81話 冒険者サンドラ11
それから、2週間。
サンドラたちの姿はプルミエの街、試練の塔にあった。
塩の洞穴よりこちらを優先したのに大した理由があるわけではない。
やはり塩の洞穴にはヤクザドワーフの存在があり、オグマがそれを嫌ったためだ(本人は否定しているが)。
「これで7階に到達か。次はどうだろう?」
「リンの魔法を中心に組みたてれば、ある程度は行けるだろうが……その場合は戦闘の回数が問題になるだろうな」
オグマとドアーティが周囲を警戒しながら作戦会議をしている。
ここは6階のボスを倒し、7階に上がった小部屋だ。
回復の泉はないが交代で見張りに立ち、装備の点検、水分補給、軽い食事など冒険を続ける準備を整える。
「よし、アタイはいいよ。オグマと代わろう」
「うむ、ざっと補給をしてしまおう。少しだけ頼む」
オグマは「ふうーっ」と大きく息を吐き出し、ゴキゴキと首を鳴らした。
ダンジョン内では時間の経過が分かりづらいが、かなりの時間が経過したようだ。
皆の疲労がハッキリと見てとれる。
「安全地帯があれば仮眠をとるか……無理せずに引き上げるのも視野に入れなきゃね」
「そうだな、今回は様子見だ。長期戦なら違った支度もいるだろうしな」
サンドラとドアーティが引き上げを相談するころ、リンが「交代するでやんす」と立ち上がった。
食い意地の張ったリンは干し肉と堅焼きパンをガッついていたために時間がかかったのだ。
「あんまり食べると帰りの分がなくなるよ」
「まあまあ、そう言うな。リンだって考えてるさ」
サンドラの小言をドアーティがなだめ、リンと交代した。
(む、アタイも疲れが出てきたか)
なにかとイラつき、口うるさくなるのはサンドラに余裕がない時のクセだ。
ドアーティはそれをやんわりと指摘したのである。
「ひひっ、さーせん」
「いや、アタイが悪かった。でも、足りなくなっても分けてやらないよ」
サンドラが素直に謝ると、リンはニカッと欠けた前歯を見せて笑った。
気にした様子はまったくない。
「足りなくなったら、あそこのオジサンからもらうでやんす」
「やらんぞ、ふざけるな」
いつものようにリンとドアーティがギャアギャアと騒ぐが、オグマは2人に目もくれず「完了だ」と立ちあがった。
「矢が残り4本しかない。7階は少しだけ見たら引き返すべきかもしれんな」
「おいおい、少し待て。リン、身支度の邪魔するんじゃねえよ」
オグマが身支度を整える間、リンと遊んでいたドアーティは実に中途半端な状態だ。
ドアーティは慌てて飴を口に含み、立ち上がる。
酒や甘味などの嗜好品は疲れを癒し、士気を高める。
ダンジョンに持ち込む冒険者は意外と多い。
「よし、それじゃあ試しに進んでみるか。アタイが先行する」
「他の冒険者もいないでやんす。魔法はぶっ放しでいくでやんすよ」
大勢の冒険者で賑わう試練の塔だが、ここまで来る者はまれだ。
巻き込みの心配がないなら話は早い。
「通路で接敵すればアタイは下がる。オグマはクロスボウで敵を止めて、リンが魔法だね」
「ならサンドラが先、オグマ、リン、俺か」
ざっくりと方針を決めて小部屋を出ると、そこは薄暗い大広間だった。
床の中央には赤い絨毯が敷かれており、左右の壁面にはズラリと全身鎧が飾られている。
「あー、これはアレでやんすよ」
「ダメだっ! トラップか!? 戻れなくなってやがる!」
リンとドアーティの言葉を合図としたのか、左右の鎧が長剣を引き抜き一斉に動き出した。
「ほらね、やっぱりモン部屋でやんす」
「言ってる場合かいっ! 敵は12体、とにかく減らしとくれ!」
とぼけたリンをサンドラが急かし、魔力を練らせる。
さすがに1人で3体以上を相手にするのはキツいのだ。
「任せるでやんす! 熱波!」
リンが可視化できるほどの熱線を動く鎧に放った。
うまくコントロールされた熱波は数体の鎧を巻き込み、そのうちの2体がガチャリと崩れ落ちる。
「今だっ! 囲まれないようにいくよ!」
「任せろ、防ぐだけならなんとかなる!」
サンドラと並んでドアーティが前に出る。
間合いの長い槍を巧みに扱うドアーティは守勢に長けており、複数の敵を寄せつけない。
「こんチクショーっ! コレでも食らいなっ!」
サンドラは突き出された長剣を小盾で受け流し、剣の柄で鎧を殴りつける。
中身が空の鎧では、隙間を狙っても刃では効果が薄い。
こうした敵には剣を逆さまに持ち、ハンマーの要領で殴りつけるのである。
グローブをつけていれば鉄剣を握っても手を傷つけることはない。
ガインッと硬質的な音がして鎧が後じさる。
すると追いついた後続の2体が前に出て剣を突き出してきた。
(くっそ、数が多い!)
