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始まりの朝

翌朝、僕は誰かが窓ガラスを叩くコンコンという音でぼんやりと目を覚ました。頭の後ろで腕を組んだまま、朝の光に目を細めてゆっくりと横を向くと、緑川さんが少しかがんで車の中を覗き込んでいた。


僕が窓を下ろすと、緑川さんは申し訳なさそうに

「安田くん、ごめんね。私がソファで寝てベッド使ってもらえば良かったのに、車で寝させてしまって。」と言った。彼女は白いワンピースを着て、頭にはつばの広い帽子をかぶっていた。その姿は、僕のイメージの中の高原の少女そのものだった。

「いや、いいよ全然。自分が宿取り忘れてただけだから。」と僕は伸びをしながら答えた。

「本当にごめんね。あの、これから朝ご飯作るんだけど安田くんも一緒にどう?」と言って緑川さんはにこっと笑った。

「あ、じゃあ頂こうかな。」と答えて僕は車から降りた。外は昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていて、夏の太陽がニッコウキスゲをいつものように輝かせていた。


緑川さんのログハウスに戻ってみると、家の中は光に満ち溢れていて、昨日とは全然違う場所にいるかのようだった。僕が座って待っていると、緑川さんは2人分のフレンチトーストとコーヒーを用意してくれた。フレンチトーストは盛り付け方と蜂蜜のかけ方がお洒落で、喫茶店で出てきても違和感がない位のクオリティだった。

僕たちは向かい合って、しばらくの間黙々と食事をしていた。昨日起きたことを口にすべきなのかどうか、お互いが迷っているのは明らかだった。フォークとナイフがお皿に触れ合うカチャカチャという音だけが、その高原の小さな家の中に響いていた。


「昨日は、あの…ありがとう。」とやがて緑川さんはマグカップを持ちながら言った。

「いや、うん。自分もどうしたら良いか分かんなくて。」と答えながら、僕はフレンチトーストを口に運んだ。

「昨日ひと晩泣いて、ぐっすり寝て、私の中で何かが変わったような気がする。」と緑川さんはコーヒーに視線を落として噛み締めるように言った。

「何かって?」と僕は彼女の方を見て尋ねた。

「うーんとね、何て言えばいいのかな…」と言って、緑川さんは軽く頬を膨らませて少し考え込んでいた。

「ちょっと上手く説明できないんだけど…あ!そう言えば、安田くんにまだアトリエの中見せてなかったね。これ食べ終わったら案内させて。」と緑川さんは突然ポンと手を叩いて楽しそうに言った。


緑川さんの家のアトリエには、やはり多くの絵が置かれていた。油絵、水彩画、版画と色々なジャンルの絵があったが、やはり霧ヶ峰高原の風景を描いたものが多かった。緑川さんはその一つ一つの情景を、僕に丁寧に説明してくれた。僕は10年という月日が流れても、緑川さんがこうして絵を描き続けているという事実がただ嬉しかった。高校生の時に天才と呼ばれた緑川さんは、僕にとって今でも特別な人だった。


僕はふと、一枚の水彩画に目を奪われた。そこには年老いた男性がベッドに座ってこちらを見ている様子が描かれていた。男性はどこか疲れた様子だったが、穏やかな微笑を浮かべていた。

「この絵は?」と僕は緑川さんに尋ねた。

「えっと、これはね…」と言って彼女は少し言いよどんだ。


緑川さんは何かを思い出すようにじっとその絵を見つめていたが、やがて僕の方を見ると、

「安田くん、実はね。私未来が見えるの。」と言った。

「え?」と言って僕は口を半開きにしたまま彼女を見た。それはどう考えても冗談だと思ったけれど、緑川さんは冗談を言っているようには全く聞こえなかったし、第一緑川さんは冗談を言うような人ではなかった。

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