喋るカメラ
日本時間、深夜2時過ぎ。
自分の枕元がなんだか熱を帯びるのを感じては居たのだが、
眠りに着く前に吸って居たタバコの火の不始末だろうかと思い。
うっすらと目を開く、8畳程のロフト付きアパート。
天井にあるシーリングライトは常夜灯のうっすらとしたオレンジ色の光を放って居る。
枕元に置かれた小さな灰皿を確認するが、特に異常は見られない。
年中つけっぱなしになって居る換気扇がゴーと言う唸りを上げる部屋。
まだ窓から差し込む光は無く、嫌な時間に目を覚ました事がわかる。
彼は眠る時にもつけっぱなしにしている腕時計のバックライトを押し込み時間を確認する、02:07 そう表示された時計を見てから、そのまま二度寝をする為に寝返りを打つ、掛け布団を抱き込むように彼は壁際に置かれたマットレスの上で芋虫のようにうごめいて居た。
すると枕元で声がする、
「あーあー、聞こえるかな?標準でスピーカーが付いてるみたいだから聞こえると思うんだけれど」
彼は壁を見たまま背後からする声に耳を澄ませる。
一体なにが起こって居るのか?スマホ?通話はしばらく誰ともしていない筈だ、それに内容も不可解である。標準でスピーカー?
そっと振り返り充電パッドの上に置かれたスマートフォンを手に取るも異常は無い、念の為ロックを解除して起動し、アプリケーション類を確認するも起動中のアプリは無い、それにいつも通りサイレントになって居る。一度首を捻ってからスマートフォンを充電パッドに置いた瞬間。
「あっ起きてる?よね、ここなんだけどわかる?これ…何かな、多分撮影をする為の専用機械なんだと思うけど。」
ゆっくりと左に首を動かして彼はカメラの方へ目をやった。
背面の液晶が光って居るのがなんとなく見てとれる。
「はじめまして!自己紹介をしたいんだけど…良かったら目隠しを取ってくれないかな?是非君の姿を見てみたいんだ。」
「えぇぇ…」
情けない声をあげてしばらくカメラを見つめる、心臓は早鐘を打ったようにドキドキと音を鳴らして居る。一体なにが起こって居るのか、そもそもカメラに触れて良いのかすらもわからない。
「なんにもしないよ、君が居ないと僕もこれからちょっと困った事になるんだ…とりあえず、ね?声を聞かせて欲しい、なんでも聞いてくれて構わないからさ」
そう軽口を叩くカメラを注視しながら、いやそもそもカメラに口は付いて居ないのだが、いや、そもそも何故喋るのか、いや、そもそも…
「なんだ」
そんな一言しか出てこなかった。絞り出しに絞り出した言葉である。
「ちょっと大雑把過ぎないかなあ、なんだと言われたら、うーん、自己紹介して良い??」
「どうぞ…」
見えて居るのかはたまた見えて居ないのかそんな事は構わず、まるで営業先に電話口で頭を下げる営業マンの如く、彼はカメラに向かって手を差し出して促すのだった。