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現実世界恋愛(かもしれない)

たとえ生まれ変わっても、好きになってくれますか?

作者: 刻田みのり

 義妹の秋穂(あきほ)が風邪をひいた。


 頼りになる二人の義姉ともう一人の義妹は用事があって朝から外出している。だから今日は俺が看病してやらなければならない。


 まあどうせ暇だしあいつのためだからな。


 俺は風間四季(かざま・しき)


 風見大学附属高校の一年生だ。


 俺と秋穂が中学を卒業してすぐ俺の父親と秋穂たちの母親が再婚したせいで俺たちは義理の兄妹となってしまった。おまけに父親の海外赴任が決まり義母もついて行ったので俺は秋穂たち四姉妹と暮らすことになった。何だか安っぽいラブコメみたいな展開だがとりあえず秋穂と一緒にいられるので良しとしている。


 俺は春香(はるか)姉が用意してくれていたおかゆを温め直し秋穂の部屋の前に立つ。プラスチック製のトレイの上にはおかゆの鍋と取り皿、レンゲ、ペットボトルのミネラルウォーターとコップ、それに風邪の処方薬が載っている。それらを滑り落とさないよう気をつけながら部屋のドアをノックした。


「秋穂、起きてるか?」


 変じはない。


 まだ寝ているのだろうか。もう一度試してみて駄目だったら少し時間をおいて出直そう。そう判断して俺は声をかけた。


「秋穂、起きてるか?」

「う、うん」


 ちょっと弱った声が返ってきた。


 俺は心配しつつたずねる。


「入ってもいいか?」

「うん」


 大分調子が悪そうだ。昨日医者に診てもらったばかりだからそう簡単に治らなくても仕方ないか。


 ともあれ許可は取れた。


 俺はトレイの上を崩さぬよう注意して入室する。空気なんてどこも同じはずなのにどこか甘い匂いがしていた。秋穂たち四姉妹と一つ屋根の下で生活するようになったせいで女に対する幻想はそれなりに失ってきたつもりだ。正直、知らなければ良かったと思ったこともある。それでもやっぱり女の子の部屋は特別だ。男のそれとは違う。


 秋穂は窓の傍にあるベッドに寝ていた。しっかりと桜柄の掛け布団とオレンジ色の毛布をかけている。枕は白地にピンク色のラインが縁取られていた。秋穂のショートにした黒髪が寝続けていたからか乱れている。ほんのりと赤い顔は熱のせいで間違いないだろう。だが、そのおかげで潤んで見える目と肌の紅潮がやけに艶っぽくて堪らない。


 俺がベッドの脇にトレイを置くと秋穂がこの世の終わりみたいな口調でつぶやいた。


「あたしもう長くないかも」

「おいおい、随分大げさだな。お前のはただの風邪だぞ」

「そんな訳ないよ」


 秋穂が小さく首を振る。頭が枕に擦れる音がやけにはっきりと聞こえた。


 春香姉が開けておいてくれたのだろう、薄緑のカーテンは閉じておらず十一月の頼りなげな日差しが窓から射し込んでいた。澄み切った空が凜とした空気を思わせる。気温は低いがいい天気だ。


 秋穂が質問してきた。


「あたしが死んじゃったら四季は悲しい?」

「まあ、そうだな」


 俺は彼女に目を戻す。涙こそないが泣いているようにも見えた。つーかこいつ本気で弱ってるな。


「だが安心しろ、お前は死なん」

「そんなのわからないよ」


 秋穂が目を瞑りふうっと息をつく。


「だってこんなに身体がだるいし、頭はずーんとするし、喉は痛いし、熱っぽいし、鼻水だって出るし、くしゃみもするし、これもうかなりやばい病気だよ」

「いや、それ風邪の諸症状だから」


 つい、つっこんでしまう。


 前言撤回するべきかな?


 こいつまだまだ余裕がありそうだぞ。


「じゃあ食事は無理か? おかゆを持って来たんだが」


 俺がそう言うと秋穂がさっきまでの弱々しさなど嘘のように首をぶんぶんさせた。相応に枕の摩擦音も激しくなる。。


「ううん、食べる」

「……」


 食うんかい。


 てか、こいつだんだん元気になってきてないか?


