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私は咄嗟に二人の前に立ち、座っている真斗さんの腕をぐいっと引いた。
「お兄さん、誤解です。この人、私の彼氏です。今、付き合い始めたばかりでラブラブです。だから彼女とは関係ありません。今日はデート中にたまたま会ったんです!」
噓も方便。とにかく、今はこの場を治めないと!
突然現れた第三者の存在に、ミユさんと男性は呆気にとられた表情を浮かべる。
「…………。あのー。とりあえず、店出ませんか?」
とりあえず、周囲の視線が痛くていたたまれない。
「「…………」」
恥ずかしすぎるから、一刻も早くこの場から立ち去りたい。
半泣きになりそうな私を見つめ、目の前の二人は無言で顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
前回訪れたときはまだ殆どが緑色で覆われていた上野公園のイチョウやケヤキは、いつの間にか黄色い衣装へと衣替えしている。
真斗さんは私達がいる場所のすぐ近くにあったスターバックスに一人消えてゆくと、暫くして紙袋を下げてこちらにやってきた。
紙カップを渡されると、手のひらからじんわりと温かさが伝わってくる。何も喋らずに黙り込んでいたミユさんと男性も場所を移動してだいぶ落ち着いたのか、素直に真斗さんからカップを受け取っていた。
「それで、何があったんですか?」
おずおずと私がミユさんにそう尋ねると、ミユさんはパッと顔を上げて男性を睨みつけた。
「別れようと思ったの。淳一はもう、私のことなんか興味ないみたいだから──」
「待てよ。なんでそうなる!」
「ちょっと二人とも落ち着きましょうか」
またもや口論が始まりそうになって焦る私の横から、真斗さんが一歩前に出て二人に落ち着けと両手のひらを見せる。真斗さんの肩には文鳥が乗り、さっきからしきりにピーピー鳴いていた。
「つまり、二人の話を聞くと、こういうことですね? 四元さんとあなた……」
「村上だ」
男の人が低い声で短く答える。
「四元さんと村上さんはお付き合いをしている。けれど、四元さんはもう別れたいと思っている。その理由は、村上さんが一カ月以上も四元さんを放置したので、心変わりしたと──」
「心変わりなんてしてない!」
「でも、一ヶ月以上放置はした?」
男の人、もとい、村上さんはぐっと言葉に詰まったが、すぐに口を開いた。
「ラインで連絡は取っていた」
「でも、電話もくれなくなったじゃない! 前はどんなに空いても週に一度は会いに来てくれたのに、こっちからかけた電話にすら出ないし……」
「出られなかったんだよ!」
語尾にいくにつれて涙声になってきたミユさんに、村上さんが訴える。
そのとき、二人を見守っていた真斗さんが一歩前に出た。
「わかりました。では、電話に出られなかった事情を教えてもらえますか?」
落ち着いた声で真斗さんに語りかけられた淳一さんは暫く地面を見つめたまま沈黙していたが、黙っていても何も解決しないと悟ったようで深い溜め息をついた。
「サイドワークを始めたんだ。昼間の会社の勤務が終わった後、夜の八時から深夜〇時まで。あと、土日も……」
仕事が終わった後に夜八時から深夜〇時まで? しかも、土日も!?
それは完全なるオーバーワークではないだろうかと私は驚いた。
私と同じように感じたのか、はたまた違う理由なのかはわからないが、ミユさんも驚いたように目を見開く。
一方の真斗さんは、そのことを予想していたかのように、ふむと頷いた。
「それは、恐らくお金が必要だったからですよね?」
「ああ」
淳一さんは真斗さんの質問に一瞬渋い顔をして、ぶっきらぼうに答える。真斗さんは落ち着いた様子で先を促した。
「そこまでして、なぜお金が欲しかったんですか?」
淳一さんはまた黙り込む。
そして、口許を歪めてミユさんの方を見つめた。ミユさんはじっと淳一さんの顔を見つめていたので、二人の視線が絡み合った。
どれくらいそうしていただろう。
すぐ後ろにある噴水が時間を流れを示すように優しい水音を鳴らし、遠くからは時折子供の声が聞こえてきた。
「汐里に渡す指輪が買いたかった……。昔、憧れているって聞いた指輪を」
淳一さんは苦しげにそう漏らした。
その瞬間、ミユさんの元々大きな瞳がこぼれ落ちそうな位見開かれる。信じられないと言いたげに、口許を手で覆う。
そこから淳一さんが語った話は、まだまだ人生経験の乏しい私には到底思いもよらないことだった。
淳一さんとミユさんの出会いは、お店で働く女の子とお店を訪れた客という、ありふれた関係だったという。仕事の関係の接待でお客さんを連れて先輩社員と共に初めてミユさんの働くキャバクラを訪れた淳一さんは、明るく朗らかなミユさんに一目惚れしたそうだ。




