表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑記  作者: ともるん
PR
72/415

雑記(68) 「暴君」

「単線電車の旅」


単線電車に乗って、現地でレンタサイクル乗って…

というような旅をしたことがあった。


旧街道は車一台がやっと通れそうな狭い道。


両側は昔はお店がズラーっと並んでたんだろうなって雰囲気が残ってた。


途中、観光客目当てだろうけど古い井戸が残ってて写真を撮り。


気になったのは古いお墓。

江戸時代くらいかな?


みんな平べったいの。

先はギザギザにとがっていて見たことない形。


お墓ではなくて板碑いたひというものだったのかな。


山と川にはさまれた田んぼが広がる草原のような所にも板碑?群があって、説明書きがあった。


『清和源氏〇〇家の塚』みたいな内容。


古い書体なので正確にはわからず。


このときなぜか、銭湯の壁に描かれていた「金太郎」の絵を思い出す。


小さい頃、祖父母宅へ泊るときは家族で近くの銭湯に

行ってた。(家風呂が狭くて古かったので)


そこの銭湯の壁に、

草原でたくさんの動物たちに囲まれた中、

熊と相撲をとる金太郎が描かれてた。

(モザイク画だったと思う)


自分でも(なんで急に金太郎?)って不思議だった。


自宅に帰ってから、(そういえば金太郎ってどんな物語だっけ?)と思った。**


調べてみたら、

源頼光みなもとのよりみつの家来の1人なんだね。


この頼光、清和源氏だった。


清和源氏の祖は経基つねもとになってるんだけど、

本当は陽成ようぜいではないかって説がある。


暴君だったために消された説。


都合が悪いからすり替えられた?



なぜ今この話を書いてるかっていうと、

聖書のカインとアベルもそうなんじゃないかと思って。


アベルを殺したあと、カインは「エデンの東」に追放されてしまう。

(ジェームス・ディーン「エデンの東」はここから)


アダムとイブの子孫がいなくなってしまうので、

急に「セト」が神様からの贈り物として現れる。


この「セト」の子孫が箱舟作った「ノア」であったり、最終的にイエス・キリストになるんだけど。


セトの子孫とカインの子孫が似てるんだよね。

(その指摘はみんなしてるんだけど)


カインとセトは同一人物。


っていうのは言えないんだろうなぁ。



でも、個人ではないよね。


日本でも海幸うみさち山幸やまさちの話があるけど、仲の悪い兄弟の。


兄       弟

 海幸      山幸

 狩猟民     農耕民

 移動      定住

 

そういうものの象徴かな?と思う。


元々、海洋民族が日本の先祖の1人なのかな。

日本神話には「海」にまつわる神様が多いから。

海を渡って来て→日本に定住していった?


ちなみに山幸は浦島太郎のこと。

青木繁「わだつみいろこの宮」の山幸が綺麗なので参考に。



大陸の方の歴史見て見ると、


農耕民→遊牧民→農耕民


って推移みたい。


なので、カインとアベルも…


長男     次男     三男

 カイン    アベル    セト

 農耕民    遊牧民    農耕民

 

なのかな、と。




ロシアとウクライナのユダヤ人が

イスラエルの「帰還法」によって入国を受け入れられてる。


聖書には世界各地に散らばったユダヤ人の「シオンへの帰還」が記されてる。


シオン=現イスラエル


シオンへの帰還=現イスラエルの帰還法



聖書には「さまよえるユダヤ人」て記述もあって、

ゴルゴタの丘を十字架を背負って歩くイエス・キリストを侮辱ぶじょくしたユダヤ人が呪い(?)をかけられてる。


イエス・キリストが再び地上に現れるまでさまよい歩くというもの。


キリストの再来=最後の審判の後に現れる


これを本当に信じてる信者がいるなら、最後の審判があるまで救われないと思うんだろうか。



これも解釈違いじゃないのかな。


イエス・キリストが呪いみたいのかけないと思う。


何かの比喩ひゆのような気がする。




カインとセトが同一人物だと都合が悪いのは

カインが殺人を犯してるから?


でも、先祖が罪を犯してても

子孫にイエス・キリストが誕生するなら

「人格に血筋は関係ない」ってことになる。



人間は過ちを犯す。


だけど。


「アメイジンググレイス」(*)が奴隷商人が改心して作った詩であるように、人間には可能性がある。



私は「最後の審判」てのは人間の心の中のことだと思う。


改心するまでの心の葛藤。

戦い。


そのあとに現れるのがイエス・キリストなのじゃないかな。






*映画「アメイジンググレイス」参考


**月岡芳年の“頼光と金太郎”に毛むくじゃらの金太郎が描かれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