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19話 冒険者サンドラ1

 冒険者サンドラ(8話参照)は生活に窮していた。

 試練の塔では九死に一生を得たが、冒険が終わってめでたしめでたしといかないのが人生だ。


 エドと名乗る凄腕と別れた後、他の冒険者パーティーにくっついてダンジョンからの脱出に成功した。

 だが、助けてもらった冒険者パーティーへの謝礼のため、手持ちの金銭を全て吐き出してしまったのだ。


 冒険者のような仕事につく者に蓄えなどはない。

 サンドラは雑魚寝の安宿から追い出されないためにも新たなパーティーを組み、ダンジョンなり依頼なりで金を稼ぐ必要があった。


 だが、仲間を失ったばかりの『かけだし以上、中堅未満』冒険者に次の仲間はなかなか現れない。

 かと言ってソロで稼ぐような仕事では実入りもないのが現実だった。


「おいおいサンドラよ、こんな依頼をお前さんが持っていくのは困るんだがね」

「分かってるけど仕方ないだろうさ。アタイだって食わなきゃならないんだから」


 今日も冒険者ギルドでサンドラは職員に小言を言われていた。

 サンドラが選んだ依頼の『ゼリーの体組織採集』はかけだしどころか初心者(ルーキー)向けの依頼である。


 ゼリーの体組織は獣脂と煮詰めればニカワになるのだ。

 わりと需要はあり、様々な工芸に使われる。


 当たり前だが、初心者の仕事を奪うようなサンドラの行いは煙たがられるだけだ。


「分かるけどさ、今のアタイには疫病神がついてるからね。無理はできないのさ」

「例の凄腕か……全く、流れが余計なこと言ってくれたもんだぜ」


 ギルド職員は厳つい髭面を歪ませ、悪態をつく。

 どうやらあの凄腕――エドと名乗った魔闘士はここのギルドに顔を出さなかったようだ。

 これは別にルール違反ではないのだが、やや義理を欠いた行いでありギルド職員はいい顔をしない。


「他にもかけだしが助けられたそうだ。そいつが実際にいたのは間違いねえがな。もうこの街にいねえやつの言葉を律儀に守る必要があんのかねえ」


 ぼやきながらギルド職員は「コイツはどうだ?」と1枚の依頼書を取り出した。

 見れば商人の護衛だ。


「ここプルミエの街からシュイヴァンの街まで片道だ。移動中は飯の心配はねえし、到着すれば報酬がある。新しい土地で心機一転、疫病神を払ってやり直すにゃちょうどいいだろ。ただし急ぎの募集だぜ、悩んでる暇はねえ」


 サンドラは無意識にグッと拳を握った。

 新たな土地に移る不安はある。

 だが、今の停滞した現状から離れる喜びがまさった。


「だから今日はゼリーいじめはやめときな。向こうのギルドに紹介状は書いてやるよ」


 こうなれば否やはない。

 サンドラ程度の冒険者にギルドから紹介状など、普通では考えられない厚遇だ。

 なんのことはない、それだけギルドはサンドラが初心者の仕事を奪うことに迷惑していたのだが……本人が気づいていないのは幸せなことだろう。


「ちょっと見せとくれ」


 ひったくるように依頼書を受け取り、要項を確認する。

 募集はレベル11以上の回復職(ヒーラー)斥候(スカウト)だ。

 報酬は1日170ダカット、到着後に成果ボーナス考慮とある。


「ならアタイは斥候だね。今すぐ商人の宿に向かうよ」


 サンドラは勇んで護衛する商人の元へ面接に向かう。


(ツキが回ってきたぞ。あの男が言ったように、焦らなければ疫病神は離れるんだ)


