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JR総武線を降りて改札へ向かうと、既に地下鉄で到着していた真斗さんはすぐに見つかった。
ジーンズにグレーのウインドブレーカー、スニーカーという格好はどこにでもいそうな二十代前半の男性のものなのだけど、肩にインコを乗せているのだもの!
「真斗さん、お待たせしました」
「いや。大丈夫」
「フィリップも一緒なんですね」
「オレモ、オデカケシタイ」
フィリップは頭を前後に揺らし、ふるふると羽を振るわせる。
「よし、行くか」
真斗さんの掛け声で、改札を出てすぐに左手に曲がり、大きな歩道橋を渡る。
地面より高い位置を歩きながら辺りを見渡したけれど、見えるのはビルと幹線道路と高速道路ばかり。眼下を行き交う車がけたたましく音を鳴らし、日本庭園とも紅葉とも程遠い。
「こんなところに、本当にあるんですか?」
「あるよ。歩いてすぐ。一本入れば結構静かだよ」
なんの迷いもなくすたすたと歩く真斗さんの横を私もついて行く。
本当かなぁと半信半疑だったけれど、すぐに真斗さんの言う通りだとわかった。歩道橋を渡り終えて一本細い道に入ると途端に車通りがなくなる。先ほどの喧騒が嘘のように辺りを静けさが包み、遠くから部活をしている高校生のような声が時折聞こえてきた。
「どっかに学校があるんですかね」
「学校もあるかもしれないけど、これはそこの運動場からじゃないかな」
真斗さんが指さす前方を眺めると、大きなグラウンドがあるのが見えた。ついさっきまでビルしかないような場所にしか見えなかったのに、数分歩けば全く違う景色になることに驚きを隠せない。
「庭園はあっちだよ。ほら、ちょっと見えるだろ?」
途中でグラウンドを左手に見ながら道を曲がると、遥か前方に少し人が集まっているのが見えた。その脇には和風の白塗りの塀と、石造りの門があり、門の脇にぶら下がっている提灯には『後楽園』と書かれていた。
そのまま中に入ると入園料を支払うゲートがあり、真斗さんが二人分のチケットを買おうとしていたので慌てて押しのけた。
「この前奢ってもらったんで、今日は私が払います」
チケット売り場で押しのけられて呆気にとられる真斗さんにチケットを渡しながらそう言うと、「律儀な奴」と笑われてしまった。
砂利の歩道の両脇に木々が茂り、奥には大きな池。その池の中央には小さな島があり、島の中には赤い社が緑の合間から姿を覗かせている。
ゲートをくぐると、そこは私が思い描く通りの日本庭園の景色だった。
入り口の案内板にはここの庭園は寛永六年(一六二九年)に造園され、その後火災などを経ては修復され今に至ると記載されていた。
この景色だけを見ると、実際には行ったこともない江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになる。背後に見える東京ドームの真っ白な屋根だけが、今は令和なのだと教えてくれた。
ゆっくりと歩きながら切石と玉石を組み合わせた延べ段という中国風の石畳を歩きながら池を眺めると、見事に色づいた紅葉が秋の景色を彩っている。その紅葉が池に映り、鏡のように上下逆の世界を作り出していた。
「綺麗ですね」
「だな」
横を歩く真斗さんは池の方向を眺めると、柔らかく目を細める。何かを懐かしむような、愛おしむような。
「真斗さん、昔っからここが好きなんですか?」
「え?」
「店長がそう言っていたから」
真斗さんは「ああ」と少し照れたようにはにかむと、ゆっくりと歩き出す。
「家から近いからよく来たっていうのと、ここに来ればついでに遊園地に連れて行ってもらえたから。あの遊園地、戦隊ヒーローのイベントをよくやっていたから、好きだったな」
そういいながら、真斗さんは遊園地方向を見る。
なるほど。そういう理由で好きだったのか。今の真斗さんからは、戦隊ヒーローに夢中になる姿は想像がつかないけれど、きっととても楽しい思い出なのだろう。
「日本庭園ってさ、小さな空間に山とか池とか、ギュギュっと詰まっていて、凄いだろ?」
歩いていた前方に、先ほどとは違う池が現れる。今度の池は蓮が全体を覆っており、中央にある小島に行くための石橋はすっかりと苔がむし、通行止めになっていた。
「確かにそうですね。四季折々の景色が楽しめるようになっていますものね」
蓮の葉の合間をゆったりと泳ぐ亀の姿を眺めながら、私は頷く。亀は岩に上がると、甲羅を乾かすためかそこでじっと止まった。
「うん。癒されるっていうか。俺、こういうのを作りたいんだよね」
「こういうの? 庭をですか?」
私は意外な話に真斗さんを見上げる。本当は庭師になりたかったのだろうか?
「最近さ、超高層ビルが多いだろ? 超高層ビルの根本部分には『公開空地』っていう、ある一定以上の空間を作るんだ。そういう公開空地を公園にすることも増えてきてさ、最近だと──」
真斗さんは最近完成した大型ビルの名前をいくつか挙げる。
どれも開業のときにテレビを賑わせた、大規模再開発の物件だ。ふと、つくも質店で働き始めたばかりの頃に真斗さんが言っていた言葉が蘇る。
「前に言っていた、〝自然と融合する都市をデザインする〟ですか?」
「そう。コンクリートジャングルだけじゃない都市を作る」
そう言うと、横を歩いていた真斗さんは視線を斜め上に投げる。
そこには隣接する東京ドームシティの大型ホテルのビルが見えた。
なるほど、あんな巨大ビルの横にはこんな素敵な日本庭園。これはたまたま位置関係がこうなっただけだろうけれど、そういう姿が自然にある都市をデザインしたいということなのだろう。
最新鋭のテクノロジーと人々の憩いの場が融合した都市を。
「素敵ですね」
「だろ?」
真斗さんは嬉しそうに笑うと空を眺める。
優しい風が吹き、真っ赤に色づいた紅葉の葉がふわりふわりと舞った。
暫く庭園の散策を楽しんでいると、不意に真斗さんの肩にとまっていたフィリップが羽をバタバタさせた。
「マナト、ジカンダ」
「お、もうそんなに経ったんだ。教えてくれて、ありがとな」
真斗さんは慌ててスマホを取り出して時間を確認する。横から画面を覗くと、確かに店長と約束した時間の三〇分前だった。
「フィリップ、よく気が付いたね」
感心していると、フィリップは得意気に首を揺らす。
「オレ、トケイダカラナ」
「あ、前にそう言っていたね。フィリップはどんな時計なの?」
「カッコイイ、ウデドケイダ」
「ふーん」
実は、フィリップが宿るというその『カッコイイ時計』を私はまだ見たことがない。つくも質店の質草(お客様から預かった商品のこと)は、専用の大きな耐火・防犯金庫に保管されているので、滅多なことでは見られないのだ。