 疑念が生まれるもとりあえず食べさせることにする。秋穂の半身を起こし、おかゆや食器を落とさぬよう注意しながらトレイをベッドの上に移した。


 おかゆの鍋のフタを取ると美味しそうな匂いが湯気とともに広がり鼻腔をくすぐる。シンプルなおかゆだが食欲を誘った。


 いや、俺の食欲を誘ってどうする。


 これは秋穂のおかゆだぞ。


 心の中で自分につっこんでいると待ちきれないといったふうに秋穂がせがんできた。


「四季、ふーふーして」

「あ、ああ」


 俺はレンゲで数回かき回してから一口分をすくう。


 ふーふーと息を吹き掛けて冷ましてやると、口をあーんとさせて待っている秋穂にレンゲを差し出した。


 パクリ。


 うーん、と両手を頬に当てて秋穂が悶えるように身をくねらせる。そんなに美味かったのかと半分思いつつもう半分でこいつ元気かもと疑いを深めた。少なくともこれは死にそうな病人の反応じゃない。


 それと春香姉には後で同じ物を作ってもらおう。


 おかゆを食べ終え風邪薬も飲むと秋穂はまた横になった。


 俺はほぼ確信していたがあえて秋穂の嘘について問い質したりしなかった。程度の差こそあれ病人には違いないからだ。


「ねぇ四季」


 とろんとした声で秋穂が言った。


「あたし、死んでも四季のこと忘れないよ。四季のことずっとずーっと憶えているからね」

「いや、死んだら忘れるも糞もないだろ」

「ううっ、四季ってば冷たい」


 ぷくっと彼女は頬を膨らませる。拗ねたようにごろんと背を向けた。


「もうあたしのこと飽きちゃったんだね」

「嫌な言い方をするな」

「あたしは四季のこと好きなのに。こんなに身体が火照るくらい好きなのに」

「いや、それ風邪のせいで熱があるだけだから」

「ううっ」


 またごろんと寝返りを打って秋穂は俺に向いた。うるうるした目も彼女がコンプレックスにしているそばかすも可愛い。こいつと何ヶ月も生活をしてるというのにこの可愛さになれるにはあとどれくらいの時間が必要なんだろう。


「四季はもっとあたしを大切にするべきだよ。そうじゃないとあたし四季のこと嫌いになっちゃうよ」


 まっすぐな眼差しに俺は言葉を詰まらせる。こいつに嫌われるなんてそれこそこの世の終わりだ。というか俺が終わる。それ絶対終わる。


「あのね」


 俺が黙っていると秋穂の小さな愛らしい唇が動く。


「あたし、たとえ生まれ変わっても必ず四季のこと見つけて好きになるからね。あたしが人間じゃなくて犬とか猫になっていても好きになるからね」


 もう俺はつっこまない。


 種族が異なるのに恋愛関係が成立するのかとか、生まれ変わりが犬猫でもいいのかとかそういう無粋なつっこみはしない。


 何より秋穂に嫌われたくない。


 惚れた弱味というか、中学のときにこいつに告って以来、俺はこいつのいない人生なんて考えられなくなっているのだ。


 秋穂が問いかける。


「四季は? ねぇ、四季は生まれ変わってもあたしのこと見つけてくれる? 好きになってくれる?」


 不安げな顔をする彼女の頬に俺は唇を落とす。温かな彼女の体温。甘い彼女の匂い。柔らかな肌の感触。くすぐったそうにするのも構わず位置をずらしながら何度も唇を落とした。


 最後に長い口づけをして俺は答える。


「そんなの決まってるだろ」

「どう決まってるの?」


 意地悪そうに秋穂が微笑む。小悪魔のようなこいつの笑顔は嫌いじゃない。だが、俺は気恥ずかしさのほうが勝ってしまいぷいと横を向いた。耳が熱い。俺まで熱が出たようだ。


「ねえ、どう決まってるの? はっきり言ってもらわないとわからないよ」

「……」


 俺は顔をしかめ、秋穂の額にデコピンを食らわせる。ぺちんと小気味良い音が響いた。不服そうに目で訴える彼女に俺は言ってやる。


「黙れドアホ」


 何回でもお前を見つけるし、好きになるに決まってるだろ。


 胸の中でそう付け足した。



 了。

 


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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