16話 食われたっすー!
一方、4人組冒険者。
「チッ、なめやがってよ。ドワーフ風情が棟梁気取りか」
居残り組4人のうち、リーダー格の男がツバをはいた。
女ドワーフの顔が見えなくなってから言いだすあたり、身のほどをわきまえていると言えなくもない。
人間は総じて他種族に不寛容なものが多く、彼らは女ドワーフに仕切られていることが気に入らないのだ。
「おい、本当にこのままドワーフの言いなりで突っ立ってるつもりか?」
「あんなもん俺たちに分け前を寄こしたくないだけじゃねえか」
リーダーの態度に釣られて仲間が次々に不満を口にする。
冒険者とは大半が食いつめ者の集団だ。
中には『ならず者より若干まし』程度のモラルの持ち主も多く、このように『待て』すら満足にできないのが現実である。
「なあに、あいつらが左手で進むなら俺たちは右手で進めばカチ合わねえよ」
「そうだな。マッピングをすりゃ文句はねえだろ」
徐々に会話はおかしな熱を帯び「いや、洞穴でぶっ殺したって分かりゃしねえ」「へへっ、女は残しとけよ」などと言いだす始末だ。
もちろん、彼らも本気ではないだろう。
だが、この下卑た会話を止める者がいない、というだけでも彼らのお里が知れる。
「手垢のついてないダンジョンを探って金になるんだ。黙って待ってやる義理はねえ」
リーダーのこの一言に皆が頷き、勇ましくダンジョンへ向かう。
そこにあるのは、ある意味で典型的な冒険者の姿だった。
◆
「おいおい、コイツら入って来ちゃったぞ」
ダンジョンルームで様子を観察していると、異変が起きた。
明らかに後詰めの組がダンジョンに進入してきたのだ。
「こりゃあ抜け駆けだ。時間差でダンジョンに両面作戦をする意味など無いからな」
「やれやれ、先に進んでるヤツらは災難だな。ここで俺が物資を盗んだらどうするんだよ」
あきれて俺が感想を洩らすと、リリーとタックが『えっ?』みたいな顔でこっちを見てきた。
「おいおい、兵糧の略奪や焼き討ちは基本的な戦術だぞ? まあ、今回は長居してもらった方がいいからやらないけど、追い返したい時はやるかもな」
それを聞いたリリーは「なるほど」と、なにやら納得顔だ。
彼女は俺の分析結果を見ている。
当然、窃盗スキルも確認したはずだ。
無論それだけではない。
兵隊時代は腹が減ったら食料庫に忍び込んで盗み食いしたり、逆にムカつくヤツの荷物の底に石を詰めこんだりしたものだ。
いつの間にか俺の窃盗スキルは中級になっている。
この『過去がバレる』のが、分析魔法がマナー違反になる所以なのである。
窃盗以外にも性技や犯罪知識のスキルだってあるのだ。
「……で、大将よ、このバカどもはどうする?」
「どうするも何も放置するしかないだろう。俺の部下なら再教育だがな」
ゴルンが「おー、こわ」と肩をすくめる。
自分の方が熱心な新人教育で有名だったクセに、よく言うものである。
「あっ、右っすよ! 前のパーティーとは逆に曲がったっす!」
「斥候はいるようですが、先を急いでますね。あまり警戒していないようです」
リリーの指摘を聞き、俺も彼らの分析結果を見てみた。
前衛が2人、斥候、魔法使いのようだ。
バランスは悪くない。
「回復職がいませんね。あと前衛は盾役がいないようです」
「ふん、低レベルではなかなか理想的な編成は難しいのだろう。少なくともワシはコイツらとは組まん」
細かく分析結果を見るリリーと経験豊富なゴルン。
なかなか良いコンビだ。
「水の部屋に入ったっす!」
タックはいちいち報告してくれるが……これはこれでありがたいけど、俺も隣で見てるんだけどな。
「あ、止まったっす!」
「これは……水深を測っているのでしょうか?」
見れば斥候がロープの先に重りをつけて沈めている。
リリーの言う通り水深を測っているのだろう。
そこに水中からウォーターゼリーが水を吹きかけ、斥候が危うくこれを避けた。
「一応の警戒はしてるわけか……っと、入ったぞ!?」
「ゼリーを追いかけてるみたいっす!」
信じがたいことに、ウォーターゼリーに狙われた斥候が腹をたて、ざぶざぶと水をかき分けて追いかけ始めた。
だが、水中のウォーターゼリーは水を噴出して機敏に動く。
