二話 ここは異世界らしいです
「ああ! ようやく見つけましたよ! これで私も億万長者! じゃなかった。早くしないと他の誰かに見つかってしまう。ここはさっさと撤収するのが最適ですね」
んー、うるさいですね……。誰かしゃべっているのでしょうか。
私はまだ……眠い、です。目覚まし時計がうるさ……くない?
あっ! そうだ、私誘拐されたんでした。まだ確定したわけではないですけどこの状況ならそう考えるのが普通です。
「でもこれ持つのが面倒くさ……ごほん、運ぶのに時間がかかってしまいますね。ふんっ、ぐぬぬ。全然動かないじゃないですか」
まだ誰かがしゃべっている幻聴が聞こえますが、ふむふむ、私は今、箱の中にいるみたいですね。隙間から光も差し込んでいることですし多分箱的な何かの中にいるのでしょう。
だいぶ痺れも引いてきたことですし、足で蓋になっている部分を蹴れば案外開いたりしないでしょうか。本気で蹴ったらこの箱的なものが壊れる気がしますけど。
だってこれ木でできてるんですよ。蹴ったら割れますよ、多分。
「ええい、儀式の手順なんてこの際どうでもいいです! もう開けますからね!」
あー、もうっ! さっきからうるさいとは思っていましたが更にうるさいです! 誰ですか! 幻聴じゃなかったんですか!?
……はっ! まさか誘拐した本人だったりして……?
木と木の間から差し込んでいた光がどんどん強くなっています。正直、眩しいです。箱的なこれを開けてくれるのはとても嬉しいのですが、逃げ場がないことに気づいて焦っている私。ああ、私死んだわ。
いや、そんなことはないですよ、私!
蓋が完全に開いたら即座に起き上がって犯人に蹴りを入れましょう。そして逃亡。完璧です!
あとは蓋が開くのを待つだけです。
「どんな美少女が……ごほん、美少女と決まったわけではありませんし、美少年という可能性だって……」
箱を開けようとしている人っぽい人の声がします。
よし! 蓋が開きました! 私は嫌な予感がしましたが物凄い勢いで起き上がってしまいました。
「「痛っ!」」
私の頭に何かが直撃しました。
うぅ、すごく痛いです。私のご尊顔に傷が付いていたかもしれないです。危ない、危ない。
それにしても私の頭に何が直撃したのでしょうか。辺りを見渡して見ると大の大人が地面に寝そべっています。なんでしょう、この大人。情けないですね。
じっとその男の人を観察していると、突然むくっと起き上がりました。めっちゃビビるのでやめていただきたい。
「いやぁ、おかしいですね。入学式まで動けないはずではなかったのでしょうか」
なんか急に一人で話し始めてますよ、この人。多分、危ない人なんでしょう。逃げるのが最適な気がしてきました。よし、逃げましょう。
「ああ、ちょっと待ってください」
まだ一人で話してますよ、怖いですね。私は歩いて逃げ始めました。
「あなたですよ、あなた」
あーゆー人とは関わっちゃダメって兄さんが言ってました。
「そこのあなたでーすよっ」
うっ、多分もうこれ以上逃げれない気がします。逃げてもきっとすぐ捕まるでしょうしね。だって周りにすごい数の人が隠れているんですもん。
「な、なんですか」
その男はにこやかに笑っています。まるで自分は善人だと言わんばかりです。
「おや、逃げないんですね。てっきり猛ダッシュで逃げられるものかと思ってました」
私だって逃げたかったですよっ!
