五話 男装させられました
場所を移してリビング。
リビングに向かう途中で気づいたのですが家の中は現代の日本の家って感じがしました。台所も日本のものと大差ありませんでした。文明レベルは日本と変わらないと考えていいでしょう。
「葵さん、豪華な料理持ってきましたよ」
私はみこと先生に声をかけられました。
テーブルを見てみるとそこには本当に豪華な料理が並んでいます。お寿司にお刺身、それに蟹もあります!
ああ、私はなんて幸せなんでしょう。だって蟹ですよ、蟹! 高級の代名詞の蟹様が目の前にずらりと並んでいるんですよ!?
そりゃ、お寿司やお刺身も高級ですが、私の中では蟹はダントツで高級品なんですよ。年末とか蟹が食べたくなりますが値段も高いし、美味しすぎて私なんかが買ってもいいのか悩んでしまいます。
そんな蟹が! 今、ここに!
なんか幸せすぎておかしくなりそうです。
「葵さん! 見てください! 蟹ですよ、蟹! すごくないですか!? 私すごく奮発したんですよ!」
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げました。
「もっと感謝してほしいくらいです。本当に頑張ったんですからね」
みこと先生は自慢気にそう言いました。
「まじでありがとうございます」
私は今、日本の伝統文化である『土下座』を披露しようかと思うくらい感謝しています。
「今私は久しぶりに感謝されてとても気分がいいので蟹、たくさん食べていいですよ」
ごくり。
「では遠慮なくいただきます」
そして私はとんでもない量の蟹を食べました。
「いや、食べ過ぎじゃないですか? その位の年の女の子って大抵、体重が増えたとか気にするものじゃないんですか?」
「私は太らない体質なので大丈夫です」
「いや、でもあの量は……」
「大丈夫です」
「あ、はい」
そういうのは自分でもわかっているのでわざわざ人に言われるとイラッとします。なのでなるべく言わないでほしいです。これだから乙女心のわからない人は……。
「そういえば葵さんに入学式の話してなかったですよね?」
ああ、確かに入学式についてみこと先生からは日付くらいしか聞いてなかったですね。
「せっかくなので今説明しちゃいますね」
おお、すごく突然ですね。びっくりしました。
「葵さんが入学する学園に入学するためにはある儀式をしないといけないんですよ。入学式の一日前から棺に入ったりするんですけどね、これがまた面倒で面倒で……。まあ、そんなことはどうでもいいんですけど、簡単に言うと、まず入学するに相応しいと学園側から認められた人に棺に入ってもらいます。もちろん本人の了承を得た上で、です」
私の場合は了承得てませんけどね。
「本当は棺は学園の敷地内にあるはずなんですけどね。葵さんはなぜか学園とは全く関係のないところに棺と一緒にいましたが……まあ、大方葵さんの固有魔法に目をつけた輩が葵さんを利用するつもりで運んだのでしょう」
「へぇー、そうなんですね」
「いや、少しは危機感持ってくださいよ」
あれ、興味ないのが声に出ていたみたいですね。
「それで棺の中で眠っている間に棺に付与されている魔法で入学証明の刻印が刻まれるんですよ。棺の中でそれが終われば晴れて入学、となるんですが……」
「私の場合、棺開けちゃいましたもんね」
私がそう言うとみこと先生はお酒でも飲んだのか、泣きそうな顔でこっちを見てきました。
「そうなんですよぉ、私、とんでもないことをやらかしてしまったんですよぉ。棺を開けたら棺に付与されている魔法の効果も切れてしまいますし……もうクビにされるんでしょうか……」
なんかだんだんみこと先生が可哀想に思えてきました。
「うーん、じゃあこうするのはどうでしょう」
私がそう言うとみこと先生は嬉しそうな顔をしました。
「何かいい案があるんですね!」
「いい案というか、これはみこと先生がどれ程魔法を使えるかにかかってきます。もし無理そうなら言ってほしいのですが……」
「任せてください! 私、こう見えても結構魔法使えるんですよ!」
みこと先生は目を輝かせてから自信満々の笑みでそう言いました。
「わかりました。では作戦を説明します。まず私が棺に入ります。もちろんあの男の子も一緒に、です」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください。なんでその子も一緒なんですか!?」
今から素晴らしい作戦を説明しようとしたのに遮られてしまいました。
「そりゃそうでしょ。だって同じ棺に入っていたんですよ?その子も入学するに相応しいと学園側が思ったのかもしれません。だからその子も一緒じゃないと不自然になってしまいますよ」
「確かに……言われてみればそうですね」
「続きを話しますね。私たちが棺に入ったら、みこと先生のマジカルなパワーで入学証明の刻印とかそーゆーやつをぱぱっとやっちゃってください。それで私たちが入った棺を学園までこっそり運んでください」
「いや、そんな簡単に言われてもこっそり学園まで運ぶって絶対大変ですよ! それに刻印魔法って意外とややこしくて……それに葵さんの固有魔法があると魔法が使いにくいというか……」