なかなかゼリーを捕まえられない様子が滑稽らしく、残りの3人が大笑いしている。
それがさらに斥候の冷静さを奪っているようだ。
「あっ、釣られてもう一人入って……食われたっすー!!」
前衛の1人が斥候の後に続いた瞬間、水中のスローターフィッシュに足を食いつかれた。
不意をつかれた斥候は引き倒され、デスロールと呼ばれるスローターフィッシュの横回転に巻き込まれたようだ。
スローターフィッシュはワニのように獲物に噛みつくと横回転し、水中に引きずり込んで補食する。
これをやられると噛まれた部位を食いちぎられるか、呼吸器に水が入り溺死してしまうか、恐ろしい技だ。
「まだ無事な仲間がいるんだ。冷静になれば……って電撃だとっ!?」
「ばかな!? 仲間を殺す気か!?」
俺とゴルンが驚きで椅子から立ち上がった。
なんとパニックになった魔法使いが電撃の魔法でスローターフィッシュを狙ったのだ。
当然、電撃は水で拡散し、引きずり込まれた前衛はスローターフィッシュと共もにぷかりと水面に浮き上がる。
少し離れた位置の斥候も電撃に巻き込まれたようだ。
動きが止まったところをウォーターゼリー数匹に狙われ、水の塊を勢いよくぶつけられ転倒した。
顔をゼリーに取り込まれた斥候は必死でもがくが、こうなればどうにもならない。
突然の惨劇にゴルンはあんぐりと口を大きく開け、リリーは両手で口元を覆う。
タックは「ギョエー」と悲鳴をあげたが、喜んでいるのか怖がっているのか……俺にはイマイチ判断がつかない。
斥候は必死で仲間の方に手を伸ばすが、すでにリーダーも魔法使いも逃げ出した後だった。
(ウェンディが1階で命を落とす冒険者もいると言っていたが……なるほど、納得だな)
この斥候も、前衛も、それなりにレベルもスキルもある冒険者だ。
少なくともウォーターゼリーに殺されるようなレベルではない。
しかし、何かが狂えば歯止めが効かなくなり命を落とす。
それがダンジョンなのだろう。
「あっ、先行の3人組に見つかりましたね」
逃げ出した2人は頭の女ドワーフに見つかり厳しく詰問されているようだ。
窮した4人組のリーダーは剣を抜いたが、これはあっという間に取り押さえられてボコボコに殴られ、拘束されてた。
魔法使いはぐったりとうなだれ、抵抗どころではない様子だ。
「あれ、また右に曲がりましたよ?」
「現場を確認するのだろうよ……制裁だな」
リリーの疑問にゴルンが答える。
これから彼らは命令違反の落とし前を着けさせられるのだ。
水場に着いた3人組は、武器を取りあげたまま生き残りの2人を水に突き落とした。
どうやら制裁も兼ねて仲間の死体を回収させるようだ。
「がめついな。スローターフィッシュの死体まで回収させてやがる」
ゴルンは呆れているが、女ドワーフは抜け目なくマッピングまでおこなっている。
4人組のリーダーは落とし穴に足を取られたが、その位置まで記録しているようだ。
「ふーん、標識を回収するんだな」
「あの首飾りですね。今後、冒険者が死亡したらこちらで回収するのが良いのでしょうか?」
リリーが思案顔だが、そこまでする義理はないだろう。
標識が無くても未帰還で処理をされるだけだ。
「悪運が強いな。生き残りやがった」
水場に放り込まれた冒険者は色々なものを回収し、無事に戻った。
抜け駆けに腹を立てているゴルンはどこか残念そうだ。
だが、おそらく彼らは冒険者ギルドから調査依頼を受けて来たのだろうし、経緯を調査されれば厳しく罰せられるだろう。
世の中には嘘を見抜く魔法もあるのだ。
「やっぱり引き上げるみたいっすね」
「結果論だが、始めに4人組を先発させるべきだったかもな」
こうして、俺たちのダンジョンは初陣を終えた。
相手の自滅があったとはいえ、水源を設置した部屋は想像以上に効果を発揮したと言えるだろう。
「ほんじゃ、しばらく暇っすからゲームやるっす!」
「待てよ、もうかなり昼を過ぎてるぞ。休憩にしよう」
俺は買いだめしている日持ちのいいパンを取り出し、硬さに辟易としながらかじりついた。
ちなみ他の3人は弁当だ。
(次のスタッフ募集は調理師にするか……)
古くなったパンは硬すぎて、歯茎から血が出た。
俺ももう、若くないのだ。