9話 謝罪する点が意外
お手洗いから戻ると、リリィは見知らぬ男性といた。
年齢的にも性別的にも近い要素はない。それだけに不思議な感じ。似合わない、という表現が相応しいだろうか。美少女と怪しげな大人の男性が一緒にいる、それだけでも妙なことである。
「……日和」
ふと気づいてこちらへ視線を向けるリリィの瞳は恐れのような色に塗り潰されていた。
私は察する。
男性とリリィは良い関係ではないのだ、と。
でも、そういうことならなおさら、私は下がることはできない。この世界に慣れていないリリィを守るのは私の使命。不審者か変質者か知らないが、怪しい人にリリィを渡すことはできない。
「リリィちゃん、その方は?」
「……離れてて」
「え? どうして?」
「組織の同僚。これ以上言わせないで。危ないから離れて」
「そ、そうだったの……!」
同僚なんているのか、と思いつつ、私は男性の方へ視線を向ける。
相手の背が高いせいで見下されているように感じてしまう。
「へー、君、彼女と仲良しなのかい?」
リリィは男性を恐れているようだ。だから私は引けない。私だって怖くないわけではないけれど、でも、リリィを守りたい気持ちの方が大きい。
「何の用ですか」
「その子、情けないお馬鹿ちゃんだよ? それでもいいのかい?」
「あの、私たちもう行きますので。失礼します」
私はリリィの手首を掴み、男性とは逆の方向に歩き出す——が、一瞬で回り込まれた。
「冷たいなー、待ってよ」
瞬間移動した?
超能力者とか?
いずれにせよ、彼と関わるのはまずそうだ。
「言うこと聞いてくれないなら、力づくでいっちゃうよー?」
「いい加減にしろって!」
突如、私の後ろにいたリリィが叫んだ。
「この子は関係ない! 余計なことするな!」
いつになく力強い声。こんな強さも出せるのか、と、内心凄いと感じる。ただ、足が震えているので、その点は心配だ。強気に振る舞っていても、無理しているのではないか。
「あっはっは、相変わらず気が強い……なぁ!」
男性は突如蹴りを繰り出してくる。
狙いは私だったかもしれない。しかし、リリィが横向きに突き飛ばしたこともあって、私は攻撃を受けずに済んだ。ただ、豪快に転倒することにはなってしまったけれど。
でも、直接蹴られるよりは、転んだ方がまだましだろう。
「無理矢理避けさせるとは。お馬鹿ちゃんらしい愉快な判断だね」
男性はくくくと低い笑い声を発する。
しかし、先ほどの蹴りを見る感じ、彼はそういうことに慣れているようだった。やはり、単なる女の子好きの不審者ではないのか。
「一般人を巻き込むな!」
鋭く叫ぶリリィは勇ましかった。
守らなくては、なんて思っていた自分が馬鹿みたい。
「えぇー? お馬鹿ちゃんだってこの前までずーっと一般人を巻き込んでたよねー?」
「っ……それは、そうかもしれない。けど! もうやめた!」
「自分の意思じゃないよね? クビになったからだよね?」
「そんなことは関係ない!」
「あっはっは、必死だねー。ま、いいや。今日はこの辺でー」
男性はニヤリと笑みを浮かべて、指をぱちんと鳴らす。
すると姿が消滅した。
男性が去ったことを確認すると、リリィはすぐにしゃがみ込んで、まだ立てていない私に寄り添ってくれる。
「ごめん、日和」
「う、ううん、大丈夫……」
「アイスティーこぼしちゃった」
「そこ!?」
意外な謝罪点に驚いた。




