78 ウルヴァの救世主
この集落に来た当初の裕也は、見た事も無い服装をしていて、この世界とは違う言葉を発していて、当初は彼も含めて全員が裕也を警戒していたそうだ。
無理もない。何処からかフラッと現れて、しかもこの世界の言葉とは違う言語、日本語を話されていては警戒するのも当然だ。
裕也はとりあえず戦う意思はないですとアピールし、何とか警戒されなくて済んだ。
「迎え入れたのは良いが、当時の族長は剣術は素人以下だし、体力も無かった完全なもやしだったんだよな」
「はははは‥‥‥その節は、大変苦労を掛けました」
乾いた笑みを浮かべる裕也。相当苦労したのだろうな。
裕也自身も、日本で陸上に所属していて長距離の選手をやっていたから体力には自信はあったのだが、この世界の人達の異常とも言える体力と身体能力に辟易としていたそうだ。
その為、当初は裕也の事は役に立たないただ飯食らいと認識していて、誰も彼の事を相手にしようとはしなかった。ラティナ以外は。
ラティナは裕也に興味を持ち、彼に読み書きとこの世界の言葉も教えてくれた。剣術の心得はなかったので、体力作りと筋力トレーニングに付き合ってあげた。
当時は何故、娘が裕也に興味を抱いていたのか分からず、毎日ラティナと口論になっていたのだそうだ。
「勇者様もそうですけど、この世界ではとても珍しい黒い髪と黒い瞳を持つ裕也様に興味を抱き、コミュニケーションを取っていったのです」
キッカケは単純だけど、一緒に過ごしていくうちにラティナは強く裕也に惹かれていったのだそうだ。ラティナはその時に、裕也がこの世界とは違う世界から来た事を最初に知った。
三ヶ月後には片言ながらもちゃんと喋れるようになっていっき、裕也がまず行ったのは農業改革であった。祖父母が農家で、農業に精通していた裕也はこの集落の農業の方法を変えていき、より新鮮で美味しい作物をもたらしてくれた。
これには農家の人はもちろん、それを買いに来た人達も大喜びであった。
次に裕也が取り掛かったのが、パンの製法の改善と、菓子パンの開発であった。豊富な知識を屈指していき、美味しいパンを作るだけでなく、今まで見たことがない美味しいパンに住民は興味を抱いていった。
「最初は、俺一人の言葉なんて聞いてはくれなかったけど、ラティナが協力してくれたお陰で、ここまで行く事が出来た」
「だとしても、すごい知識だな」
「自慢じゃないけど、俺は城ヶ崎高校の雑学研究会に所属していたんだ」
「「ええ!?」」
俺と神宮寺は驚愕したが、アリシアさんにはその理由が分からず首を傾げていた。城ヶ崎高校と言ったら、俺の世界では東大進学率が日本でトップの進学校で、成績優秀の神宮寺でさえ高すぎる倍率の前に落ちてしまった程だ。ヤバイこいつ、チョー優等生じゃん。
その後裕也は、その豊富な知識を使って次々と町に新たな技術をもたらしていき、ガラス細工や紙の製造、更には季節に合った農業政策を起こっていった。
それによって裕也は、徐々に村人達から信頼されるようになった。
けれど、そんな裕也に反発する奴がいた。ジルドであった。
ジルドは裕也が起こした改革を異端だと罵り、裕也を追い出すべきだと主張してきたのだ。それに農家や市場の人達を中心に反発していき、一時は暴動になりかけたそうだ。
前族長は、一時はエルバーレの意志に反する事を恐れて、ジルドの意見に賛同しかけた。だがある日、裕也が剣を向けるジルドを恐れずに真向から反論し、裕也の勢いに押されるジルドを見て迷いは無くなった。
前族長が裕也を擁護した事で事態は沈静化し、裕也の勢いにラティナの父親もついに根負けし、裕也に剣術の指導を行った。
《おそらく、あの時桐谷裕也は覇気のスキルを無意識に習得したのだと思うわ。覇気とは、威圧感を極限まで高めて、見えないオーラとして身体全体から放つ事で相手を怯えさせて制圧する事が出来るスキルなの。それがSランクにもなると、相手が自分のレベルより上であっても相手を威圧して、睨まれただけで戦意を喪失させる反則級の超レアスキルなの》
そういえば、ユズルもそんなスキルを持っていたな。覇気というスキルに、そんなすごい力があったなんて。
その後、ジルドを気迫で圧倒した裕也の株価はうなぎ登りとなり、それまで裕也を小馬鹿にしていた人達が一気に裕也を支持するようになった。その上、無理なく軍備も増強まで行ってくれたので兵士達までも裕也を支持していった。
そんな中裕也は、隠し事をしたまま皆に信頼される事に後ろめたさを感じる様になり、ラティナと相談して自分がこの世界とは違う別の世界から飛ばされてきた異世界人であることを、村人全員の前で打ち明けたのだ。
