表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】付喪神が言うことには ~文京本郷・つくも質店のつれづれ帖~  作者: 三沢ケイ
第四話 PATEK PHILIPPE カラトラバ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/45

 8

「こんにちは! 明けましておめでとうございます!!」


 引き戸を開けてカウンターの向こうに元気よく挨拶すると、「明けましておめでとう」と返事が返ってきた。


 ついでに「アケマシテオメデトウ」とも。


 私はその光景に暫し目を瞬かせる。

 そこには、まるでそこにいるのが当然かのような様子でフィリップがいたのだ! 本を読んでいる真斗さんの肩でちゃっかりと羽を休めている。


「な、なんで? なんでフィリップがいるの!?」


 驚きのあまり、礼儀作法も忘れて指を差してしまった。つい二週間前くらいに、勝さんと一緒に家に帰ったはずなのに!


「オレ、モドッテキタ」

「ええ!?」


 状況が上手く呑み込めない。


「だからあの涙、無駄になると思うって言っただろ?」


 本にしおりを挟んで顔を上げた真斗さんは、こちらを見てにやりと笑った。


「どういうことですか?」

「ああ、それは──」


 真斗さんはくすくすと笑いながら、呆気にとられる私に説明を始める。


 勝さんは高齢になって体が不自由になった父親から弁当屋『かすや』を引き継いで今年で四年目になるが、あの腕時計を質入れしたことを父親には伝えていないらしい。

 そのため、年末年始に父親が老人ホームから一時帰宅する際はいつも一旦質から出して見せているそうだ。そして、それが終わるとまたつくも質店に質入れにやって来るという。

 今年もおそらくそのパターンだろうなと真斗さんは予想していたらしい。


「じゃあ、お父様に万が一があったら、腕時計を売ってしまうんでしょうか?」


 私は眉を寄せた。

 そんな理由なら、年末年始のお父さんの一時帰宅がなければフィリップはいらないってこと?


「マサルハオレ、ウラナイゾ」


 フィリップはすかさず否定する。


「そうだな。俺も売らないと思う。勝さんは父親がどんだけあの腕時計を大事にしていたか知っているし、前に『腕時計を質入れしたのは、頑張ろうと背水の陣をはったから』って言ってたし」

「どういうことですか?」

「つまり、きちんとコンスタントに稼がないとあの時計がなくなるっていう状況に自らを追い込んで、自分を叱咤してるんだろ。もう本当は質入なんてしなくていい状態だと思うんだけど、油断するとあのときみたいになるぞっていう戒めみたいなもんかな。最盛期と同じ規模に盛り返したら、そのときは胸を張っていつもあの腕時計を身に付けたいって言ってたから」

「なるほど」


 質屋で質流れを防ぐには、定期的に質料を支払う必要がある。一見するとそれは無駄な経費に思えるけれど、勝さんにとっては自分が頑張るための景気付けになっているのだろう。


「トイウコデ、コレカラモヨロシクナ」

「うん、よろしく」


 私は笑顔でフィリップに挨拶を返した。またフィリップとわいわいできるなんて嬉しい!

 でも、それはまだ勝さんが四苦八苦しているってことで、それはそれで複雑で──。


「オレ、マサルノトコロニカエッタラ、リカガベントウヲカイニクルトイイ」


 フィリップはそんな私の胸の内を感じ取ったようで、そう言ってくちばしを上げると、羽を広げて見せた。


「そうだね。帰らなくても買いに行くよ。ところで──」


 静かな和室をぐるりと見渡す。

 昔ながらの和室には床の間があり、小さな鏡餅が飾られている。和室の端にはお客さんからだろうか。届いたお歳暮の箱がまだたくさん積み重なっていた。


 ちょっとした違いはあるけれど、いつもと同じ光景だ。つくも質店はシーンと静まり返っている。


「店長はこんな新年早々から出張査定ですか?」

「いや。初詣に行っているよ。お袋と」

「……お袋?」


 私は真斗さんから初めて聞くその単語に目を瞬かせる。


「うん、そうだけど? 普段は仕事が忙しくて家を空けることが多いけど、年末年始はさすがにいるよ」

「あ、そうなんですか」


 真斗さんはなぜ私が不思議そうにしているかわからないようで、怪訝な表情で私を見返す。

 いつ来ても真斗さんと飯田店長の二人しかおらず全くお母さんの気配が見えないから、私は勝手にお母さんはいないものだと思い込んでいた。なんと、ただのバリバリのキャリアウーマンだったようだ。慌ててへらりと笑ってごまかした。


「後で紹介するよ」

「はい。ありがとうございます」 

「遠野さんは初詣行った?」

「私、まだ行っていないんです」

「俺も。じゃあ、親父達が戻ってきたら一緒に行く? って言っても、下の天神様だけど」


 下の天神様とは、坂を下った場所にある湯島天満宮──通称『湯島天神』のことだろう。


「はい、行きたいです!」

「ん」


 私は表情を綻ばせると、真斗さんは柔らかく微笑む。


「オレモイク」


 フィリップがすかさずそう言い、膝に片足を乗せたシロが「ニャー」と鳴いた。


 なんとなく、今年は楽しい一年になりそうな予感がした。




─第四話 PATEK PHILIPPE カラトラバ─

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
i523749
一二三文庫様より2021年2月5日発売!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