「逃げても無駄だと思ったので。まず名前を伺ってもよろしいですか?」
まずは自己紹介が大切だと思います。
「おや、これはこれは、丁寧にありがとうございます。私は……そうですね、みこと先生と読んでください」
箱を開けたであろう男の人が変なことを言ってきました。
なんで知らない人のことを先生と呼ばないといけないのでしょうか。先生呼びは勘弁してほしいと言いたかったですが、この人が無言の圧力をかけてきたので嫌とは言いにくい雰囲気になってしまいました。
「うっ……わ、わかりました」
「えっ!? いいんですか!? いやぁ、私の生徒は私のことを『眼帯クソ野郎』って呼んでくるんですよ! 眼帯は仕方がないじゃないですか! 着けないともっと酷い呼び名にするだろうに。あなたもそう思うでしょう?」
「私に同意を求めないでくださいよ」
眼帯クソ野郎ってなんだか変態クソ野郎って言ってるみたいですよね。あっ、これ本人には秘密にしなきゃですね。
……辺りをよく見てみると至るところに武装した人たちが隠れています。不幸なことに私は今、森の中にいます。このまま逃げても土地勘のない私ではすぐに捕まるでしょう。
ここは大人しくするのが一番安全でしょう。それにすぐ襲いかかって来ないということは話し合いをする気がないわけではないということなのでしょう。
ですが、今の私は圧倒的に情報が足りません。何か少しでも役に立つ情報を得るためにこの男に話しかけるのが一番助かる確率が高い気がします。
かと言って何か良い質問が思い付いたわけではないのでそのまま話を続けるだけなんですけどね。
「着けないとってことは眼帯の下に何かあるんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみました。
「ああ、見ても驚かないでくださいね。実は……」
知らない人……じゃなかった、自称みこと先生は眼帯に指をかけました。ゆっくりと恐る恐る眼帯を外していくみこと先生。
「私の目、青いんですよ」
「? 綺麗じゃないですか」
何かおかしいところでもあるのでしょうか?
「驚かないのですか?」
驚くって何を驚くんでしょう? 確かに青い目は日本では珍しいですけどそんなにびっくりしないと思います。
「だって魔女と同じ色の目ですよ? 普通の人なら私の目を見ただけで怖がって近づきもしないのに」
「魔女? 何言ってるんですか?」
「えっ!? 魔女を知らないんですか!?」
やっぱり私の勘は当たっていたようです。この人はおかしい人ですね。それも重度の中二病。
「魔女って……あなたは中二病か何かですか?」
「ちーがーいーまーすー、全く失礼な人ですね。魔女を知らないってことはもしかしてあなた日本人ですか?」
ちーがーいーまーすーがかなりイラッとしましたが、この人は何かを言っているのでしょう。日本人に決まっているじゃないですか。ここは日本で私はどこからどう見ても日本人ですよ。
「そうですけど……」
「やっぱり。では今何が起こっているか全然理解できていないあなたのために親切な私が説明してあげましょう。事実だけ述べるとあなたは異世界に転移してしまった、というのが事実です」
自称みこと先生はおかしなことを言ってきました。そんなの信じる人なんているわけないじゃないですか。その話を信じる人なんて相当な馬鹿ですよ。
「それを鵜呑みにする程私は馬鹿ではないんですけど」
「まあ、『これ』を見たら信じることができると思いますよ」
みこと先生のいう『これ』がテキトーなものだったら、この人は本当にやばい人ということが証明されるのでさっさと逃げたくなるんですけど。
「ではよーく見ていてくださいね」
その人は私に向かってニコッと笑いました。やばい人だとわかっていますがなぜかこの人の笑顔を見て安心してしまいました。
気を確かに! 私! この人はやばい人か誘拐した本人ですよ!
私がそんなことを考えていると空気がびりびりと振動し始めました。
「グラビティオペレーション」
なんでしょう、魔法の詠唱的なものでしょうか?
これで何か変化があれば、この人は不思議な力を使うことが出来るということになります。この人は不思議な力を使えば、私がここが異世界だと信じると思ったのでしょう。何か起これば私だって信じます。そんなに私の性格はひねくれてませんしね。
そんなことを考えていたらなんだかふわふわしてきました。……いいえ、本当にふわふわしてるっぽいですね。ていうか私飛んでる!?
ふわふわと高度がどんどん上がっています。やばいです! 私、高所恐怖症なんです!
「ちょ、お、おろしてください!」
「なんですか、もうギブアップですか。つまんな……ごほん。仕方がないですね。今おろしますよ」
私はふわふわと羽のようにゆっくり着地しました。はぁ、こ、怖かった。
「ここが異世界って信じてくれましたか?」
みこと先生はニコニコとしながら尋ねてきました。
こんなもの見せられたら信じるしかないじゃないですか。実感は沸きませんが私は異世界にきてしまったようです。