八話 言い過ぎました
私は今、学園の教室にいます。この学園を南北に横断……はしないけど少なくとも誰かを守っています。本当は、とてもイライラしているけど……。でも、今はもう少しだけ知らないふりをします。私の我慢がきっといつか(というか現在進行形で)、誰かの青春を守れるから。
はぁ、どうしてこうなったのでしょう。
それは一時間程前のことでした。
私たちは学園長に挨拶をしに行っていました。しかし、学園長が突然、魔法で私めがけてナイフを飛ばしてきたんです。私はノアの攻撃は効かなかったけれど、学園長の攻撃まで防ぐことが出来るかと言われるとわからないので、今度こそ死んだと思いました。するとノアが飛んできたナイフを落としてくれました。
でも、今考えると学園長は私のこと確実に殺そうとしてましたよね。えっ、怖っ。いやいや、普通に考えて本当に怖いんですけど。
本当にノアがいなかったらどうなっていたことか……。考えただけで恐ろしいです。
で、ノアは私を守ってくれたんですが、学園長に威嚇しまくって一触即発状態になったので、私と警備員の人でノアとその場を去りました。
話を聞いてみたら、ノアは私が怖がっているように見えたからナイフを落としたそうです。私がノアを守るって言ったのに、情けない限りです。もしかしたらノアは、ようやく一人じゃなくなったのに、また一人になるのが怖かったのかもしれません。私だったらそう思います。
そんなことがあったのでノアはちょっとピリピリしていました。
そんなとき、私たちは学園の教室に向かっていました。すると、なぜかみこと先生が現れてしまいました。多分、私はみこと先生を見た瞬間「げっ」と思ったのが顔に出ていたんでしょう。そのせいでノアはめちゃくちゃみこと先生を警戒していました。
「あー! 葵さん、聞きましたよ。暴れていた男の子を手懐けたって」
あー、なんで話しかけてきたんでしょう。このタイミングはどう見てもダメですよ。私が怒ったらノアの方がキレそうだから話しかけないで欲しかったのに……。
「あの、手懐けたって言い方やめてくれません?」
「ああ、そうですね。失礼なことを言いました」
「それで、なんでここにいるんですか?」
私は小声でそう尋ねました。
「この学園で教諭をやってるからですよ」
「えっ!? えーっと? まじですか?」
「まじです」
まじだったんですか。よし、この辺りで切り上げて、さっさとノアとみこと先生を物理的に離しましょう。私は行動に移そうとしましたが、ノアが袖を掴んできたので振り返りました。
「葵、このおじさん誰なんだ?」
「ああ、この人は──」
「えっ!? ちょっと待ってください! 今おじさんって! おじさんって言いましたよ!?」
私はイラッとしまいましたが、ここでイライラした態度をとる程バカではありません。ここであからさまにイライラしまえば、ただでさえピリピリしているノアが、どう行動するかわかりません。
そう考えた私はなるべく態度に出さないように慎重に話しました。
そんなことがあって、そして今に至ります。
「このおじさんはみこと先生って人です」
「わかった」
ノアは素直に返事をしました。
「ええー!? 葵さんまでおじさんって! 私、まだ三十二歳ですよ!?」
我慢です。我慢するのです、私! もし、もしもですよ。もし、私が嫌な顔をしてノアがまた暴れたら、せっかくの入学式が台無しにされてしまう人もいるかもしれません。だから私は今、みんなの青春を守っているのです。なんか、そう思うとちょっとだけイライラが収まった気がします。
「二人ともおじさんって言いますけどね、こんな若々しい教師って今時なかなかいないですよ」
なんだか周りの人の視線を感じます。ふぅ、我慢です。自分で言うのも変ですが、私ってなかなか短気なんですね。
すると周りから声が聞こえてきました。
「あっ、あれって暴れた奴を手懐けたって言う……」
「急に暴れたと思ったら急に大人しくなって迷惑な奴だよな」
「なんか、寂しいのは嫌とか言って暴れてたらしいぜ」
「なにそれきも」
プチっと、音が聞こえた気がします。あれですね、堪忍袋の緒が切れた音でしょう。
……なんか、ちょっとどうでもよくなってきました。
「あの! そこの人たち! ノアのことを悪く言わないでください! あなたたちの方が気持ち悪いです! それにみこと先生!」
「えっ!? 私!?」
「なんかうざかったです! あと制服の件、忘れてないですからね!」
……はっ! やってしまいました。つい勢いに任せて言い過ぎました。特にみこと先生にはちょっと言い過ぎたと思います。
というかノアが心配です。
ノアの方を見てみるとノアはすごく目をキラキラさせています。
……なんで?