 この瞬間、あの日見たエドの姿はサンドラの中で一種の信仰となったのだ。



 商人の面接ではサンドラの同意のもとで分析の魔道具が用いられた。

 この魔道具はダンジョンから稀に産出する高価なもので、個人で所有するのは分限者と言ってもよい。


 面接には護衛の隊長も同席していたが、これは当然のことだ。

 雇う冒険者の実力を把握しなければ指揮に齟齬(そご)をきたしてしまう。


 商人の馬車は3両、幌のついた立派なものだ。

 これに護衛隊が6人と馬車犬が4匹つく。


 護衛の数が少ないのは『この街まで』の冒険者が3人もいたためらしい。

 その補充のために護衛の募集があり、応じたのはサンドラのみであった。


 移動中の隊商はのんびりと滞在などしない。

 緊急の募集、しかも片道のみの護衛依頼は人気がないのだ。


「うーむ、たしかにレベル13に偵察スキルはあるがなあ」

「いや、数が揃えば盗賊やモンスターを遠ざけますからな。条件を満たしておりますし、こちらには不満はありません」


 偵察スキルが初級であることを指摘され、よく肥えた商人がややしぶったものの採用であった。

 それだけ人手が足りないということだろう。


「ではサンドラさんはウチの斥候を補佐してくれ。剣術が中級あるから戦闘も任せることになる」


 この護衛隊長と率いる3人の男は常時商人に雇われている用心棒らしい。

 かなり腕も立ちそうな雰囲気があり、装備も良い。


 残りの2人は冒険者のようだが用心棒たちと比べればずいぶんと見劣りがする……まあ、それはサンドラも同様であろう。


「それでは斥候は前に、術師は中につけ。後方は俺たちで固める。異常があればすぐに知らせるように」


 肥えた商人は荷台に乗り、使用人らしき身なりの者がそれぞれ御者を務めるようだ。

 野犬やモンスターから馬を守る馬車犬もたくましく、かなり裕福な商家だと見てとれた。


(ふうん、報酬はしわい(・・・)けど羽振りは悪くなさそうだね)


 これなら追加報酬も期待できるのではないか、とサンドラはほくそ笑んだ。


「いいか、護衛の数が減ったことで危険は増した! 次の宿場町まで油断せずに進め!」


 隊長の指示でゆっくりと馬車が進む。

 護衛が随行するので早歩き程度の速度だ。


「おい、お前さん、よく急ぎの片道なんて引き受けたな。街にいられない事情でもあるのかい?」


 サンドラに声をかけて来たのは用心棒斥候だ。

 30絡みで背は低いが、よく日焼けし精悍な印象を受ける。

 長身のサンドラと並ぶと用心棒斥候のほうが背は低い。


「いや、ダンジョンでヘマしてね。仲間がみんな死んじまったから新しい土地でやり直そうかと思ったのさ」

「心機一転てやつだな。冒険者にはいろいろある。長くやってりゃなおさらな」


 この用心棒斥候、なかなか愛想がよい。

 移動中は暇なものだ。こうして話し相手がいるのはありがたい。


「前は見とけよ。街道とはいえ野盗もモンスターも出るときはでる。そうだな……あっちに茂みと、あっちに岩場か。あんなとこは待ち伏せの可能性がある」


 用心棒斥候が示した先にはたしかに物陰がある。

 だが、サンドラには何か潜んでいるか判断できなかった。


「そんな時はコイツだ、見とけよ」


 そう言いながら用心棒斥候が取り出したのは何の変哲もない投石紐(スリング)だ。

 同じく取り出した石つぶてに遠心力をつけ、勢いよく投擲する。

 唸りをあげた石つぶては岩場にぶつかり大きな音をたて、物陰から驚いた小動物が逃げ出したのが確認できた。


「こんな感じだ。お前さんも斥候をやるなら投擲や弓のスキルはあったほうが便利だな」


 投石紐など簡単に作れる。

 感心したサンドラはすぐに真似をすることにした。


「打てば響くってのは嬉しいねえ。プルミエの街までいた冒険者は気位が高くてやりづらかったもんだ」

「いや、アタイは護衛は初めてだからね。ヘマをしないようにしたいだけさ」


 冒険者というのはとかく技術を秘匿したがるものだ。

 くだらない小知恵を秘伝扱いしてもったいぶるものも多い。


 だが、この用心棒斥候は妙に教えたがりでサンドラは道中の9日間、技術を盗むことに専念した。


「お前さんが覚えりゃ俺が楽をできるって寸法よ」


 道中では怪しげな集団もいたが、用心棒斥候がいち早く発見し、あからさまに警戒を見せたら仕掛けてくることもなかった。

 こうしてサンドラは偵察と投擲のスキルを学び、シュイヴァンの街につくころには偵察が中級、投擲は初級になっていた。


「いやー、サンドラさんにお願いできたのは幸運でした。働きはよく聞いていますよ」


 現金なもので、はじめはしぶっていた肥えた商人も報酬に色をつけてくれた。

 これは用心棒斥候の口利きもあったらしい。


「またな。その気がありゃ、お前さんならウチの用心棒に推薦するぜ」

「ああ、世話になったね」


 冒険者の出会いは一期一会。

 用心棒斥候との出逢いはサンドラにとって幸運だったといえる。


 こうしてサンドラは冒険者として経験を積み、手元には1700ダカットもの金が残った。

 新生活を始めるのに申し分のない金額だ。



■冒険者ランク■


レベル〜5、初心者

レベル〜10、かけだし

レベル〜15、いっぱし

レベル〜20、中堅

レベル〜25、腕利き

レベル〜30、ベテラン

レベル〜35、一流


 あくまでも目安です。

 実際にはスキルなども加味される模様。


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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日の更新ありがとうございます。 さいきょうの冒険者 過去作で一度も描かれていない「僧侶」はどうでしょうか。 モンスターの方もアンデッドは出てきてないと思いましたので挑戦されてみてはいか…
[良い点] 主人公が中間管理職でダンジョン経営の素人って事で、チュートリアル的に読者と目線が同じ位置なのはとても没入感があって良いですね。 [気になる点] 冒険者サイドには名前ではなく職業で表記する仕…
[一言] 再出発できそうでなにより!
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