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「商品八点、合計で十三万円になります。一緒にご確認いただけますか?」
「はーい」
真斗さんが目の前で一万円札を数えていくのを、女性はじっと眺める。そして、十三万円分あることを確認すると、笑顔でそれを受け取った。
「ありがとー。やっぱ、つくもさんは買い取り価格が高くて助かるわ」
「ありがとうございます」
「ねえ、真斗君。今度うちのお店に遊びに来てよ」
「学生なのでお金ないです」
「えー、つれないなぁ。ミユ、真斗くんが社会人になるまで頑張らなきゃ」
女性はそう言ってぷうと頬を膨らませると、視線をふいっと移動させる。そして、真斗さんの斜め後ろに立ち女性を眺めていた私とばっちりと目が合うと、表情をぱっと明るくさせた。
「ねえ。もしかして、あなた真斗君の彼女?」
「え!? ち、違います!」
「そうなの? 名前は?」
狼狽える私に対し、女性の目は輝きを増した気がするのはなぜ?
「遠野梨花です」
「梨花ちゃんね。見た感じ、大学生だよね? 真斗くんの彼女じゃないなら、うちの店でバイトしない? 可愛いから人気出ると思うよー。清楚派で」
「お店でバイト?」
きょとんとして見返すと、真斗さんが私とその女性の間に立つように移動して視界を塞いだ。
「こいつ、そういうの向いてないんで無理ですね」
「えー? やってみないとわからないじゃない。学生さんのバイトも多いのよ? ねえ、気が向いたら来てね。ここからそんなに遠くないから」
女性は目の前に立つ真斗さんを避けるようにひょっこりと横から顔を出しお店の名前を言う。私と目が合うと赤みの強い口紅の乗った唇が綺麗な弧を描いた。
「じゃ、私行くわ。ありがとねー」
「はい。またよろしくお願いします。一点、買い取りできずに申し訳ございません」
「いいの、いいの。また今度」
真斗さんが頭を下げたのに合わせて、慌てて私もお辞儀をする。その女性は笑顔でひらひらと手を振り、背を向けた。
そのときだ。私はその後ろ姿に思わぬものを見つけて「あっ!」と声を上げた。
「ん? 何?」
女性が怪訝な表情で振り返る。
「あ、いえ。なんでもございません。ありがとうございました」
慌ててお辞儀すると女性は不思議そうに首を傾げたけれど、すぐに気を取り直したように笑顔で「じゃあ」と言って手を振った。
ガラガラと音を立てて扉が完全に閉まったことを確認し、私は足元にいたシロを抱き上げる。
「今、付喪神様がいましたね」
「だな。一年位前からいる」
真斗さんも短く同意の返事をしたので、間違いないようだ。先ほど、女性が持っていたショルダーバックの端には、ちょこんと白い文鳥が乗っていたのだ。あんなところに文鳥が乗っているわけがないから絶対に付喪神だと思ったけれど、大当たり!
ただ、あの文鳥はフィリップのように喋ったりはせず、つぶらに瞳でこちらを見つめて首を傾げるだけだった。
「付喪神様って鳥が多いんですか?」
「いや、そんなことはない。中には人型もいるよ。俺は持ち主が好きな動物なのかなって思っていたけど、よくわからん」
持ち主が好きな動物?
確かに猫は好きだけど、私は犬も大好きなんだけどな。
なんでシロは白猫なんだろう?
うん、よくわからない。
「あの鞄についた付喪神様なんですかね?」
「いや、違う。鞄じゃなくてネックレスだよ」
「ネックレス?」
私は首を傾げる。そう言えば、先ほどの女性はお花のようなデザインの、大人っぽいけれど可愛らしいネックレスを付けていた。
「遠野さん。これデータ入力したらファイルしといて。あと、商品のサイトアップ用の写真撮って」
「あ、はい」
ぼんやりとしていたら真斗さんに一枚の用紙を渡された。受けとってみると、先ほどあの女の人が記入した紙だ。これに書かれた顧客データをパソコンに入力して、後はネットショップ用の写真やデータも作らないといけない。
「四元汐里さん……」
私はその用紙を眺め、小さな声で名前を読み上げた。これがさっきの方の名前のようだ。年齢は二十六歳、住所は東京都台東区……。職業欄には『接客業』と書かれていた。
「真斗さんはさっきの……四元さんとは知り合いなんですか?」
「よく来てくれる常連さんだよ。最初に来てくれたのは俺が高校生のときだったから、もう五、六年前かな。数か月おきくらいに来ては、あんな感じでたくさんの品物を売って行くんだ」
「ふうん。自分のこと『ミユ』って呼んでいましたけど……」
「源氏だよ。あの人、上野の辺りのキャバクラで働いているから。店の名前、なんだったかな。さっき言っていたけどすぐ忘れる。店では結構売れっ子みたいだよ。うちに売りに来るのはお客さんから貰ったプレゼントみたい」
そう言いながら、真斗さんは今日四元さんが持ち込んだ大量の箱を指さす。私はその箱を眺めながら、眉をひそめた。
「プレゼントを売っちゃって、大丈夫なんですかね?」
「常連さん何人かに同じものを強請るらしいよ。しかも、『買って下さい』って強請るんじゃなくて『○○が可愛い』『最近○○が気になっている』みたいに自然に会話に混ぜ込ませて向こうが自発的に買ってくるように仕向けるらしい。全員が同じものをプレゼントしてくれれば、ひとつを残してあとは売れるだろ。それに、それさえ使っておけば全部のお客さんに『自分が贈ったものを使ってくれている』って思わせられるから、気持ちよく過ごしてもらえる」
「へえ! 凄い!!」
なんという高度なテクニック! そんなこと、考えたことすらなかった。
「お前、やっぱ向いてないな。よくそれでフロアレディをやろうなんて思ったよな」
感激に目を輝かせる私を見下ろし、真斗さんは呆れたように小さく嘆息した。
私はうぐっと言葉に詰まる。その指摘は否定できない。




