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年の瀬も迫ったある日、大学の食堂でランチを食べていた私は、亜美ちゃんにとある場所へ行こうと誘われた。
「根津神社?」
「うん、根津神社。行ってみない?」
「いいけど……」
いいけど、と返事をしたものの、根津神社って何があるの?
その場でスマホで調べてみると、東京都文京区根津にある神社のようだ。
すぐに出てきたのは『つつじ祭り』というつつじの花のお祭りだった。けれど、それは四月後半から五月中旬までの開催なので時期が合わない。
目的がよくわからないけど、亜美ちゃんとお出かけするのは楽しいからまあいっか。
そんな軽い気持ちで私は頷いたのだった。
◇ ◇ ◇
約束の日、私は亜美ちゃんと地下鉄千代田線の根津駅の一番出口で待ち合わせした。
地上出口の正面を南北に走る不忍通りを北方向に歩き始めてすぐに、通り沿いの茶色い街頭に『文豪の街』と表示が出ていることに気付く。
すぐに到着した『根津神社入口』の交差点で右に曲がると、とたんに目の前には長方形を敷き詰めた石畳の通りが広がった。京都や奈良、金沢の路地裏にでも訪れたような、レトロな雰囲気が漂っている。
その通りを歩くこと数分で、大きな石柱の看板と木製の鳥居が目印の根津神社の表参道が現れる。
鳥居は両手を回しても届かないような太い柱の立派なもので、上部には周辺の町名を記した、たくさんの提灯がぶら下がっていた。このサイズの鳥居は、都心部ではなかなか見かけない。
その参道門を抜けて石畳の参道を歩くと、すぐに池と橋、そしてその向こうには真っ赤に塗られた楼門が見えた。この季節、すでに美しく色づいた赤や黄色の木々の葉は殆どが落ちてしまっており、焦げ茶色の枝には僅かにだけ赤や黄色が残っている。
けれど、その少し物寂しい雰囲気が返って楼門の艶やかさを浮き立たせていた。
池の中央に掛けられた橋から横を見ると、凍えるような寒さの中でもベンチに座ってその景色を眺めている人がちらほらと見える。今日は天気がいいので、ひなたにいてじっとしていると意外とあったかいのかもしれない。
「うわぁ。あれ、なんだろう?」
ふと反対側を向くと、鳥居が何重にも亘って設置されているのが見えた。まるで鳥居のトンネルのような光景に目を奪われる。
こんな景色、昔見たことがある気がする。あれは……家族旅行で行った京都の伏見稲荷神社だ。
「千本鳥居だね。後でくぐってみようよ」
「うん、そうだね」
そんなことを話ながら、私達は境内へと進む。
十二月の中旬という季節柄と平日なこともあり、ここを訪れる人はまばらで境内は落ち着きはらっていた。遅めの七五三をしたのか、袴姿の幼稚園児くらいの子供を連れた家族連れとすれ違った。
社殿の前に立つと、亜美ちゃんと横に並んで二礼・二拍手・一礼。
目を閉じて、顔の前で手を合わせる。
『素敵なことがありますように』とお願いした。
お参りが終わるとすぐ横のおみくじを引く。一〇〇円を入れて折りたたまれた紙を一枚取り出す。この紙を開く瞬間は、いくつになってもドキドキする。
「やった! 大吉!」
「え、いいな。どれどれ──やったー! 私も大吉だったよー」
社務所から少し離れたところで亜美ちゃんとハイタッチで祝福する。
おみくじなんて気休めでしかないと思っていたけれど、シロが付喪神様だというなら本当に八百万の神々もいるのかもしれない。なら、神様にお参りしたあとの大吉はきっと当たっていそうじゃない?
その後、社務殿の反対側に進み、先ほど見た入り口とは反対側から千本鳥居を通り抜けた。
実際に通り抜けると思ったよりも小さな鳥居で、女の私が屈まずに通り抜けられるギリギリの身長。きっと、男の人なら屈まないと頭をぶつけてしまうだろう。
真っ赤なトンネルは、非日常を呼び起こす。
このトンネルを抜けたら、全く違う世界だったら? もしかしたら、特別な使命を持った神様が現れて「世界を救うのを手伝ってくれ」なんて言い出すかも。実は私は伝説の陰陽師の末裔で、ひとたび筆を取って式札に走らせれば、最強無敵。そんな想像がぐんぐんと膨らんでくる。
「えーっと、これかな? 結構地味だね」
鳥居を全て抜けても、当然の事ながら異世界には行かないし、神様を現れない。代わりに、亜美ちゃんは笑顔でこちらを振り向くと、近くにあった大きな石を指さした。
「何が『これかな?』なの?」と私は首を傾げる。
「これ、『文豪の石』っていうんだって。夏目漱石とか森鴎外がお散歩ついでにここに座って構想を練ったとか」
「へえ」




