10話 迷惑論争
「アイスティー、ごめん」
「いいっていいって! 本当に大丈夫だから!」
取り敢えず危機的状況からは脱した。が、あれからというもの、リリィがやたらと謝ってくる。ちなみに、謝ってくる内容はこぼしてしまったアイスティーについてである。
確かに、こぼれたアイスティーを軽く拭き取るのは大変だった。
けれども二人で片付ければすぐに終わった。
何でもない時にこぼしたなら、意図的にいたずらでこぼしたなら、話は別だけれど。事情があって、しかも意図せずこぼしてしまったのだから、こればかりは仕方ない。誰でもやらかすことはある。私だって、うっかりでやらかしたことはある。
「でも、せっかく買ったのに」
「また買うから大丈夫」
「……迷惑かけて罪悪感」
「リリィちゃんのせいじゃないから。ね? 気にしないで?」
怪しい人からは逃れられたのだから、今はそれで十分ではないか。
私はそんな風に思っていた。が、リリィは気楽には捉えられないようで。厳しさのある顔つきで返してくる。
「迷惑かかってる!」
何もそんなに思い詰めなくても。
「実際、もう、こんなことになった!」
「落ち着いて」
通行人たちは感情的になるリリィを振り返ってみていた。が、特に口を挟んでくることはなかった。内輪の喧嘩とでも判断したのだろう。
でもそれで良かった。
私としては、周りに変に干渉されない方がありがたい。
「……やっぱ一緒にいない方がいいかもって、思う」
「どうしてそんなこと言うの」
「優しくされても、返すものないし。だからもう、こういうのやめよ。日和だって、あたしに関わってもいいことないワケだし」
どうしてこんな風になってしまったのだろう。
全力で楽しむつもりだったのに。
二人で出掛けるのを楽しみにしていた。彼女もまた楽しみにしてくれているようだった。だからきっと楽しくなると、迷いなく信じていた。リリィもそうだったのではないか。
でも、あの男が現れたせいで、気まずくなってしまった。
「そんなことない。いいことあるよ」
「……気遣いとか、要らないから」
「私はリリィちゃんと一緒にいたいよ。これからも。喧嘩しても、気まずくなっても、それでもたくさん楽しいことしたい」
私は思いきってリリィの顔へ視線を向けた。
「リリィちゃんは嫌?」
自然と視線が重なる時、リリィは戸惑ったような顔をしていた。
こちらへ視線を注ぐエメラルドグリーンの瞳には、諦めと悲しさのような色が滲んでいる。
私は彼女の答えを待った。一方的に話を進めるのはよくないと感じて。しかし彼女はなかなか口を開かない。何か言いたそうな目をしているし、こちらをじっと見つめているのだけれど、口を開こうとはしないのだ。きっと、考えていることはあるのだろうけど。
「嫌なら嫌って言ってね。怒らないから。本当の気持ちを言って」
じっと見つめて述べる。
すると、その数秒後、リリィは小さく口を開いた。
「……日和のことは嫌いじゃない」
「え、本当!? え、やった! 嫌われてない!」
つい本音を漏らしてしまった。
リリィが喋っている時にこんなことを言ってしまうというのは、少々失敗だったかもしれない。
「でも、だからこそ、迷惑をかけるのは嫌」
「迷惑なんかじゃない! これははっきり言える!」
「……嘘くさい」
「嘘じゃないってー。もー、どうしたら信じてくれるのー」
「ほら、迷惑かかってる」
「えーっ!? それは別でしょー!?」
なんだかんだで、私とリリィは、引き続き一緒に暮らすことになった。
この日は、気を取り直してアイスクリーム店で買ったカップアイスを食べてから、帰宅した。