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 その後、中学を卒業するまでは気が向いたときにちょくちょくと小説を書いては、自分で見つけた学生向けの小説賞に応募してみたりもした。


 結果は全て一次落ち。

 初めての、しかも何も考えずに書いた作品で見事に受賞した私は、小説のコンテストで受賞することは近所の水泳教室で級が上がるのと同じくらい簡単なことだと思っていた。だから、この結果にはとても焦った。


 高校に入ると、物の試しにと文芸部に入部してみた。

 部のみんなで課題の本を読んで感想を言い合い、気に入ったフレーズを紹介し合ったり、自分で作品を書いて冊子を作り文化祭で配ったり。

 この間にも何回かコンテストに応募したけれど、結果は出なかった。たまに一次通過することはあっても、そこでおしまい。


 気持ちが落ち込んだときはお祖父ちゃんのくれた万年筆を眺めて、頑張ろうと自分を叱咤する。

 お父さんのお古のパソコンを使っていたので万年筆で小説を書くことはなかったけれど、太いペンを握り何種類もサインのデザインを考案する。そして、披露する予定もないそれを練習し、いつか自分のペンネームが本屋に並ぶ光景を夢想しては気持ちを紛らわせた。


 そんなある日、シロが現れた。

 パソコンに向かって話の展開に悩んでいると、「ニャー」と声がした気がした。足元を見ると真っ白な猫がこちらを見つめていた。どこから野良猫が紛れ込んだのかと驚いたけれど、この子が他の人には見えないらしいと気付くまでにさほど時間はかからなかった。

 上手くいかない創作活動に落ち込むたび、万年筆を眺める。そのたびに、シロはどこからともなく現れた。


 大学に入学しても、私はめげずに文芸サークルに入った。作品紹介したり、小説の書き方を勉強し合ったり、それぞれが思い思いに作品を書いてサークル誌として発行したり。

 それなりに楽しく過ごしていたけれど、転機はある日突然やってきた。


「おめでとう!」

「すごいねー」


 サークルの部室に行くとみんなが口々にそう言っていた。どうしたのかと思って聞くと、サークルの仲間の一人が出版社の主催したコンテストで銀賞を受賞したと。


「え? 応募してた?」

「うん。恥ずかしいから、別ペンネーム使っていたの」

「へえ……。おめでとう」


 そう言いながら、私はちゃんと笑えていただろうか。

 そのコンテストは私も応募していた。結果は二次落ち。


 なんで? 私の方が、ずっと昔から書いていたはずなのに。


 そんなドス黒い感情が沸き上がる。


「ありがとう。梨花ちゃん、惜しかったね」


 そう言われた瞬間、カッと目の前が赤く染まり、色々な感情が自分の中で渦巻くを感じた。


 ──あんたなんかに、言われたくない!


 思わず、そんな言葉を吐き出しそうになる。気持ちが荒ぶる私を慰めるように、その頃には常に私の周りにいるようになっていたシロが擦り寄る。

 柔らかな感触が足に触れ、ささくれ立った感情が幾分か収まった。


「ううん、私はまだまだだよ。追いつけるように、頑張る」


 すうっと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

 にこりと笑いかけると、目の前の子は、それは嬉しそうにはにかんだ。


 頑張るという言葉とは裏腹に、そのときから私は小説を書くのをやめた。

 書く気が失せたというか、何もかもが嫌になったというか。

 サークル誌の原稿には、高校生のときに書いた原稿を使いまわして提出した。

 万年筆は見るのが辛くなって、箱に入れっぱなしのままインクごと机の奥にしまい込んだ。


 そんなときに、健也と出会った。

 何度もオーデションに落ちてもめげずにアーティストを目指してチャレンジする姿に惹かれたのは、自分には成し遂げられなかった夢の実現を彼に重ねて叶えようとしていたからかもしれない。


 今思い返せば亜美ちゃんが言うとおり、健也の態度にはおかしな部分がたくさんあった。けれど、私はそれに気が付かないふりをして目を逸らし続けた。


 本当に、なんて馬鹿なんだろうと呆れてしまう。けれど、そんな馬鹿な行動をし続けたのは、紛れもなく私自身だ。


 ──結果、私は大切な万年筆を質に入れた。 


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