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ミユさんがジュンイチさんを呼び出して、会うから、真斗さんに来い?
思わずポカンとして真斗さんを見返してしまった。
真斗さん自身が呼ばれたわけでもなければ、相手のジュンイチさんも知らない人なのに?
それは確かにハードルが高い。私も行くのを躊躇すると思う。
「そうだ。あんた一緒に来てよ」
真斗さんはいいことを思いついたとばかりに、私の顔を見つめる。
「ええ!? 私ですか? なんで!」
なぜ私が?
真斗さんは付喪神様に呼ばれたけれど、私は呼ばれてないんですけど!?
「二人で歩いているときに、偶然ミユさんに会ったふうにすればいいだろ? よし、その作戦でいこう!」
私の心の声を読んだかのように、必死な様子の真斗さんが畳み掛ける。
どうやら、相当気が進まないらしい。
けど、無視しないあたり、やっぱり真斗さんは人がいい。
◇ ◇ ◇
週末の昼間、街はいつも以上に人が溢れていた。
上野駅の正面改札口前の交差点を渡り、先日立ち寄った大型商業施設の前を通り過ぎる。観光地として有名なアメ横の手前で小道を入った場所にあるカフェの店内をガラス越しに覗くと、見覚えのある後ろ姿が見えた。
背中のちょうど真ん中あたりまで伸びた茶色い髪は、今日もくるりんとカールが決まっている。
「いましたよ。あれじゃないですか?」
「だな……」
探偵気分でちょっと楽しくなっている私に対し、横で店内を窺う真斗さんは浮かない顔をしている。『いなかったら、お役御免で帰れたのに……』という心の声が駄々洩れである。
今、私はミユさんのネックレスに宿る付喪神様からミユさんとジュンイチさんが会う現場に行くようにと言われた真斗さんに同行して、上野駅近くにあるカフェの中をガラス越しに偵察している。
ジュンイチなる人物はまだ待ち合わせ場所に現れていないのか、店内では二人掛けテーブルにミユさんが一人で座ってコーヒーを飲んでいるのが見える。
こういうのって探偵小説にありそうじゃない? まさか自分がやることになるとは思わなかったので、テンションが上がる。
「まだジュンイチさんは来てないようです!」
「見りゃわかる」
意気揚々と報告する私に対し、真斗さんは相変わらずノリが悪い。背後から、はぁっとため息が聞こえた。
「仕方がねーな。行くぞ」
不意にぐいっと腕を摑まれ、体がよろめいた。真斗さんが目を輝かせて中を覗き込む私の腕を引いたのだ。
せっかく通り沿いの植木に同化していたのに!
何をするんだと無言で睨みつけると、呆れた顔をされた。
「お前な。目立ちまくってるから。植木の陰に隠れて店内覗く女とか、不審者以外の何者でもないからな」
「植木に同化してませんでした?」
「するわけねーだろ。バカか?」
こめかみを押さえながら、真斗さんはまたため息をつく。そして、もう一度「行くぞ」と言って私の腕を引いた。
ガラス扉が開くと、中からはすこしもわっとする温かな空気が流れてきた。
だいぶ寒くなってきたので、この温かさにホッとする。二つある奥側のレジの店員さんが、笑顔で「いらっしゃいませ。ご注文はお伺いします」と右手を軽く上げている。
「何にする?」
「えーっと、ホットココア」
「了解」
レジに向かった真斗さんが店員さんに「ホットココアとカプチーノお願いします」と告げる。私は慌てて財布を出そうとしたが、チラリとこちらを見た真斗さんと目が合って片手で制止されてしまった。
「払いますよ」
「いいよ。俺の用事で付き合って貰ってるんだから」
「え? いいんですか?」
「いいって」
苦笑した真斗さんに「たかだか四〇〇円くらい、素直に奢られとけよ」と笑われてしまった。
二人分の飲み物が乗ったトレーを持った真斗さんが店内の奥へと歩き始めたので、私はおずおずと後を追う。健也と一緒だったときなら全額私が払うシーンだったので、慣れないことに戸惑ってしまう。
「どこに座りますか?」
「どこがいいかな? 様子が見えるようにあの辺?」
「あんまり近いとうちらってバレちゃいますよ。やっぱり窓越しに覗いていた方が──」
きょろきょろしながらそんな会話を交わし、座る席を吟味する。そうこうするうちにスマホを眺めていたミユさんが不意に顔を上げる。タイミング悪くバチっと目が合ってしまい、ミユさんは怪訝な表情をしてからパッと表情を明るくさせた。
「真斗君、梨花ちゃん!」
笑顔で手を振られ、私は『しまった!』と思った。
任務失敗である。なんでことだ、これだから外から覗こうと言ったのに!
狼狽える私に対し、真斗さんはまるで何事もなかったかのように落ち着いた様子で、ミユさんの横へと歩み寄った。
「こんなところで、偶然ですね」
「本当にね。今まで一回もこの辺で会ったことなかったのに。……今日はどうかしたの?」




