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 一口、口に入れればふんわりとした食感、ほどよい甘さ、蜂蜜のような香り……。

 美味しい。やっぱりここのどら焼きはめちゃくちゃ美味しい……。


 その日、つくも質店にアルバイトに向かった私はお土産に持参した『うさぎや』のどら焼を頬張り、感動に浸っていた。一個二百円ちょっとするから学生の私にはなかなかの贅沢品だけれども、それを支払う価値があると思う!


「うーん、美味しい……」

「ソンナニウマイカ?」

「最高ですよ」

「フウン?」


 フィリップはほくほくの笑顔でどら焼を頬張る私を見て、首を傾げる。その横で、真斗さんは無言でどら焼を摑むと大きな口でぱくりと食らいつき、一瞬でお腹に納めてしまった。


「これ食っていい?」

「どうぞ」


 残る三つのどら焼のうち一つを指差した真斗さんは、私の返事を聞くや否や無言で透明フィルムを剥がし、大きな口でかぶりついた。


「甘いの好きなんですね?」

「頭使うと甘いのが欲しくなるだろ? ブドウ糖を消費するから」


 真斗さんはそう言いながらパソコンに向かって作業し、また一口どら焼きを齧る。


「やっぱり、大学院の研究室にいる方は甘党揃いなんですかね?」


 きっと、東大の大学院なんて秀才揃いで頭の回転スピードも私の倍くらいだろう。そう思って何気なく口にした言葉に、画面を眺めていた真斗さんが怪訝な表情で顔を上げる。


「調べたことがないから知らない。けど、食べ物の好みなんだから人それぞれだろ」

「そうですよね。真斗さん、お酒は飲むんですか」

「嗜む程度。なんで?」

「甘党の人はお酒を飲まないって聞いたことがあるから」

「ああ。実際のところ、どうなんだろうね。酒にも甘いのもあるし──」


 そんな会話をしていると、不意にフィリップがバサバサっと羽ばたいた。


「トモダチクル」

「トモダチ?」


 友達って誰? と聞こうと思ったそのとき、つくも質店の入り口がガラリと開く。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ。あっ……」


 お客様に対応しようと立ち上がってカウンターに向かった私は、そこにいる人を見て小さく声を上げた。

 黒いジャケットにジーンズ姿は前回会ったとき同様にカジュアルだけれど、茶色い髪をくるりんとカールさせしっかりとお化粧をしたその人は──。


「ミユさん!」


 ミユさんは私の姿を見つけるとにこりと笑った。


「こんにちは、梨花ちゃん。今日は店長か真斗くんいるかな?」

「真斗さんがいます」


 私が答えるのとほぼ同時に、奥にいた真斗さんが手を洗ってカウンターまでやって来た。


「こんにちは。今回は随分早いですね」

「うん、ちょっと査定してほしくて」

「どちらを?」

「これ」


 ミユさんは今まさに自分がつけているネックレスを首元から外すと。それを差し出した。

 お花のような形の白い飾りは、小さなボールを繋げたような金枠に囲まれている。その飾りには、金のチェーンが付いていた。 


「ヴァンクリーフ(アンド)アーペルのヴィンテージ・アルハンブラですね」

「うん、そう」


 返事しながら、ミユさんはそれを手に持った真斗さんの表情を窺うように、じっと見つめている。


(あのネックレス、大事なものじゃないのかな……)


 私はその光景を見て不思議に思った。


 以前、真斗さんはその物に対する思い入れが強ければ強いほど、また、使用している期間が長ければ長いほど、しっかりとした付喪神様が生まれると言っていた。

 まだ小さな文鳥だけど、付喪神様は付喪神様だ。ということは、ミユさんにとって、あのネックレスは大事なものに違いない。


 ふわりと頭上を何かが通り抜ける。

 その気配を感じてはっと上を見ると、視界の端に白いものが映った。視線を移動させると、以前に見た文鳥型の付喪神様がフィリップの横に降り立った。


 一方、真剣な眼差しでネックレスの査定を行っていた真斗さんは、少し難しい表情をしたまま顔を上げた。


「だいぶ使用感があって、傷も多いです。磨くにも限界があるので……。うーん、ランクCかな」

「え? 本物?」


 ミユさんは少し目を見開き、意外そうに声を上げた。


「本物ですよ。ただ、この傷と使用感だとそんなにはお出しできません。せいぜい──」


 真斗さんはネックレスを見つめながら、査定額を告げる。私には結構な高額提示に思えたけれど、元々のネックレスの値段を知らないので、なんとも言い難い。


「どうされますか?」

「そう……。えっと……、じゃあ、やめておくわ。ごめんなさい」

「承知しました。では、商品はお返しします」


 戸惑ったように言葉を詰まらせるミユさんの手元に、真斗さんは綺麗に布で拭いたそのネックレスを差し出した。ミユさんはじっとそれを見つめていたが、おもむろに手に取ると、慣れた手つきで器用に首の後ろで留め具を留めた。


 フィリップの横でピヨピヨと鳴いていた白い文鳥も、ミユさんが帰る気配を察知したようで、パタパタと羽ばたいてミユさんの持つ鞄へちょこんと乗る。


「またどうぞ」

「うん、ありがとう。今日は時間だけ取らせちゃって、ごめんね」 



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