墓場
距離をおいて相対した二つの影。
一方は見あげ、もう一方は見下げながら。
上の影が声を発した。声というには重く錆びついて地に響くようであった。
「勇者よ、よくぞこの魔王の元へやってきた。ここに来るまでには幾多の試練がお前を待ちうけていたはずなのだがな。……どうやら四天王もすべてやられてしまったようだな」
「…………」
それに対する相手の答えはなかった。
「見事。いや、これは本心だ。たかが人間一人と慢心しておったことをいま後悔しておる。ここまでやるとは私を含めわが軍のだれも思ってもみなかったぞ。それだけにおまえをここで始末してしまうのは惜しい。どうだ、勇者、私の仲間にならぬか?」
「…………」
「部下と上司という関係ではない。あくまで協力者として私の世界征服に力をかしてくれぬか。事が成った暁には、貴様にも世界の半分をやろう。私は人間の愚かなのとは違い嘘はつかん。強い力を持った者だけが支配する新しい時代をつくろうではないか──」
「断るっ!」
その時もう一方の影がようやく口を開いた。
「何っ」
「黙って聞いておれば、おのれっ、仲間になれだ? 世界の半分をやるだ? ふざけたことを、貴様のくだらん理想を砕くために俺はここにいる。そしてそれがお前に対する答えのすべてだ!」
それまで黙っていた感情を迸らせたような言葉の勢いに、勇者の強い否定に、一瞬、魔王は鼻白んだ。が、すぐに怒気を満面に昂らせて、
「ふん。そこまでいうのならば、よいだろう。ここを勇者の墓場としてくれる──」
全身から力を解放した。相手もすでに臨戦態勢だ。奥深い地の底に凄まじい力の奔流が巻き起こった。
「ここを勇者の墓場としてくれる──か……」
瘴気のたちこめた地下世界。そこに佇んだ大きな影が何事かを回顧するかのようにつぶやいた。
その時その場に新しい影が寄ってきた。
「魔王様、1043の収容が終わりました」
「うむ、御苦労。それであとどれぐらいの余裕があるかな」
「はっ、大聖墓は二年前すでに満員となっておりますし、地下牢もいまや圧迫するような状態になっております。ですのでこの上は城を改めて広げる必要があるかと──」
「またか……」
巨大な影、魔王はため息をついた。そして一月とたたずに新しくやってくる勇者のことを思って、数十年前の自信の言葉を恨んだ。
彼はたしかに嘘はつかなかった。あれ以来この地下に広がる彼と魔族の潜む城は、勇者たちの墓場となった。次々と送られてくる勇者たちはその度倒されてこの城へ収納された。そしていまでは数千体の置物となって、魔王の城を圧迫しているのであった。
いまや勇者の存在に、彼の世界は半分以上も奪われていた。