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【書籍化】付喪神が言うことには ~文京本郷・つくも質店のつれづれ帖~  作者: 三沢ケイ
第三話 MIKIMOTO パールネックレス

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8

 私はそれ持っていた真斗さんを見つめた。真斗さんはネックレスを持ち上げ、もう一度留め具やエンブレム、粒の大きさを確認していた。ノギスで計った真珠の粒は八ミリだった。


「親父」


 真斗さんが立ち上がり、その真珠のネックレスを見せながら何かを告げる。恐らく、査定結果だろう。飯田店長がそれを手に取って眺めてから頷いたので、同じような見解だったようだ。


「花嫁道具ということは、エンブレムは後からつけてもらったんですか?」


 真斗さんがネックレスを元の箱に戻しながら、土屋さんを見上げる。


「よくわかったね。糸替えのときに、つけてもらったみたいだよ。偶然だけど、路子の『M』と同じだって、お気に入りだった」

「そうなんですね」


 真斗さんは柔らかく微笑む。

 ネックレスが入れられた箱を閉じる、パタンという小さな音がシンとした部屋に響いた。


 ◇ ◇ ◇


 その日、私がいつものようにつくも質店に行くと、珍しく真斗さんと飯田店長が二人とも揃っていた。


「こんにちは! お二人揃っているなんて、珍しいですね」


 今日は十一月の下車にしては暖かく、私は無縁坂を登る途中で暑くなって脱いだ薄手のコートをカウンターに置く。


「こんにちは。もしかしたら、梨花さんに会えるのも今日が最後かもしれないと思ったからね」


 飯田店長は目元を緩め、目尻に深い皺が寄った。


「今日が最後?」


 私は意味がわからずに首を傾げる。


「今日で約束の五〇時間だよ。少し早いけど、二ヶ月間ご苦労様」

「え……」


 私は一瞬何を言われたのかわからず、飯田店長を見上げる。けれど、すぐにその意味を理解した。


 私がつくも質店でお手伝いを始めたのは、大切な万年筆を売ろうとして、紆余曲折を経て結果的に店長に五万円を借りたからだ。『借金がわりに五〇時間分のお手伝いをする』という約束だった。

 つまり、その五〇時間が終わったと言っているのだ。


「うそ。もう、そんなに経ちます?」

「ちょうど今日で五〇時間だね。一応、就労管理帳に記録していたから」


 座ったままの真斗さんは、お店用のパソコンを顎で指す。

 一方、私は呆然とした。


 今日でちょうど五〇時間?

 じゃあ、ここでお手伝いをするのは今日が最後?

 そんな……。何も心の準備ができていないし、お別れの品も買っていない。 


 それに──。


 私は真斗さんと、その肩に乗るフィリップを見つめた。いつもならずっとお喋りをしているフィリップは、今日は何も喋らずに小首を傾げている。


 ──こんなに急に、お別れだなんて。

 

 借金がなくなったという安堵、急な終わりへの戸惑い、もうここに来れないという寂しさ……。色々な感情がぐちゃぐちゃに入り交じって、言葉が出てこない。


「そこで提案なんだけど──」


 立ち尽くす私の顔を、飯田店長が覗き込む。


「梨花さんさえよかったら、このあともうちで働かないかな? これまでと同じ、時給一〇〇〇円で」

「え、いいんですか?」

  

 私は目を見開き、飯田店長を見返す。


「いいよ。梨花さんがいてくれると、助かる。なあ、真斗?」

「だな。俺、来年M2になるから、正直言うと院の研究が忙しい。いてくれると助かる」


 真斗さんも頷いて見せる。

 『M2』というのは修士課程(マスター)二年のことで、つまり、大学院の修士課程の最高学年だ。修士号をとるためには修士論文を書く必要がある。 


「よかったら、やってくれないかな?」


 飯田店長がにこりと笑う。私は胸がジーンと熱くなるのを感じた。


「やります。やらせて下さい!」

「よかった。じゃあ、今まではただのお手伝いの立場だったけれど、改めてよろしくね」


 飯田店長はそう言うと、目尻の皺を深くした。


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東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
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一二三文庫様より2021年2月5日発売!
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