実力的にはサンドラも引けをとるものではない。
だが、そうなれば数がものを言うのだ。
「サンドラッ、左を倒せ!」
オグマからの合図でサンドラは新手のうち左を狙う。
すると右の鎧胴を貫き矢が突き立った。
「ウオオッ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねいっ!」
そのままオグマは前に出て矢が刺さった鎧を幅広の剣でめった打ちにする。
一気に数を減らす腹づもりらしい。
「くっそ、コイツら硬いし意外と強いぞ! リン、次はまだか!? いくらも保たんぞ!」
「もうちょい敵を固めるでやんす! 最後尾が来たらぶちかますでやんす!」
多数を足止めしているドアーティが悲鳴を上げた。
すでに手傷を負っているようで革鎧が血に染まっている。
だが、どうやらリンは敵を殲滅する攻撃の機をうかがっているようだ。
敵の最後尾が参戦するまでにはまだ十数秒。
難しい判断ではあるが、サンドラはドアーティの救出を優先した。
「やれ、リン! 取りこぼしはアタイらが!」
「了解でやんす! 火球!」
リンが持つ短剣の先から魔力光がほとばしる。
次の瞬間には部屋の中心で火球が炸裂し火柱が立った。
(うまい! いいトコだ!)
火球はドアーティの周囲を少しだけ外しつつ、多数の敵を巻き込む位置に着弾した。
絶妙のコントロールと言っても良い。
そしてサンドラはリンの次の行動を見て目を見開いた。
「まだまだでやんす! どっせーい!」
独特の吶喊と共にリンが駆け出し、ドアーティに迫る敵に体当たりをしたのだ。
小柄なリンだが、助走をつけた横合いからのぶちかましだ。
動く鎧は隣も巻き込み盛大に転倒した。
「あとは任せたでやんす!」
「承知! 上出来だ!」
リンはそのままドアーティの手を引くようにして離脱し、オグマが倒れた鎧に襲いかかる。
オグマは重なる鎧を踏みつけ、剣の乱打でトドメを刺した。
こうなれば残りは火球で手負いとなった4体、サンドラとオグマで十分に渡り合える相手だ。
「オグマ、抜かるんじゃないよ!」
「承知、右から攻める!」
駆け出すと同時に体が軽くなるのを感じる。
おそらくはドアーティが精霊術で身体強化をかけてくれたのだ。
(これなら勝てる!)
