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「ほんっとうに申し訳ありません!」


 私は深々と目の前の二人に頭を下げる。

 五分ほど前に現れたイケメンこと飯田真斗さんは、なんとこのつくも質店のご主人の息子さんだった。外出先から自宅に帰ってきたら、玄関先で見知らぬ女に『悪党』呼ばれされ、さぞかし驚いたことだろう。


「いやいや、いいよ。真斗の言い方も誤解を招くものだったみたいだしね」


 苦笑気味に頭を上げるように促すのは店長の飯田さん(父)。


「そう言わないとこいつ、胡散臭いネット販売とか利用しただろ」


 不満げに顔をしかめるのは真斗さん(息子)。


 よくよく話を聞くと、いずれにせよつくも質店では二〇歳以上の方のみお取引対象としているようで、未成年である私は質入れすることができなかったらしい。

 言われてみれば確かに店内の注意書きにはそう書かれているが、私は全く気が付いていなかった。だから、あの日質入れしに来た私が未成年だと気付いた真斗さんは、すぐに追い返すか迷ったという。


 それなのに、なぜ無事に万年筆を渡してお金を借りることができたのか。それは、ひとえに真斗さんが機転を利かせてくれたお陰だ。


「あの万年筆、大切なものだったんだろ? 質入れの説明したときに、利息を払えば取り置き延長するって言葉に異様に反応していたし。本当は手放したくないものだってことは、すぐにわかった」


 そう言いながら、真斗さんは店内を進むとカウンターへと入ってゆく。その後ろには久しぶりに会うシロがいた。ご機嫌な様子でしきりに私の足に擦り寄ってきている。


 シロだ! 私のシロ!


 抱き上げたい。

 抱き上げてスリスリしたい。けど、おかしな子だと思われるから今は我慢!


 真斗さんは私をチラリと見ると、持っていた鞄をカウンターの向こう側の畳の上に無造作に置いた。


「けど、うちで断ったら、あんたは他のリサイクルショップか怪しいネットのオークションとかフリーマーケットアプリで売りかねないなと思って。最悪、はした金で手放して更に変な店でバイトとかしそう」


 私は鋭い指摘にぐっと言葉に詰まった。あんな(ひと)のために大切な万年筆を本気でお金に変えようと思っていたあたり、冷静になった今思い返せばとても正気だったとは思えない。たしかに、店舗で売るのが無理だと知ったら未成年でも売買可能なネットアプリに頼ったかもしれない。それに、実際にキャバクラでバイトすることを考えていた。


「ちょっと待ってろ」


 真斗さんは店の奥へと消えてゆく。暫く待っていると、戻ってきた彼は見覚えのある黒く長細い箱をカウンターの上に置いた。箱を開けて、中を見せるように私に差し出す。


「ほれ。これだろ? 大事なもんなら、二度と手放すんじゃねーぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 店内にぶら下がったランプの光を反射して、黒い万年筆は鈍く光っていた。手に取るとずっしりと重く、これを使うときはいつも悩みながら繰り返し眺めた白い星が目に入る。

 間違いない。私の大事な万年筆だ。二カ月ぶりにこれを手元に戻すことができたことに、感激で目に涙が浮かぶ。


「はい。じゃあ、五万円ね」

「え?」

「ん?」


 同時に怪訝な顔をした、真斗さんと私は顔を見合わせる。


「五万円も持っていませんけど?」

「は?」

「まだお金が用意できないから取り置き延長してもらおうと思ったんです。今日、五千円しか持っていません」


 私はこの万年筆を質入れしたのだと思っていた。だから、質流れを防ぐために利息を払いに来たつもりだったのだ。

 五万円は大学生の私には大金だ。そんなにすぐには用意できない。バイト代が入っても、お昼ご飯代やサークルの会費などにすぐ消えてしまう。特に、最近は健也のデート代を支払ったり、売れもしないライブのチケットを大量買いしていたせいで、貯金もゼロだった。


 唖然とした表情の真斗さんを見て、急激に不安に襲われた。


 真斗さんの説明では、質入れした際に期限内に利息を払えば取り置き延長してもらえるらしいが、それはあくまでも質入れした商品に言えることだ。今の話では、私の万年筆は質入れすらされていない、ただ単に真斗さんが好意でお金を貸した状態になっている。もしかして、今五万円払えなかったら取り上げられてしまう?


「もしかして、正式な質入れじゃないから取り置き延長不可?」


 シロが足元に擦り寄ってくる。もしここで手放したら、この万年筆とも、この温もりともお別れだ。私はギュッと万年筆を片手に握る。


「え、……いや、そういうわけじゃねーけど」

「じゃあ、もう少し待って下さい! 必ず近いうちに返すからっ!」


 まさか、テレビドラマでよく見る借金取りに追われている人が吐く台詞を自分が口にする日がこようとは、夢にも思っていなかった。しかもまだ、若干十九歳でございます。

 必死に詰め寄る私にたじろぐように後退(あとずさ)った真斗さんが後ろの壁にぶつかってガタンと音が鳴った。


 そのときだ。黙って私と真斗さんのやり取りを見守っていた飯田さんがポンと手を叩いた。


「そうか。きみがこの子の持ち主か」

「え?」


 この子って? と振り向くと、飯田さんはにこにこしながらこちらに近づき、シロを抱き上げた。私は驚いて飯田さんを見つめた。


 そんなことはあるわけがない。だって、シロは──。


「……見えるの?」

「もちろん。まだそんなには経っていないみたいだけど、付喪神が付くなんて、きっと大切にしていたんだろうと思っていたんだよ。そうか、きみか」


 飯田さんはシロの頭をくしゃりと撫でた。


「付喪神?」

「物に宿る神様だよ。知らなかったわけ?」


 真斗さんが呆れたように横から口を挟む。


 付喪神? 物に宿る神様? 

 知らないよ、そんなの。

 シロはシロだ。いつからかふらりと現れた私だけにしか見えない、不思議な猫だ。


「そうだ。いいこと考えたよ」

「いいこと?」

「えーっと、遠野梨花さんだっけ? きみ、うちで手伝いしないかい?」

「「え!?」」


 突拍子もない提案に、私と真斗さんが同時に驚きの声を上げる。


「真斗に五万円借りたんだろう? それは私が立て替えよう。その代わり、五万円分働いてくれないかい?」

「どういうことだよ、親父」


 真意が摑めず、真斗さんが問い詰めるように飯田さんに尋ねる。


「真斗、最近は研究が忙しいから店番するのが難しいって言っていただろ? 査定以外の業務を梨花さんに変わってもらえたら、だいぶ助かるんじゃじゃないか? 付喪神が見えるなんて、早々いる人材じゃないぞ。そうだな、時給千円換算で五十時間分勤務するのはどう?」

「いいんですか?」


 私は驚いて、呆然としたまま飯田さんを見返す。大手チェーンのファミレスでバイトはしているけれど、シフトが固定されているので五万円の余剰資金を生み出すのは結構大変というのが正直なところ。五十時間の手伝いと引き換えに万年筆を返して貰えるのは、本当にありがたい申し出だった。


「いいよ。梨花さんがやってくれたら、助かるなぁ」


 にこりと微笑む飯田さんの笑顔にジーンとくる。


「やります! 私、やります。やらせて下さい!」


 こうして、私のつくも質店での不思議な日常が始まったのだった。




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東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
i523749
一二三文庫様より2021年2月5日発売!
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