けど、それでも村を豊かにしてくれた裕也をジルドとザイオ祭司以外全員が受け入れてくれて、その後地球の技術を使ってこの集落を発展させていった。
そんな努力の甲斐あって、裕也は圧倒的支持率で前族長から新しい族長に任命された。そんな裕也を献身的に支えたラティナは、前族長の指名で裕也の婚約者となった。
裕也との婚約が決まった瞬間、ラティナは感極まって涙を流し、人目を憚らず裕也に抱き着いて喜んだ。そして、その日の夜にラティナは裕也に夜這いを仕掛け、そのまま関係を持った。
この事は皆にも知れ渡ったが、ラティナは全く気にした様子もなく堂々としていた。
絶望の淵に追いやられたジルドは、ザイオ祭司にそそのかされる形でウルヴァ族を去っていった。
これが、今回の事件の始まりとなった。
「くだらない。完全にジルドの逆恨みじゃない」
自身の思い通りにいかない事に腹を立て、そこを似非祭司に付け込まれてしまったせいでこんな大事に発展した。
ジルドも許せないけど、もっと許せないのがこの事態を招いた真の黒幕である似非祭司だ。
「帯刀君の言葉を聞いてハッキリした。ザイオ祭司は、俺達を騙してこのウルヴァ族を陥れようとした奴だってことが」
「はい。しかも、エルバーレ様の加護を授かっただなんて嘘をつくなんて」
裕也とラティナは、自分達を騙した似非祭司に強い怒りを露わにし、兵士達はそんな似非祭司の言葉に何の疑問を抱かずに従っていた過去の自分を責めていた。
「俺達は、そんなシュクラ族の暴走を止めると同時に、暴動の原因を作った祭司の捕縛、もしくは抹殺を教皇猊下から依頼されてここに来ました」
「尤も、エルバーレ様の加護を授かったなんて言った時点で重罪なんだけどぉ」
真剣に言っているのだろうけど、その喋り方のせいで全て台無しだぞリィーシャよ。
しかし、こういう決まり事というのは知らなかったでは済まされない。ましてやあの似非祭司は、本当は自分に神の加護がない事を知っている。何故エルバーレなんだ?
「話は分かりました。俺達ウルヴァ族は、あなた方を歓迎します。どうか今宵は、ゆるりと旅の疲れを癒してください」
「ありがとうございます」
族長である裕也に歓迎された事で、俺達は正式な客人としてもてなされる事となった。
「では、裕也様も戦いの疲れを癒す為にも、私がお相手いたしますわ」
「ら、ラティナ‥‥‥」
話が終わると、ラティナは裕也の腕に抱き着き、豊満なバストを思い切り押し付けながら家の奥へと裕也を連れて行った。
「ラティナは族長様にベタ惚れでな、前の族長様から婚約者として指名された時は泣きながら喜び、その日の夜に夜這いを仕掛けて関係を持ったくらいだからな」
若干呆れながら、兵士の一人が説明してくれた。ラティナは裕也の事を心から愛していて、婚約が決まった事で遠慮なくベタベタして、イチャイチャしている訳か。
ま、婚約が決まった日の夜に夜這いを仕掛けて関係を持ったくらいだからな、相当ベタ惚れしているのだろう。良いけど。
その後俺達は、村人達の案内で泊まる場所を提供してもらった。
その後、荷物を置いた俺は一人で集落の中を散策しに行った。
「結構にぎわっているな」
古代ローマの街並みと風習に、近代的なガラス細工や紙製品、新鮮そのものの野菜や果物や穀物、更には井戸を幾つも掘って綺麗な水を何時でも供給できるようにしていて、部族とは思えない程の発展ぶりであった。
「軽く一つの国みたいだな」
子供達も生き生きとしていて、読み書きが普通にできるようになっている。この世界の部族って、位の高い人にだけ文字の読み書きを学ぶ事が許されていて、幼い頃から強力な力を持っていたフィアナも読み書きを学ぶ権利を得ていた。
対してここは、誰もが読み書きを学ぶ事が出来るというのだから驚きだ。
その甲斐あって、近くの町や村から多くの商人が訪れてガラス細工や紙製品を買いに来る。それもこの集落が発展している理由の一つなのだろう。
「こんなに豊かになっているのに、一体何が気に食わなかったのだ?」
そもそも、何故似非祭司はわざわざエルバールの加護を授かったなんて大法螺吹いたのだ?バレたら死ぬまで獄中生活が待っているのに。
そんな俺の疑問をよそに、僅か二日後に大変な事が起こってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウルヴァ族の集落から四十キロ離れた場所。
そこにはシュクラ族という、ジルドが新たに立ち上げた部族の集落があった。
その集落の中心にある、木造の大きな建物の中に今回の騒動の原因となった男、ジルドが戻って来た兵士に対して罵声を浴びせていた。
