孤独な双子
都市から離れた小さな村。俺が生まれ育った、この何もない村で今朝、殺人が起きてしまった。被害にあったのは俺と同じ歳の少女。そして殺したのは…俺の双子の弟だ。
俺の両親は俺たちが5歳くらいの時に死んでしまった。どこぞの知らない男に刺された。当時のことは悪い思い出であるせいか、あまりよく覚えていない。のちに聞くところによると、都市の方から逃げ出してきた強盗のせいだったそうだ。その強盗はとにかく家に入っては金目のものを取っていった。運悪くその悪党に狙われ、両親を失った俺たちは、他に頼れる大人もいなかったため、今日まで2人で手を取り合い生きてきた。村人たちは危害を加えることはないものの、ある者は哀れんだような顔をこちらに向け、あるものは関わるなと言いたげな冷たい視線で俺たちを見た。
村人たちからなんとなく避けられているのは弟も気づいていた。しかし弟は「あんなやつらほうって置けばいい。」
そう言うだけだった。俺も避けられることを別段気にしているわけではなかった。大切な弟がそばにいてくれるだけで俺は満足だった。
避けられながらも他に居場所のない俺たちはこの村に居続けた。そんなある日、村に新参者がやってきた。俺らと同じ15歳くらいの少女とその母親が引っ越してきた。村人たちの噂では、彼女らは都市の方で暮らしていたが、母親が父親と別れ、ここに逃げてきたらしい。母親はとても物静かな人だったが、少女は気の強い子だった。初めての場所や初めての人にも臆することなく振る舞った。その性格のおかげか村人たちともすぐに馴染んだ…もちろん俺たち双子を除いて。
弟と彼女は特に馬が合わなかった。一度村の中ですれ違った際、彼女はじっとこちらを見てきた。
「なんだてめぇ。」
弟はその視線に気づき、静かに、しかし敵意をむき出しにして少女に言い放った。
「ちょっと、やめろよ。どうしたんだ。いつもだったら睨まれたくらいでそんな喧嘩売らないだろう。」
弟は短気ではあったが、睨まれるくらい日常茶飯事なので、そのくらいではいちいち突っかからない。彼女がこちらを見ているだけでそんなことを言うなんて、少し変だった。弟をなだめていると
「気持ちわる。」
そう少女は言い捨てて行ってしまった。喧嘩を売ってきた弟に対していったのか、それとも俺も含めて言い放ったのかはよく分からなかった。
そんなことがあってからしばらくしてからだろうか。事件は起きてしまった。
俺たちは再び彼女に会った。俺たちは薪木を拾いに行くために村から少し離れたところにある森に来ていた。日がちょうど真上に差しかかろうとしていた頃、森には俺たちと彼女しかいなかった。彼女はただただ森を探索にきているようで、身一つで森へ来ていた。
「またてめぇか。俺たちの前に姿を見せるんじゃねえ。」
弟は彼女の姿を見るなり、そう言い放った。一体彼女の何がそんなに気に入らないのだろうと思いながら
「まぁ、落ち着けよ。」
俺は弟に言った。
「またあんたか。ほんと気持ちが悪いね。」
弟の方から喧嘩をふっかけて来たとはいえ、何も知らない人間に気持ち悪いと何度も言われると、弟でなくとも不愉快である。村人に何を聞いたのかは知らないけど、彼女は礼儀というものを知らないのだろうか。
「お前、ほんとふざけんじゃねえぞ。」
弟は今にも彼女に飛びかかりそうだ。俺はそんな弟を何とか抑える。
「あんた、そんな状態で何年生きて来たの?」
彼女の言っている意味がよくわからなかった。そんな状態?何のことを言っているのだろうか。俺がキョトンとした顔をしているのを見ると彼女は続けた。
「…あんた、もしかして自分が変なのわかってないの?」
変?彼女が口を開けば開くほどにわからなくなる。俺たちのどこが変だというのか。
「村の人たちは気を使ってるのか、気味悪がってるのかは知らないけど、あんたのその状態を誰も指摘しなかったのね。でも現実に目を背けたって何もいいことなんてないわ。いい加減目を覚ましたらどうなの。」
彼女は俺たちの何を知っているのだろうか。現実に目を背けてる?目を覚ます?俺の頭の中は思考がぐるぐると回っていたが、弟の方はそうではなかった。隣で顔を真っ赤にしている。怒りがふつふつと湧き上がっているようだった。ふと弟の手元を見た。いつも懐に忍ばせているナイフを持っていた。
「やめろ!」
