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   ◇ ◇ ◇


 少し涼しい風が混じり始める一〇月の上旬。少しの不安を抱えたまま、私はつくも質店を訪れた。あのときは何も考えずに『働きます』と言ってしまったけれど、よくよく考えたら私は中古品の鑑定なんかできない。大丈夫だろうか。

 カタンと音を鳴らしてお店の引き戸を開けると、カウンターの奥の畳間では真斗さんが座卓に向かっていた。


「こんにちは!」


 大きな声で呼びかけると、私に気付いた真斗さんがこちらを見る。


「遠野です。今日からよろしくお願いします」

「いらっしゃい。今日からよろしく」


 軽くぺこりと頭を下げると、真斗さんはすぐに立ち上がってこちらに寄ってきた。


 鞄を奥に置くように促される。おずおずと鞄を置くと、真斗さんが先ほど向かっていた座卓の向かいに座るように勧められた。座卓にはなにやら難しそうな本がたくさん置いてある。『土木構造物共通示書』、『都市環境工学概論』、とかなんとか……。うん、よくわからない。

 真斗さんは私の向かいに座ると、その難しそうな本を無造作に端に寄せる。


「店番だけど、遠野さんは持ち込み品の査定ができないから、基本的には俺とペアで店番に入ってもらって、簡単なことだけお願いしようと思う。店内の掃除と利息を直接払いに来た人の対応と電話番、あとは、ネット注文の配送伝票書いたりかな」

「ネット注文?」

「そう。質流れになった商品をネットでも売っているから。それの配送伝票を書いたり、荷造りとか」

「ああ、なるほど。わかりました」


 持ち込まれた品の鑑定をしろと言われたらどうしようかと思っていたので、私は心底ほっとした。

 それに、真斗さんとペアで店番をするなら、わからないことも聞くことができるから安心だ。


 真斗さんは座卓に置いてあるパソコンを操作して、何かを印刷する。渡されたそれを見ると、注文一覧だった。全部で三件ほどある。


「これが昨日の夜から今までに入った注文」

「へえ」


 一晩で三件も注文が入るなんて、結構たくさん買う人がいるのだなと驚いた。


「パソコンの操作はできるよね?」

「難しいことでなければ」

「難しくないから大丈夫」


 真斗さんは手元のパソコンの画面をこちらに見えるように傾けると、デスクトップのショートカットをクリックする。モニターには商品一覧と『販売中』『注文あり』『配送済み』などのステータスが入った表が表示されていた。


「たまにここに直接買いに来る人もいるから、こまめにパソコンは確認して。ネットで注文が入っているものを店頭で売っちゃうとトラブルになるから」

「はい」

「店頭で商品が売れたら、ネットの方は『在庫なし』に変更してね」


その後も一通りの説明を受ける。最後に真斗さんが「こんなもんかな」と言ったのを聞き、さほど難しい業務はなさそうだと私は胸を撫で下ろした。


「マナト」


 早速掃除でもしようかと立ち上がりかけたとき、緑のインコが器用に鳴いた。さすがインコ、物真似が上手だなぁと思って気にも留めていなかった私は、次の瞬間我が耳を疑った。


「ダイジナコトヲ、ワスレテル」

「あ、やべ。忘れてた」

「ワスレルナ、イチバンダイジ」


 緑のインコは首を前後に振ってから、バサバサッと真斗さんの肩に飛び乗った。


 ん? んん?? 


 私は驚きのあまり、中腰のまま暫し硬直して真斗さんとインコを見つめた。


 インコは鳥なのに舌の形が人間に近く、言葉の真似ができることは知っている。けど、あんなに会話みたいなことができるものなのだろうか。インコを飼ったことがないので絶対にないとは言い切れないけれど、まるで言葉がわかっているかのような反応に驚いて言葉もでない。

 

 真斗さんは頭を指で掻くと、こちらを見る。 


「あと、一番大事な仕事をひとつ。時々こいつの話し相手、しといてくれる?」

「こいつ?」

「うん」


 真斗さんは肩に乗ったインコを指さす。


「……は?」

「イチバンダイジナシゴトダヨ。リカ、ヨロシクナ」


 首を傾げたインコがこちらを見る。


「え? え? ええー!!」


 静かな店内に、私の絶叫が響き渡った。


 喋った。喋ったよ。インコが喋った!

 いや、インコは喋る鳥だって私も知っているんだけどね。でも、知っている言葉を繰り返すだけじゃないの!?

 唖然とする私をよそに、真斗さんは落ち着いた様子でインコの背を指先で撫でる。


「こいつ、付喪神だよ。遠野さんのその白い猫と一緒」

「つくもがみ? 前もそんなこと言っていましたけど、それってなんですか?」

「あんた、その子が見えているのにそんなのも知らないっておかしくない?」


 真斗さんは私の足下にいたシロを顎でさす。呆れたような口調にぐっと言葉が詰まるけれど、『つくもがみ』なんて知らないものは知らない。


「前にも少し話したけれど、付喪神は物に宿った神様だよ。長い期間、人が情を込めて大切にした物には、魂が宿る。それが付喪神ね」

「物に魂が? 長い期間……」

「そう。ついでに言うと、普通の人には見えない。見える人はそっち系の力が強い人だね」

「…………」


 ちょっと色々と想像の斜め上を行き過ぎている。

 けれど、今、現に目の前にいるインコはオウム返しじゃなく言葉を発することができるのは確かだ。

 それに、シロはいつも私の周りにいたけれど、誰もその存在に気が付く人はいなかったことはこの数年間で知っている。だからこそ、前回ここに来た際に店長がシロを抱き上げたことに心底驚いたのだ。でも──。


「この子、万年筆を貰ったときにはいなかったんです。でも、途中からふらりと現れて。私、そんなに長い期間使っていないですけど……」


 私はシロを抱き上げて、真斗さんを見上げる。


「あんたはそれだけその万年筆に思い入れがあって大事にしていたんだろ? 立派な付喪神が宿るっていうのは、それだけ大事にしてきて思い入れがあるってこと。うちは不用品は買い取るけど、その人にとって必要なものは買い取らない」


 真斗さんは座卓の上のお盆に伏せて置いてあったグラスを一つ取ると、それに麦茶を注ぐ。琥珀色の液体が透明のグラスの中に満たされてゆく。


 なんだ。やっぱりこの人、何もかもお見通しだったんだ。


 段々と嵩を増す麦茶を眺めながら、ふとした疑問が湧いた。


「……もしかして、あの万年筆は五万円も価値がなかったんですか?」


 注いているグラスに視線を向けている真斗さんは目を伏せ、眼鏡の奥で長めの睫毛が僅かに揺れていた。私の質問が聞こえているのかいないのか、返事をすることなくお茶の入ったグラスを差し出す。


 その沈黙が、答えを言っているような気がした。


「大切なものなら、もう、手放すなよ。一度手放したら、次はない」

「……はい」


 受け取った麦茶を一口飲む。

 冷たい液体が体内を通り抜ける感覚がして、五臓六腑に染みわたった。  



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東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
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一二三文庫様より2021年2月5日発売!
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