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 結局、私はひとつの商品に付き三~五枚、合計四十枚近くの写真を撮影した。


 最初に見たネックレス以外は、アクセサリーっぽいデザインの腕時計、ポーチや銀製のブックマークなどで、真斗さんが言うとおり、目玉が飛び出るような高級品はなかった。そして、ブックマークに至っては同じものが三つあった。


 それらの写真をつくも質店のネットショップに掲載するために、パソコンの下書きに保存する。商品名や商品紹介の部分は真斗さんが考えてくれる文章をキーボードに入力した。


「そう言えば、さっき付喪神様がいましたね。文鳥の」


 作業しながら私は先ほどの女の人を思い浮かべた。大きな南京錠のような飾りが付いたグレーの革製ショルダーバッグの脇には、小さな白い文鳥が乗っていた。


「そうだな。あのネックレスに思い入れがあるんだろ」

「どうしてあの子がネックレスの付喪神様ってわかるんですか?」

「あの付喪神がそう言っていた」


 真斗さんはそう言いながら、傍らに数字が羅列した何やら難しそうなデータが乗った資料を置き、レポートの作成を始めた。何かと聞けば、二週間に一回行われる研究室の進捗報告会で使うパワーポイントを作っているのだと言った。忙しそうなところを話しかけて良いものかと迷うけれど、興味があるからおずおずと声を掛ける。


「真斗さんはなんで都市……都市?」

「都市デザイン工学」

「ああ、それ。都市デザイン工学を学ぼうと思ったんですか?」

「なんで?」


 真斗さんはタイプしていた手を止めると、不思議そうにこちらを見つめる。


「そりゃ、興味があるからだろ。やりたいから」

「でも、将来はつくも質店を継ぐんですよね?」

「そうだけど、俺は自分の好きな仕事もするつもり」

「へ?」

「俺、普通に自分がやりたい仕事するよ。大学に残って研究者になりたい」

「ええ!?」


 私は驚いて、思わず大きな声を出してしまった。声に驚いてバサバサッと羽を羽ばたかせたフィリップに「リカ、コエオッキスギネ」と窘められ、慌てて口を手で覆う。


「つくも質店は? 継がないの?」


 少し身を乗り出して小声で聞くと、真斗さんは小さく首を振った。


「働いていても手伝いはできるし、親父が現役だから。うちの親父、まだ五十過ぎだからあと二十年は現役でいけるだろ。それに、研究者なら比較的時間の調整を付けやすいし、人を雇うとかすれば俺が店に立つ必要もないし」


 あっけらかんと答える真斗さんにちょっと唖然としてしまった。


 私はてっきり、修士課程を修了後は真斗さんがここでフルタイムで働き始め、ゆくゆくはつくも質店を継ぐのだと思っていた。けれど、今の話を聞く限り、真斗さんは自分の希望の進路に進み、且つ、このつくも質店も存続させるつもりでいるらしい。

 研究者ということは、博士課程まで進むつもりだろうか。

 

「欲張りだ」

「欲張りでいいんだよ。できっこないって決めてかかると、人生損する」

「ソウダヨ、ソンスル。マサルハイツモチャレンジャーネ」


 フィリップが首を小刻みに振りながら真斗さんの言葉を真似する。

 フィリップの宿る時計の持ち主である『マサル』なる人が何にチャレンジしているのかは全く持って不明だけれど、フィリップは真斗さんの意見に賛成らしい。


 私は言葉を詰まらせた。


 できっこないって決めてかかると、人生損する、か。


 確かにそうかもしれない。

 いつの時代だって、大きく羽ばたいて行った人は、多くの人が無理だと笑うようなことに果敢にチャレンジし続けた人達だ。つい一〇〇年前の人達は、今の時代の当たり前が当たり前ではなかった。


 ノーベル賞を取るような学者さんだって、若い頃は『こんなことはできっこない』と周囲から笑われた人もいると聞いたことがあるし──。


 そこまで壮大な話ではないにしても、私にできるチャレンジといえば、なんだろう?


 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが元気なうちに、もう一度どっかの小説コンテストで受賞したいな、という思いが沸き起こる。けれど、まだなかなか以前のように手は動かない。

 でも、いつか、ほんの小さな賞でもいいから、もう一度「梨花はすごいなぁ」と言って笑う祖父母の顔が見たいと思った。



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東京・文京区本郷にある不思議な質屋を舞台にしたハートフルヒューマンドラマ
「付喪神が言うことには~文教本郷・つくも質店のつれづれ帖~」
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