俺が叫んだのと同時に弟はナイフを握りしめて彼女に向かって走り出した。弟を止めようと伸ばした手は弟の背中をかすめて空を切った。
弟の持っていたナイフはそのまま彼女の腹部に、まるで飲み込まれるように刺さった。彼女は一瞬何が起きたのかわからないという顔をした。彼女が状況を理解する間も無く、弟は腹部に刺さったナイフを引き抜き、今度は彼女の心臓めがけてナイフを突き刺した。
「もうやめてくれ!!」
俺は叫んだ。それでも弟は刃物をしまう様子はない。大切な弟が目の前で人を殺めている。そのあとどうなってしまったのか、俺には記憶がない。
気がついた時、俺はベットの上で寝ていた。白い天井が一番最初に目の前に飛び込んで来た。どうやらここは病院のようだ。上半身を起こし、周りを見渡してみる。周りにベットはなく、ドアが閉められている。どうやら個室のようだ。弟の姿は見当たらない。
トントン、とドアの方からノックをする音が聞こえる。はい、と一言答えると扉が開き、大柄な男が入って来た。服装からしてどうやら警官のようだ。
「目が覚めたようだな。えっと…お前は兄貴の方か?」
俺は無言で頷いた。初対面の人に俺と弟の見分けがつくわけがない。そのくらい瓜二つなのだから。男はベットの横までくると、近くにあった椅子を引き寄せて座った。
「お前は今、どこまでの記憶がある?」
「えーっと…」
この人たちはどこまで知っているのだろうか。言葉は選んだ方がいい。俺は弟を守りたい。
「隠そうとするなよ。あの少女は死んでしまったんだ。知っていることは全て話してしまった方がいい。」
そうか…彼女は死んでしまったのか…そしてこの人はその事実も知っている。変に嘘をつくとそれはそれで面倒なことになりそうだ。
「僕は弟がカッとなって彼女にナイフを突きつけるのを止めようとしました。だけど…間に合いませんでした。彼女が刺されてからのことはよく思い出せません。目の前が真っ暗になってしまって。」
そうか。と警官は何かを悟ったような顔をして答えた。しばらくの間、沈黙が流れた。
「いいか、今から言うことを落ち着いて聞いて欲しい。」
警官は重たく閉ざされていた口を開いた。
「お前の家族は強盗によって殺されていると聞いた。間違いないな?」
俺は静かにうなづいた。そんな昔の話、どうして持ち出してくるのだろうか。今から何が語らレようとしているのか。心の中が騒めき立っている。
「被害者は3人。お前の母親と父親…そして息子である双子の片割れだ。」
は?俺の聞き間違いだろうか。今被害者は3人と言ったか?弟が…殺されている?そんなバカなことがあるはずがない。だってあの日以来、俺たち2人は一緒に手を取り合って今日まで生きて来たのだから。
「殺された双子の片割れはおそらく兄貴の方だと思われる。どうしてそんな判断ができたのかはわからない。俺が実際に現場にいたわけじゃないからな。」
「は?」
流石に今度は声が出た。俺はあの時…死んだのか?じゃあ、ここにいる俺は一体なんだ?頭の混乱に乗じて心の奥底からマグマのようにふつふつと煮え切る怒りが湧いてくるのがわかった。この感覚、どこかで覚えがある。そうだ、思い出した。彼女が殺された…厳密に言えば俺が彼女を殺した時と同じだ。少しずつ思い出されていく。俺は弟の、こいつの本当の兄貴じゃない。こいつが生み出したもう一つの人格だ。あの時、家族がみんな殺された時、現実を直視することができなかった弟が、自分の中に生み出した幻覚…いつの間にか俺たちは普通の双子として存在していると思い込んでいたのだ。
怒りと共に奥の方に引っ込んでいた弟の人格が出てくるのが、なんとなくわかる。もともと存在していなかった方の俺には、弟の暴走を止めることはできない。自分の意識が徐々に薄れていくのがわかった。次に弟と肩を並べて歩くことができるのはいつになるのだろうか。いや、真実を知ってしまった以上、もう俺は表に出てくることはないかもしれない。弟はきっと真実を突きつけて来た警官に向かって攻撃するだろう。刃物は持っていないから、拳でも振り下ろすつもりだ。しかし今回は大の大人が相手である。きっと取り押さえられて終わるに違いない。大事な弟を守りきれなかった偽物の兄貴。きっとあの世にいる本物の兄貴に怒られてしまうな。お前の大事な弟を守りきれなくてごめんな…そう思いながら俺の人格は深い眠りについた。