部に例の件を目撃されていたということもあって色々余計なことを言われた。
浅間が年上の恋人連れてきてた、とか、校門前の不審者が浅間の知り合い、とか。
前者は完璧な勘違いだし、後者も半分近く間違った話である。
恋人うんぬんは論外としても。知り合いと言われるのも嬉しくない。知り合いと呼ばれるほど関わりがあったわけではないから。もっとも、あの場面だけ目撃した人なら勘違いするかもしれないことは理解しているけれど。
「ばいばい、日和。不審者には気をつけてー」
「その話、気に入ってるね」
「そりゃそうでしょ、面白いもんー。ま、でも、事件に巻き込まれないようにね。じゃねー」
「はーい」
以前から仲が良かった友達は、帰りしな、さりげなく私を気遣ってくれていた。
ただ、その日、あの男性に絡まれることはなかった。帰り道でまた会うことになるかもしれない、と溜め息をつきたい気分だったのだが、意外にも彼は現れなかった。
幸運というか、不気味というか。
だが、何にせよ、絡まれないのが一番良い。
「あ。おかえり、日和」
家の前で待ってくれていたリリィは、今日も、しゃがみ込んで野良猫を観察していた。
「リリィちゃん、また待ってくれてたの?」
「何となく」
「ありがとう!」