「そうですか、なら別にいいです。みこと先生なら出来ると思ったんですが……」
すごく残念です。期待していたのに。
「あっ、あまり気にしないでください。誰にだって不得意なことの二つや三つ、時には四つぐらいありますよ」
「励まそうとしてくれているのは十分過ぎる程伝わってきました。ありがとうございます、励まされてなんだかやる気が出てきました」
「本当ですか!?」
「ええ、魔法師の英雄と呼ばれたこの私に任せてください!」
魔法師の英雄と呼ばれたかどうかは怪しいところですが、みこと先生がやる気になってくれて良かったです。
「そういえば、入学についてまだ話していなかったことがあるので今話してもいいですか?」
「いいですけど、どうしたんですか? 改まっちゃって」
みこと先生はいつになく真剣な顔をしています。
「ちょっと嫌かもしれないですが大切なことなんです。このお願いを聞いてくれると嬉しいんですが……」
「そのお願いとやらは聞きますから早く言ってください」
「本当ですか!? では、遠慮なく。学園で男装してください! お願いします!」
「は?」
いや、本当に、『は?』って感じなんですけど。まだ十代の女の子に男装しろって、ヤバい人が言うことですよ。
「あっ、勘違いしないでくださいね? 学園の生徒のほとんどが男子なので女子がいると目立つんですよ。だから男装してくれないかなって思ったんですけど……」
「ほとんどってことは少しは女子、いるんですよね?」
「はい、そうです」
みこと先生はしゅんとしています。それに声が小さい。
「でもですね、葵さんの固有魔法はただでさえ世界を揺るがす程の影響力があるものなのに、芋臭い男子の中に葵さんのような美少女がいたらすっごく目立つじゃないですか。注目されてしまうと葵さんの固有魔法を知ろうとする不届き者が現れるは目に見えています。葵さんの固有魔法はさっき言ったようにすごいものなんです。だから葵さんの固有魔法を知った人は葵さんを絶対利用しようとします! だから目立たないでください! お願いします!」
「すごく早口でしたね」
「いえ、そんなことは……」
無意識だったのか、みこと先生は少し焦っているように見えます。私の固有魔法の効果がすごく気になりますが、その話は後で聞きましょう。
「まあ、男装する理由はわかりました。でもみこと先生だって私を利用するんですよね?」
「ちょっと、葵さん、いじわるしないでくださいよぉ。住む場所を提供してるんだからちょっとくらいいいじゃないですか」
「冗談ですよ、男装するのは別にいいんですけど、私、髪切りたくないので男装難しくないですか?」
「そうですね。葵さんは髪長いですし、そもそも色が目立ちますね。あっ! そういえば、髪の色を変えるスプレーをこの前学園長に押し付けられたんでした。早速使えそうですね」
確かに色さえ変えれば目立ちませんよね。最近は髪の長い男子だっていますしね。でもみこと先生が髪を染めろなんて言い出さなくて良かったです。染めるのはちょっと、いや、かなり嫌ですから。
では早速そのスプレーを使ってみます。
みこと先生に鏡を借りてやってみましたがなかなか難しいですね。みこと先生は手伝おうとしてくれましたが、髪を触られるのが嫌だったので自分でやると言ってしまいました。みこと先生に髪を触られるのが嫌なわけではなくて、人に触られるのが嫌なんですよね。
でも自分でやるなんて言わなければ良かったです。これ意外と難しいですね。
苦戦すること二十分。
なんとか髪の色を変えることに成功しました。なんだか変な感じです。十五年間、いえ、もうすぐ十六年間になりますね。その間ずっと白髪で生きてきたのでいきなり黒髪になると不思議な感じがします。
「いやぁ、美少女って怖いですね。どんな髪色でも似合うんだから」
「それ褒めてるんですよね?」
「はい、そうですけど?」
似合うと言われたことは素直に嬉しいんですけど、怖いと言われるとなんだか複雑な気持ちになります。
「うーん、髪を下ろしたままだとすぐに女の子だってばれる気がするので結んだらどうですか?」
確かに下ろしたままよりは結んだ方がばれにくいですね。
私は早速髪を結んでみました。
「……美少女って本当に怖いですね。髪を結んだだけなのに可愛さが引き立ち過ぎてます。怖いです」
褒めてるのでしょうか、貶しているのでしょうか。
「大変です、このままだと可愛すぎて女の子だってばれます。……そうですね、メガネかけたらどうですか?」
「でも私すごく目良いですよ?」
「そういうのは伊達メガネでいいんですよ、さあ、さあ、かけてみてください!」
「みこと先生、私で遊んでませんか?」
「まっさかぁ、そんなことありませんよ。私は葵さんが目立たないように全力を尽くしているんですよ? なのでこのメガネをかけてみてください!」
みこと先生はなんだか楽しそうです。私は全く楽しくないですけどね。
でもメガネをかけることには賛成なのでかけてみました。
「どうしましょう、葵さん、すごく可愛いです。私がメガネ属性あったら死んでますよ」
そう言われたので鏡を見てみました。
「……私気づきました。可愛いのはもう仕方ないんです。だからこれでいきましょう」
「そうですね、これ以上どう足掻いても無駄ですね」
はぁ、男装って難しいんですね。