「す、すごい! 今の格好良かった! どうやってやるの?」
おお、そうきましたか。でも、良かったです。ノアが暴れ出したりしなくて。
あっ、みこと先生は……。
「私ショックです。あー、悲しい、シクシク」
一見、ショックを受けてないように見えますが、ちょっとだけ本当に悲しそうに見えます。
「すみません、ちょっと言い過ぎました」
「『さっきのは嘘なんです』とかではないんですね」
「正直、少しうざいと思った自分がいたので……」
「そうですか。でも、葵さんがあの子たちにビシッと言っていたのを見てスッキリしたので、その件については許しますよ」
良かったです。これで拗ねられたりしたら罪悪感に押し潰されてしまうところでした。
「はーい、じゃあ、皆さん席に着いてください」
何を言い出したのかと思ったら、そうでしたね。みこと先生は先生をやっているんでした。
すると周りがまたざわざわし始めました。
「あの人本当に先生なのか?」
「怪しいよな」
ああ、やっぱり。私も最初はみこと先生のこと不審者だと思いましたからね。みこと先生には何か、信用できないオーラでもあるんでしょうか。
「あなた、先生なんですよね? 刻印、見せればいいんじゃないですか?」
私は声のする方を見ました。そこにはさっき私を案内してくれた女の子がいました。
「ああ、すっかり忘れてました。はい、これでどうですか?」
みこと先生はそう言いながら首の付け根の刻印を見せてくれました。家で私につけた刻印魔法はもう少し大きかった気がします。刻印魔法って言ってもみこと先生が偽造したものなんですけどね。
みこと先生が刻印を見せると教室にいる人たちは渋々席に着きました。
「はい、それでは自己紹介をしますね。私は朝比奈みことです。よろしくお願いしますね」
みこと先生の名字って朝比奈なんですね。初めて知りました。
「皆さんには一応、教室に集まってもらいましたが、やることもないので各自寮に自分の荷物を運ぶように。あっ、あと葵さんとノアくん、ちょっと用があるのでついてきてください。それでは皆さん、また明日」
用って一体なんでしょう。私たち何かしでかしましたっけ?
……ん? あれ? 割りとしでかしてる!?
まず、ノアが暴れてますし、その後私がみこと先生にうざいとか言っちゃいましたし……。これってもしかして生徒指導室とかに呼び出されてメンタルボッコボコにされるやつでは!?
うぅ、めっちゃ嫌です。せめてノアだけでも逃がせれるようにしなくてはいけませんね。だってノアは怒られるべきではないですもんね。
「二人とも、話しがあります」
ああ、さようなら、私のメンタル。ノアを逃がすことができなかったのが心残りです。
「どうせ葵さんは怒られるとか思ってると思いますが、私はそう言う話をしにきたわけではありません」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ、私はそんなことでわざわざ怒りませんよ」
なんだ、ノアが怒られることがなくて良かったです。
「そんなことより、大変なんです! 今日蟹食べたじゃないですか。まだまだ貯金があると思ってたんですけどね、久しぶりに通帳を見たら全然お金がなかったんですよ!」
「そうなんですか、頑張ってください」
私には関係ないので他の人に相談してほしいです。
「何を他人事みたいに言っているんですか!? 葵さんとノアくんは寮で生活するのではなく、私の家に住むことになっているんですよ!?」
「はぁ!? なんでですか!?」
「仕方ないじゃないですか! あなたが普通に寮で生活していたら、刻印魔法が偽物だってすぐにばれますよ!?」
「……はぁ、めっちゃ理不尽ですね」
「そんなこと言わずに助けてください」
「学生がどう助けろと?」
無理に決まっているじゃないですか。私は今年高校生になったんです。アルバイトなんてしたこともないですし、お金の稼ぎ方なんてわかるわけありません。
「なあ、ノアに手伝えることあるか?」
この子はなんて優しいんでしょう。こんな優しい子にひもじい思いはしてほしくありません。
「ま、まあ、一旦家に帰って相談しましょう。ずっと立っているのも疲れますしね」
「……はぁ、そうですね」
そうして私たちの貧乏ライフが幕を開けました。