サンドラは勝利を確信し、敵に飛びかかった、
◆
「……はあ、はあ、こりゃくたびれたよ」
「戻ろう。ドアーティさんが心配だ」
動く鎧を片づけた後、サンドラとオグマは離脱したドアーティの元に急いだ。
見ればすでにドアーティは革鎧を外し、リンに止血されている。
ドアーティは血を流しすぎたのか、青い顔で「よお、お疲れ」とサンドラたちをねぎらった。
「2ヶ所でやんす。腕のつけねと脇腹、ちょっと深手でやんすね」
「ううむ、回復薬を傷口に1つずつ使うが……これは止血までだ。早めに回復の泉まで戻る必要がある」
どうやらドアーティの傷はよくないようだ。
長剣での刺し傷は深く、ポーションだけでは完治が難しい。
「引き上げよう。帰りのドアーティは精霊術の援護だけでいい。アタイが盾役に回るよ」
「ならば俺が斥候だ。サンドラほどは無理だが心得はある」
サンドラとオグマが打ち合わせをしている間、ガチャガチャとにぎやかな金属音が鳴り響いた。
見ればいつの間にかリンが剣やら兜やらを集めて来たようだ。
「これ絶対に高いでやんすよ! 状態のいいやつを持ち帰るでやんす!」
「まったく……そんなにたくさんはムリに決まってるだろ」
サンドラの小言にもリンは「ひひっ、さーせん」とこたえた様子はない。
だが、意外なことに、オグマとドアーティがこれに食いついた。
「さっきの戦いで剣がガタガタだからな。1本もらいたいが……長剣か。擦りあげて短くできるだろうか?」
「俺もなあ、前衛としてこのレベルの敵と戦うのに革鎧じゃ厳しいんだ。サイズが合えば胴と兜をちょうだいするか」
武具は冒険者の必需品であり消耗品だ。
だが、その日暮らしの冒険者では装備を整えるのは難しい。
ベテランとなり、多少は余裕ができたサンドラたちもそれは変わらないのだ。
(ま、アタイには長剣や鉄兜はムリだね)
パーティーの斥候としては、重装備でガチャガチャ音をたてることはできないのである。
「サンドラはホレ。コイツはどうだ?」
「……ん? なんだいコレ」
ドアーティがサンドラに差し出したのは全身鎧の脇当てである。
「コイツを小盾に加工してもらえよ。今の革張りも悪くないが、だいぶくたびれてるからなあ」
「ああ、なるほど。そりゃいいね」
見ればなかなか凝った逸品だ。
丸い金属板に前肢を跳ね上げた駿馬の彫金が施されており、サンドラはひと目で気に入ってしまった。
「ひひっ、拾い物で女を口説くなんて太いオッサンでやんす」
「なんでそうなるんだか。傷が痛いから突っかかるな」
さすがのドアーティもリンの相手をする余裕がないらしい。
「よし、多少凹んでいるが……これなら鎧下をつければピッタリだろ」
「じゃ、帰るとするかい。もう階段の部屋にも戻れるみたいだし」
ドアーティもサイズの合う鎧を見つけたらしい。
篭手や脛当ては重いから不採用のようだ。
サンドラたちが戻りかけた瞬間、オグマが「そのまま聞いてくれ」と声をかけてきた。
少し声が震えている。
「どうしたんだい?」
「そのまま、気づかれないように歩きながら聞いてくれ」
オグマの指示どおり、サンドラは階段へ歩を進めることにした。
合理的なオグマがダンジョンで無意味なことを言うはずがないのだ。
「驚いて大声をださないでほしい。箱がわずかに反応している」
驚きのあまり、サンドラのノドがゴクリと鳴った。
どうやら目標は7階より先にあるらしい。
■パーティーメンバー■
サンドラ
レベル31、女性
偵察(達人)、剣術(上級)、罠解除(上級)、投擲(中級)、統率(中級)、盾術(中級)、交渉(初級)、モンスター知識(初級)、隠密(初級)
ドアーティ
レベル32、男性
製図(達人)、槍術(達人)、調理(上級)、精霊術(上級)、農業(初級)、統率(初級)、挑発(初級)、精霊の加護
リン
レベル30 、女性
攻撃魔法(達人)、第六感(上級)、看破(上級)、短剣術(初級)、応急手当(初級)、先天性魔力異常
オグマ
レベル31、男性
射撃(達人)、観察(上級)、剣術(上級)、応急手当(上級)、体術(中級)、隠密(中級)、モンスター知識(中級)、偵察(中級)




