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今日お伺いする予定の土屋様のお宅は、飯田橋から地下鉄で一つとなり、神楽坂駅から少し歩いた路地にあった。
飯田店長と待ち合わせして三人で向かった先は、そこそこ大きな一戸建ての住宅だった。この辺りでは今時珍しい瓦屋根の二階建てで、小さいながらも庭が付いている。
都心の一等地であることを考えると、かなり立派な家だと言える。門の表札には今回の依頼主の名字と同じ『土屋』と書かれていた。
「こんにちは」
インターホンを押すと、すぐに四十代半ばくらいの年頃の男性が顔を出した。背筋はピシッと伸びていて若々しい雰囲気があるが、左眉の上あたりで左右に分けられている髪には僅かに白髪が交じりはじめている。
その男性──土屋さんは飯田店長の顔を見るなり「久しぶりですね。わざわざすいません」と表情を和らげてスリッパを勧めた。
私は玄関から中をざっと見渡した。
大きめの玄関には腰までの高さの靴棚が設置され、その上には北海道土産でよく見かける、鮭を咥えた熊の木彫り人形があった。その横には、年季が入って色が濃くなった何体かのこけし人形が置かれていた。
ガラスケースに入った花は造花だろうか、独特の黄色と紫色をしており、そのケースはほんのりと埃を被っている。そして、正面の壁には鳩時計が掛かっていた。
反対側を向くと小さな台が置かれ、その上にはガラス製の水槽が置かれていた。中では赤い金魚が二匹、悠然と泳いでいる。
(なんだろう、この雰囲気……)
どこか懐かしいような住宅にスリッパを借りて上がると、部屋にはダンボール箱がいくつか置かれていた。
「もう、荷物は整理し終わったのか?」
「だいだいは、ですよ」
土屋さんと飯田店長は二人でお喋りをしながら、家の奥へと進む。この砕けた雰囲気は、元々知り合いなのだろうか。
通された和室の座卓の上には、いくつかの箱や鞄が置かれていた。
「ここと別の部屋に分けて置いてあります。量が多くてね」
「よし、わかった。じゃあ真斗、ここは任せていいか?」
「ああ。大丈夫」と真斗さんは頷く。
「梨花さんは真斗の手伝いをしてくれるかな?」
「わかりました」
私も頷くと、二人はにこりと微笑んで部屋を後にした。
「店長と土屋さんって、お知り合いですか?」
「なんか、昔からの知り合いみたいだよ。現役時代は殆ど被ってはいないけれど、大学のサークルの後輩とか聞いた気がする」
「ああ、それで」
二人の気安い雰囲気に、ようやく合点する。旧知の中であればあの砕けた口調も頷ける。
私は鞄から買い取り用の査定を行うためのメモを取り出した。ここに、真斗さんが言うことを転記していくのだ。
「金魚、好きなの?」
「え?」
メモの準備をしていると、なんの脈絡もなく真斗さんが聞いてきた。顔を上げると、真斗さんは畳に胡坐をかいて座り、こちらを眺めている。
「さっき、玄関でじーっと見ていたから」
「ああ。昔飼っていたんですよ。お祭りの金魚すくいで掬ったやつを。金魚って、人に懐くんですよ」
先ほど、玄関に金魚がいたのでついつい眺めてしまったことを思い出した。
昔、小学生のときに近所のお祭りの金魚すくいで掬った金魚を飼っていて、餌をあげたり水を綺麗にするのは私の仕事だった。
「懐く?」
「私が水槽の前に来ると、水の表面に上がってくるようになりました」
「それ、懐いているんじゃなくて、エサが欲しいだけじゃねーの?」
「どっちでもいいんですよ。可愛いから」
私が口を尖らせると、真斗さんはくくっと笑う。そして、気を取り直したように、積まれている本日の査定対象品に手を伸ばした。
「最初は『濱野』のロイヤルモデル。正面左下傷あり」
真斗さんは黒色の革製ハンドバックを手に持ち、状態を確認していく。黒い鞄は持ち手部分には金色の丸い金具がついており、しっかりとした形はとても上品な印象を受けた。
しかし、毎度毎度思うけれど、よくこんなにスラスラと色々な鞄の名前が出てくるものだと感心してしまう。今日なんの商品があるかを事前に知っていたわけでもないはずだから、全部頭の中に入っているのだろうか。
その後も黙々と作業をしていたが、だいたいの商品を査定し終えたところで、真斗さんがふと手を止める。クロコダイルのような皮製の茶色い鞄を睨んだまま、それを腕を伸ばして離れて眺めたり、裏返したりしている。
「ちょっと、親父に相談したいから待っていて」
「はい、わかりました」
真斗さんが鞄を持ったまま立ち上がる。
私はその後ろ姿を見送りながら、珍しいこともあるものだなと思った。
相談に行くということは、多分、自分の査定に自信がなかったのだろう。いつもだったらスラスラ査定していくのに。
とは言っても、真斗さんはまだ二十三歳だ。質屋歴ウン十年の飯田店長に比べると、経験も浅いから不安があることもあるのだろう。