「このバカ者!それで怖気づいてノコノコ帰ってきたというのか!」
「申し訳ありません!リィーシャ・ハリストンが、ウルヴァ族の集落に来るなんて想像もしていませんでした!」
「それがどうしたと言うのだ!こっちにはエルバーレ様が付いているんだ、金ランク冒険者と言えど敵ではないだろ!」
「お言葉ですが、族長は金ランク冒険者を甘く見過ぎです!アイツ等は人外の域に来ています!」
「チッ!もういい、貴様の泣き言など聞きたくない!下がれ!」
苛立ちを爆発させながらジルドは、奥にある玉座に深く腰を下ろし、天を仰いだ。
「全部ユウヤのせいだ!」
何処の誰とも知れず、この世界の言葉も話せず、字も書けなかったただ飯食らいの役立たず。それが、ジルドが抱いた裕也の第一印象であった。
そんな裕也を、ジルドを初めとした村の人達は皆バカにしてきた。ラティナだけは、そんな裕也を献身的に支え、全くの無知である裕也に読み書きを教えていた。
「そもそも、何であんな奴なんかの!」
ジルドはそれが無性に気に食わなかった。
ラティナとは小さい頃からの幼馴染で、明るく心優しいラティナに対してジルドは次第に好意を抱く様になり、次の族長となる事で彼女を妻として迎え入れようと考えていた。
ところが、裕也が来てからラティナは裕也ばかりを構う様になり、三ヶ月後には片言ながらも言葉を話せるようになり、何処のものとも知れない知識と技術で村を発展させていった。
更に裕也は、他所の町や村との貿易を盛んに行っていき、あっという間にウルヴァ族は二千人も住まう大集落へと成長していった。それにより、ラティナの心は益々裕也の方へと傾き、ジルドの事など眼中に入らなくなってしまった。
「所詮は異世界からの知識なのに、生意気な!」
村を発展させ、暮らしを豊かにしてくれた裕也を前族長は信頼するようになった。前族長と交流していくうえで裕也は、自分がこことは違う世界から飛ばされてきた人間である事を打ち明け、その翌日には民衆の前でその事を話した。
それでも、暮らしを豊かにしてくれた裕也を恐れる者は誰もおらず、それどころかその知識でより近代的に発展してくれた裕也を支持するようになった。
それが決め手となり、来てから僅か一年で前族長は次の族長に裕也を指名し、更に婚約者としてラティナを指名した。裕也と婚約できたラティナは、泣きながら大はしゃぎで喜び、その日の夜に夜這いを仕掛けて裕也と関係を持った。
その瞬間、ジルドは全てを奪われた。
族長となる夢も、愛する女も、プライドも何もかも奪われてしまった。
そんなジルドの前に、村で族長の次に位の高い祭司、ザイオ祭司様からありがたい情報を得た。
将来裕也は、ザイレン聖王国だけに留まらず、この大陸、ひいてはこの世界全てに破壊と殺戮をもたらす破壊の化身であると、エルバーレ様から御告げを貰ったと言った。それは、この国の主神でもあるエルバーレ様から与えられた希望の様に感じられた。
それを聞いたジルドは、村の人達や前族長にこの事を伝えたが、村を発展させてくれた裕也が破壊の化身だと言っても誰も信じてくれなかった。
なのでジルドはザイオ祭司と共に村を捨てて、近くに存在する少数民族を次々に取り込んで、新たにシュクラ族という部族を作ったのだ。
「裕也を殺し、この世界の破壊を止めることで俺は全てを取り戻す事が出来る。ウルヴァ族はもちろん、フギル族やナギル族、リクーラ族をも取り込み一つにまとめることで、より平和で安定した新たな部族として生まれ変わる事が出来る。そうすれば、ラティナも俺の所へと帰って来てくれる」
そんな自分に都合の良い解釈をして、ジルドは歪んだ笑みを浮かべて大きな声で笑いだし、建物中に広がった。
「族長様」
「おお、ザイオ祭司様か」
笑いが治まった頃、部屋の中央から金の装飾が施された装飾品を身に着けた小太りの中年男性が声をかけて来た。彼が、ジルドと共にウルヴァ族を裏切ったもう一人の騒動の首謀者、ザイオ祭司であった。
「準備は出来たか?」
「はい。明日にはフギル、ナギル、リクーラの三部族と合流し、明後日にはウルヴァ族の集落を襲撃し、破壊の化身たる桐山裕也を葬る事が出来ます」
「ついに積年の恨みを晴らす時だ」
八千八百三十人という、部族にしてはかなりの人数の戦士を集めた。それもすべて、ザイオ祭司が近隣の少数民族へ赴き、協力を仰いだ結果なのだそうだ。
普通ではあり得ない人数にジルドは勝利を確信し、再び歪んだ笑みを浮かべながら大きな声で笑った。
その様子を見たザイオ祭司は、怪しげに口の端を吊り上げた。




