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「……そう言えば、さっき、ひとつ買い取れないって言っていたのはどうしてですか?」
「ああ。あれはイミテーションだね」
「イミテーション?」
「そう。本物に見せかけた、精巧な偽物ってこと」
「偽物……」
いくら法律で禁止していても、高級ブランド品の偽物が出回ることはなかなか完全には撲滅できないということは、私も聞いたことがある。国内のそういう商品を扱っているネットショップだったり、海外のあまり著作権保護がしっかりしていない国から持ち込んできたり。
高校生だった頃、修学旅行で海外に行く機会があった。帰国の際に、成田空港の税関申告をするゲートの前に『持ち込み禁止品』として毛皮などと共に高級ブランドバックの偽物がショーケースに飾られて置いてあったのを思い出す。
「時々あるんだ。ミユさんは自分から高級ブランド品を強請ることはないらしいから、お客さんが自発的に用意したんだろうな」
「ブランド物の偽物って、犯罪じゃないんですか?」
「いや、イミテーションを持って私用に使っているだけじゃ犯罪にはならないよ。そうと知っているのに本物と偽って売ったりしたら犯罪だけどね」
「ミユ、タブンシッテルゾ」
「え!?」
途中から会話に混じってきたフィリップの一言に、私はギョッとした。
今、『偽物のブランド品をそうと知っていて本物として売ったら犯罪だ』という話を真斗さんがしたばかりなのに! 慌てる私に対し、真斗さんは驚いてはいないようだった。
「そうだな。〝知っている〟というより、〝薄々感づいていた〟って感じじゃないかな。ミユさん、ああいう仕事をしているから本物を目にする機会も多いだろうし。それに、引き取れないって伝えたときに全く落胆している様子がなかったから、元から売る気なんてなかったんじゃねーかな」
「確かに……」
私は先ほどのミユさんの様子を思い返す。取引を断られても落ち着いた様子で、まるでそうなることを予想していたかのようだった
「つまり、ここで鑑定してもらって偽物だってことを確認したかった?」
「まあ、そういうことだろうな」
真斗さんは元居たパソコンの前に座ると、コップにお茶を注いだ。
「あの鞄さ、正規店舗で本物を買ったら、いくらくらいするか知ってる? シャネルのクラシックハンドバッグ」
「正規店舗で?」
私は首を傾げる。
「えーっと、一〇万円くらい?」
私はおずおずと予想額を伝える。
シャネルというブランド名は聞いたことがあるし、デパートの高級ブランドが集まっているフロアの一角にあるのを見たことがある。けれど、残念ながら店舗に足を踏み入れたことは一度もない。
革製のノンブランドハンドバックが二万円くらいとして、高級ブランド品ならその五倍くらいかな、と思ったのだ。
「はずれ。その六倍以上」
「六倍!?」
あまりに高額で、私は大きな声で聞き返してしまった。六倍って、六〇万円ってこと? 六〇万円! 時給千円のバイトを六〇〇時間やってようやくハンドバッグ一つ!?
「た、高い……」
「高いかどうかはその人の価値観によるんじゃねーかな。現に、その額を払っても持ちたいと思う人がたくさんいるわけだし、質屋市場でも人気がある定番なんだ。マトラッセって呼ばれるシリーズでさ、あの皮のダイヤ柄が特徴。皮はラムだけど最高級品を使用しているし、裁縫も繊細かつ丁寧だ。それに、デザインが洗練されている」
真斗さんは先ほどのバッグについて説明する。男性なのに女性向けブランド品のことについてスラスラと喋れるあたり、さすがは質屋の息子だ。
「ただ、だからってそれのイミテーションを作って売るなんて論外だし、そうと知っていて購入した物をまるで本物のように振舞って人にプレゼントするのもどうかと思うよな。多分、ミユさんともっと親しくなりたくて、たいして何も考えずにやったんだろうけどさ。遠野さんが言うとおり、犯罪になる可能性だってある。なによりも、そのブランドが長年かけて築いてきた消費者からの信頼や価値を損ねることにもなる。ああいうのってさ、デザイナーが色んな思いを込めて世の中に送り出してるんだよ」
強い不愉快を表すかのように、語気が強くなる。
真斗さんは小さく嘆息すると、カウンターの中から貴金属を拭くクロスを取り出し、今買い取ったばかりの商品を丁寧に拭き始めた。そして、店舗の一角、綺麗に清掃されたシンプルな台にそれを置く。
私はデジタルカメラを手にそこに寄ると、画面を覗いて構えた。カシャっと撮影効果音が鳴る。
モニターの向こうでは、小さな石が付いたネックレスが照明の下で輝いていた。横に置かれた箱には、女子大生である私にも馴染みがある割と手の届きやすいアクセサリーブランドのロゴが入っていた。
「これは庶民的なんですね」
「さっきも言ったけど、そんなに高いプレゼントは強請らないみたいだよ。お客さんの負担になって店に来てもらえなくなったら困るだろ? これまでの買い取りした商品を見ると──あくまでも俺の感覚だけど──大体数万円程度かな。今遠野さんが撮影しているそれも、定価で三万弱だと思う」
真斗さんは四元さんが持ち込んだ別のアクセサリーを拭きながら、答える。
「へえ……」
やっぱり、もの凄い高度なテクニックだ。私には一生かけてもできそうにない。