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【書籍化】付喪神が言うことには ~文京本郷・つくも質店のつれづれ帖~  作者: 三沢ケイ
第三話 MIKIMOTO パールネックレス

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 段ボール箱に緩衝材を何重にも敷き、その上に商品の箱をそっと重ねて入れる。今日の商品はどちらも割れ物なので、いつも以上に念入りに包装した。


 これまでは質屋と言えば高級ブランドの鞄や小物のイメージだったけれど、実は違うものも多い。

 例えば、今日発送のために包装したこれは高級ウイスキーと、有名クリスタルガラスメーカー『バカラ』のウイスキーグラスだった。初めて見たときは飲み物も買い取りすることにびっくりした。


 真斗さんによると、リサイクル業をする古物商として営業許可を得るには、それに先立ってどの商品を取り扱うか事前に管轄する公安委員会へ届出する必要があるらしい。

 つまり、届け出ていない分類の商品は例えお客様が持ち込んできても取引できず、つくも質店では例えば、骨董品と呼ばれるような美術品は取り扱っていない。


 この世界は私の知らないことがたくさんだ。


 段ボールの蓋をしてガムテープで止めようとしていると、ガラッと引き戸を開ける音が聞こえてきた。


「お客さんかな?」


 私は作業を一時中断して店舗のカウンターへ向かう。


「いらっ──。あ、お帰りなさい」


 玄関先にいたのは、飯田店長だった。私と目が合うとにこりと笑い「こんにちは、梨花さん」と言った。


「早いですね」

「思ったより早く終わってね」


 出張買取に行っていた飯田店長は、荷物を置くと靴ひもを緩め始める。

 郵便が届いていたようで、鞄の横に無造作に置かれた郵便物に混じった絵葉書には室内から撮影した見事な紅葉が映し出されていた。上下を部屋の壁に遮られていることで、返って絵画のような美しさを引き立てている。


「わあ。ここ綺麗ですね」

「綺麗?」


 靴を脱いだ飯田店長は、自分の脇に置かれた郵便物の束に目をやり、その絵葉書に気付いたようだ。


「ああ。瑠璃光院だね」

「瑠璃光院?」

「そう。京都の叡山電鉄の「八瀬比叡山口駅」にあるよ。秋の紅葉の季節は一般に公開しているみたいで、とても人気があると聞いたことがあるよ」

「京都か。遠いですね……」


 京都というと、ここからだと新幹線で三時間くらいだろうか。この景色の場所は新幹線の駅前ではないだろうから、日帰りだと厳しいだろう。となると、宿泊代もいるから時間だけでなくお金も結構かかる。


 行ってみたいけれど、ちょっと厳しそうだ。


「梨花さんは、今年は紅葉を見に行った?」

「この前、真斗さんと上野公園に行く機会があったので、少しだけ見ました。けど、こういう感じではなかったです」

「今ちょうど見ごろだから、見に行って来たらどう?」

「え? ここにですか?」


 私は驚いて飯田店長を見つめた。今から? 京都まで?

 飯田店長は笑って片手を振る。



「瑠璃光院はさすがに遠いね。ここから近い日本庭園と言えば、本駒込の六義園(りくぎえん)小石川(こいしかわ)後楽園(こうらくえん)だね」

「後楽園って、遊園地ですよね?」


 怪訝に思った私は聞き返す。


 日本庭園? この辺で『後楽園』と言えば、東京ドームに隣接する遊園地を指す。入場無料で時間が空いたときなどに手軽に立ち寄れるので、私も時々亜美ちゃんと行ったりする。


「それは『後楽園遊園地』だろ。そうじゃなくって、『小石川後楽園』。水戸徳川家の江戸上屋敷の庭園だよ。遊園地のすぐ近くにある」と真斗さんの呆れたような声がした。


「水戸徳川家? 水戸徳川家って、もしかして水戸黄門の?」

「そう、それ」

「へえ! そんなのがあるんですか? 知りませんでした!」


 水戸黄門と言えば『この印籠が目に入らぬか~』って言っているのを、テレビで見たことがある。 

 あの遊園地には何度も行ったことがあるけれど、そんな庭園があることにはちっとも気が付かなかった。


「ちょうど今度の週末に行く予定の出張査定の対象品が結構たくさんありそうで、真斗も連れて行くつもりなんだ。梨花さんも手伝ってくれないかな? 場所が神楽坂の辺りだから、その前に二人で行って来たらいい」

「なんで俺が?」

 

 真斗さんが眉を寄せて不平を漏らす。


「真斗、小さい頃からあそこが好きだろう? それに、久しぶりだろう?」


 にこにこ顔の飯田店長に諭され、真斗さんは不本意そうながらも「まあ、いいけど」と呟く。


 相変わらず人がいい。これは初めて会ったときに和装姿だったのも頷ける。たぶん、最初は断ったけれど、困って頼み込む友人を見るに見かねて結局引き受けてしまったのだろうな。その姿の想像がついてしまう。


「でも私、査定作業できませんけど、出張査定に一緒に行っていいんですか?」

「仕分けとか、書類作成とか手伝ってくれればいいよ。かなりの数だから、それだけでも大助かりだ」

「わかりました。じゃあ週末、よろしくお願いします」


 私は笑顔でそのお手伝いを引き受けたのだった。



   ◇ ◇ ◇



 約束の週末、真斗さんとは飯田橋駅で待ち合わせした。

 飯田橋駅はつくも質店の最寄り駅の一つである本郷三丁目駅から地下鉄大江戸線で二駅で、ものの数分で到着する距離にある。


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東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
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