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「ただ、売らずに保管しておいてもらうこともできる」

「売らずに保管?」

「ああ。利上げって言って、預けた質草の質料──利息を支払うんだ」

「利息……」

「そう。利息を払いさえすれば、保管期間は一ヶ月単位で伸ばされる。以後は同じ」


 男の人は矢印の更に一ヶ月後のところにも印を書き込んだ。


「一ヶ月……」 


 さっきから、オウムのように言われた言葉を返すばかりだ。質屋という業界について、私は全くわかっていなかった。ただ単に中古品を売ってお金をもらう場所だと思っていたから。けれど、返金さえすれば質入れした商品を返して貰えるというのは魅力的だった。なぜなら、あの万年筆は──。


「後は、買い取りもできる。その場合は、すぐに売りに出されるから、やっぱり返してくれと言われてもどうしようもない」


 考え込んでいると、男の人がそう付け加えた。


「質入れでお願いします!」


 私は即座にそう言った。男の人は、箱に戻した万年筆をもう一度手に取ると、それをじっくりと眺めるように目を細める。


「…………」


 黙り込む男の人に話しかけるように、足元でシロが「ニャー」と鳴いた。


「とは言ってもなぁ。でもなぁ……」


 何に悩んでいるのか、しばらく考え込んでいた男の人は一人で悪態をつく。


「あー、くそっ。仕方ないな。よし。これは()()預かろう。その代わり、()()五万貸してやる」

「五万円!?」


 私は驚いて声を上げた。

 そんな高額になるなんて思っていなかったのだ。確かに高級な万年筆だとは聞いていたけれど、元々いくらなのかは知らなかった。だから、この質入れ価格が高いのかどうかもわからないけれど、五万円は私にとって大金だ。


 目を丸くする私の前に、ノートが差し出される。


「ここに、名前書いて」

「あ、はい」


 どうやら取引してもらえるようだとわかり、ホッとした。


 万年筆を手渡されたので、凡そ半年ぶりにそれを手に握った。インクに浸した金色のペン先が紙の上を滑らかに滑る。自分の名前──遠野(とおの)梨花(りか)と記入する。やっぱり、この万年筆はとても書きごごちがいい。


「遠野梨花さんね」


 カウンターの男の人は、自分の後ろポケットから財布を取り出すと、中から一万円札を二枚取り出し、「あ、足りね」と言った。あまり几帳面な性格ではないのか、紙幣に混じってレシートが財布から飛び出ている。


「え?」


 私は拍子抜けしてその人を見つめた。お金って自分の財布から出すの? てっきりレジから出すものだと思っていたのに、予想外。


「ちょっと待ってて」


 暫くすると、男の人は片手に五枚の紙幣を持って奥から現れた。


「はい、これ」


 目の前に紙幣が差し出される。

 

 私は呆気にとられて、男の人を見返した。

 お金を借りるのだから、もっとたくさんやることが──例えば、決まった書面に住所を書くとか、学生証をコピーされるとか──そんなことを想像していたのに、これでおしまい?

 あまりに簡単すぎて、逆に驚いてしまった。


「……もうおしまい?」

「そうだけど?」

「もっと、何か書いたりしなくていいんですか?」

「書きたいわけ?」

「……いえ」


 小さく首を振って、差し出されたお札を受け取る。これはあの万年筆と引き換えに得たお金なのだと思うと、ずっしりと重く感じる。シロは相変わらず、「ニャー、ニャー」としきりに何かを訴えかけるように鳴いていた。


「そうだな……。俺、飯田(いいだ)真斗(まなと)」 

「は?」

「だから、俺の名前。飯田真斗。金貸してくれた人の名前くらい憶えておけ」


 呆れたようにそう言い放つと、男の人、もとい、飯田真斗さんはすらすらと自分の名前をメモに書き、私に手渡す。そして、仕事は終えたとばかりに片手を腰にやる。

 座卓の上には箱が積み重なって置いてあるのが見えた。あれも質入れされた品物なのだろうか。以前も見た緑色のインコは、いつの間にかそこで気持ちよさそうに昼寝している。


「あの、ありがとうございました……」


 引き戸を閉めようとすると、カウンターの下に座り込んだシロがこちらを見上げて「ニャー」と鳴く。飯田さんは小さく嘆息すると、カウンターから出てきた。


「あんた、もっと自分の大事なものをちゃんと見た方がいいよ。一度手放したら、普通はもう戻ってこない」


 じっとこちらを見つめるその瞳に、何もかも見透かされている気がした。

 いたたまれない気持ちになった私は、逃げるようにその場を後にする。

 門を潜り抜けたとき、またシロが「ニャー」と鳴く声が聞こえたような気がした。


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