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◇ ◇ ◇
すっかりと秋も深まった十一月半ば、木の葉はほんのりと色付き始め、地面をまだら模様に飾り始める。私は竹ぼうきで玄関から門の入口を掃き終えると、集まった落ち葉をちりとりに乗せた。落ち葉は嵩張るので、すぐに用意した四十五リットルのごみ袋は一杯になってしまう。
「よし、こんなもんでいいかな」
通り沿いと門から玄関までのお客さんから見える範囲を一通り掃除し終え、パンパンと両手を払う。入り口から見て裏手にある屋外物置に竹ぼうきとちりとりをしまうと、店番に戻ろうと飛び石の上を歩き始めた。
──ピピッ。
そのとき、そんな鳴き声が聞こえた気がして、私はふと顔を上げた。
「小鳥? 何の鳥だろ?」
私は陽の光を遮るように目の上に手で傘をつくる。つくも質店の入り口近くにある紅葉の木に停まっていたのは、白い小鳥だった。艶やかな赤の中に混じる白がとても絵になる。
「文鳥かな? どこかから逃げてきちゃったのかな……」
時々街中で見かける、犬や猫、鳥の写真と共に『この子を探しています』というメッセージが載ったチラシが頭に浮かぶ。
迷子のペットかもしれないと手を伸ばしかけたところで、器用に店の入り口の引き戸を開けて中から出てきたシロが、「ニャー」と鳴いた。すると、その鳥はパタパタと羽ばたき、開きかかった引き戸から店の中へと入って行った。
「あっ!」
勝手に店内に入ってしまった。早く捕まえなければと慌てて追いかけた私は、店の中での光景を見て、呆気にとられた。
カウンターの奥、目隠し用の仕切りの向こうでは、真斗さんの向かうノートパソコンのモニターの上にちょこんと文鳥が乗っており、ちょうど一人と一羽は目線を合わせて向き合うような格好をしている。
「いつ?」
「ピピッ」
「それ、俺が行ったら、余計に拗れる気がするんだけど」
「ピ、ピピ」
「いや、でもなぁ」
「ピー!」
喋っている。真斗さんが文鳥と会話している!
もしかして、あの文鳥は付喪神様だろうかとすぐに気付く。よくよく見ると、以前、ミユさんと一緒にいた小鳥に似ている。
けど──。
「ピッ、ピピッ」
「あー。わかった、わかったよ」
参ったと言いたげに顔の前に両手を広げて出し、降参ポーズをした真斗さん。その様子を見て満足したのか、文鳥さんはパタパタと飛び立ち、私が開けっぱなしにしていた入り口から出ていった。
ふうっと息を吐いた真斗さんはようやく私の存在に気づいたのか、ふとこちらに顔を向け、変な表情をした。
「何だよ?」
「真斗さん、今、完全に危ない人にしか見えませんでした。だって、文鳥相手に一人でブツブツ言ってるって……」
「ちょっと話ししていたんだよ」
おかしな人呼ばれされて、真斗さんは顔をしかめる。
「普通の人は付喪神が見えないから大丈夫だろ」
「いやいや。空気相手にブツブツ言っていたら、益々ヤバい人ですよ」
「!」
ぐっと言葉を詰まらせた真斗さんは、少し口を尖らせるとフイっとそっぽを向いてしまった。
ちょっと子供みたいな一面に、思わず笑みが漏れる。
私は今日届いた商品に対する宅配買取サービスの査定結果をメール送付するために、お店のパソコンを開く。
ちなみに、『宅配買取サービス』とは、宅配便で売りたい商品を送付すればつくも質店まで来ることなく商品を売ることができるサービスだ。
ネット上で商品の品名、傷の具合、使用年数などを入力すると、すぐに簡易な査定結果が出る。それで興味を持ってくださった方には宅配買取のためのセットを送付して、商品を郵送してもらうのだ。
実物を見て再度正確な査定を行い、問題なければ晴れて買取となる。
遠方に住んでいてつくも質店まで来ることが難しい方向けだけれども、実は実際にここを訪問する方より宅配買取サービスをご利用される方の方が多い。
もちろん、あくまでもつくも質店では、の話だけれど。
「それで、なんの話をしていたんですか?」
私は正面でパソコンの画面を眺めている真斗さんに声を掛ける。真斗さんは頬杖をついたまま、セルフレーム眼鏡の奥の目線だけをこちらに向けた。
「ああ、なんか、ミユさんがジュンイチと会うから来いとかなんとか」
「ジュンイチ? ジュンイチって、確かあのネックレスをプレゼントしてくれた人ですよね?」
「みたいだな。ミユさんがジュンイチを呼び出したから、俺にその場に来いとか言ってた。っていうか、俺、その『ジュンイチ』って人、全然知らねーんだけど……」
真斗さんは気が進まないようで、浮かない顔をして肩を竦める。




