表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】付喪神が言うことには ~文京本郷・つくも質店のつれづれ帖~  作者: 三沢ケイ
第四話 PATEK PHILIPPE カラトラバ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/45

 6

 見たことはないけれど、時計というのは工場の機械が勝手に組み立てて出来上がるイメージがある。それなのに、全部手作業なんてすごい。しかも、永久修理保証だなんて。


「すごいだろ?」

「すごいです!」

「オレ、マダコワレナイカラシンパイシナクテモダイジョウブダ」


 会話する私と真斗さんの間に、フィリップがトントンとやってくる。


「そうだな。悪かった」


 真斗さんは苦笑すると、軽口でフィリップに謝罪した。


    ◇ ◇ ◇


 フィリップの持ち主である粕谷さんは、それから程なくしてつくも質店に現れた。時折つくも質店にお弁当を届けてくれるときのお店の制服ではなく、濃紺のパンツに足の付け根くらいまでの丈の黒いコートを羽織った、小奇麗な普段着だ。


 粕谷さんに気付いた真斗さんはすぐにあらかじめ出していた腕時計をカウンターに持ってきた。


「お待ちしておりました。お間違いがないか、ご確認をお願いします」


 真斗さんに差し出された腕時計を手に取った粕谷さんは、その時計をじっと見つめると裏を見る。そして、ほんの少しだけ口角を上げた。


「ええ、間違いありません」

「お預かりしている間もこまめに動かしていましたので、問題なく動作するかと思います」

「ええ、そうですね。いつもありがとうございます」


 腕時計とスマホの時間が一致していることを確認すると、粕谷さんは満足げに頷いた。


「お正月に父が戻って来るんですよ。そのときにつけていきたいと思いまして」


 粕谷さんがそう言うと、フィリップが首と羽を揺らした。


「オレヲサイショニカッタ、ヒロシガクル」


 ──え、そうなの?


 そう聞き返しそうになって、慌てて口を噤む。ここでフィリップに話しかけたら、完全に私がおかしな人だ。


「うち、あんな小さな店舗ですけど、昔はすごく繁盛していたんですよ」

「そうなんですね」


 私は笑顔で世間話を始めた粕谷さんを見返す。弁当屋『かすや』のお弁当はとても美味しいので、とても繁盛していたというのは想像がつく。


「ええ。あの辺りは少し歩けば至る所に会社の事務所なんかがあるから。仕事途中のお昼ご飯に重宝されていて、結構売り上げていたんですよ。私がまだ子供の頃です」


 粕谷さんは昔話をしたい気分だったのか、その時計を眺めながら、その後もぽつりぽつりとお店のことを話し始めた。


「あの頃は日本全体の経済がぐんぐん伸びていて、ちょっとくらい高い弁当でも飛ぶように売れました。むしろ、高い方が売れるくらいだった。おかげでうちは景気がよくて、あの頃は両親は高級車に乗って、いい物を着ていたな。家にもお手伝いさんがいて、僕は私立の小学校に行ってね」

「へえ。すごいですね」


 話に聞き入りながら、私は相槌を打つ。

 高級車にお手伝いさん、私立小学校。どれも私には縁のないものだ。きっと、さぞかし景気がよかったのだろう。


「その頃、父がこれを買ってきました。僕はまだ子供だったから正確なことはわからないけれど、当時のサラリーマンの平均年収よりもはるかに高かったっていうのは、両親の会話から知っています。よく父は『これは(まさる)が大人になったら譲ってやる』って言ってね。高級時計は何個も持っていたけれど、これが一番のお気に入りだった。──たぶん、自分が人生で成功の証みたいに思っていたんだと思います」


 勝さんは手元の時計を眺めると、懐かしそうに目を細めた。


「それが、景気の停滞と共にうちの業績も傾いてきて──」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
i523749
一二三文庫様より2021年2月5日発売!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