7 二つの問題点
「んん‥‥‥」
ハルブヴィーゲに召喚されて初めての一夜を過ごした俺は、ゆっくりとベッドから体を起こし、窓の外を眺めた。
「昨日あんな事があったのに、まだ実感が湧かねぇや」
見慣れない部屋、見慣れない風景、そして昨日戦った魔物達。
それらすべてが、ここが異世界である事を決定づけているにも拘らず。
だが、いくら否定しても現状が好転するわけでもない。
「うだうだ考えても仕方ない。まずは何をすればいいのか考えないと」
まずセオリーなのが、近くの町へ赴き、冒険者となってお金を稼がないといけない。
まずはステータスを確認しないと。
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名前:帯刀翔馬 年齢:十七
種族:人間 性別:男
レベル:15
MP値:320
スキル:刀術S 剣術S 槍術S 観察眼S 柔術A 料理B
格闘術C 神速C 危険察知E 火魔法F
その他:刀の女神の加護
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昨日だけでレベルが15に上がっている。MP値も320に上がったが、それでも一般的にかなり低い。
スキルの欄も、いつの間にか観察眼と危険察知と神速が加わっていて、中でも観察眼はいきなりランクSになっていた。
「敵の急所を一瞬で見抜くのも、ある意味では観察力なのかもしれんから、戦闘を経験したことで身に着いたんだろうが。神速と危険察知は、一体何時身に着いたんだ?」
足の速さには確かに自信はあるが、それでも陸上部部員に勝った事は一度もないぞ。Eランクではあるが危険察知にしろ、スライムやトレントみたいな鈍間な魔物としか戦ったことがないのに、何故身に着く理由が分からない。ハッキリ言って、危機感を感じた事なんて無かったし、あんなに弱い魔物相手に身に着くとは思えない。
《あーあーあー・・・・・・》
その準備運動はもういらないから。
《あらそう?では、おはようダーリン♡昨夜はよく眠れた♡》
誰がダーリンだ!朝っぱらからたちの悪い冗談はやめろ!
《んもう。帯刀翔馬の、い・け・ず♡》
妙に艶めかしく言うのもやめろ!
《ムラムラした?》
顔は見えないが、ニヤニヤした顔で面白そうに言っているのが容易に想像付く。ムカつく。
《さて、朝の戯れもこのくらいにして》
戯れにしては心臓に悪すぎるわ!
《これからどうしていくかはもう決めたのかしら?》
「とりあえず、近くの町へ行って冒険者登録しようと思う。ここで暮らしていくにも、やっぱりお金は必要だし」
実戦経験、レベルアップ、MPアップも出来て、この世界の情報も集めるに必要な事だと思うし、冒険者だったら無理にパーティーに加わる必要もない。
つまり、ソロでもお金も稼げて、その上レベルアップや経験値アップやMPアップもまとめて出来る。
しばらくソロで活動していき、本当に気の許せる相手が見つかった時にパーティーを組めば良い。楽ではないかもしれないが。俺でも無理せずに出来そうだ。
《・・・・・・二つ、心配事があるわ》
少し考えた後、デリウスが指を二本立てて言った。実際には姿が見えないので、あくまで声の感じからそうだろうと想像しているだけだ。
《一つは、パーティーを組めばここの事はいずれバレる。罪にはならないが、この森は私の脅迫によって誰も足を踏み入れる事は無い。間違いなく、周りから白い目で見られるでしょうね》
やはりそう来ますか。俺もそれについては懸念しているし、同じパーティーに所属しているのにいちいち村の外から来ていては絶対に怪しまれる。山賊が普通に居るこの世界では特に。
「一応、黙ってくれそうな奴を慎重に選んで行こうと思うし、そういうメンバーだったらここに連れてきてもいいと思うんだ。無論、あんたの意思は尊重するから、無理にとは言わん」
《んん~~~そうなると、奴隷を買った方が手っ取り早いけど、君は今無一文だろ。子供の奴隷でも、最低金貨八枚は要る。君と一緒に戦える奴隷となると、どんなに安くても金貨十枚は必要だよ》
「ちなみに、金貨一枚でいくらするんだ?」
《日本の感覚で言うのなら、金貨一枚で百万円相当、銀貨百枚で金貨一枚分、更にその下に銅貨、鉄貨と言う風になっているわ。いずれも、百枚で上の貨幣一枚分だよ》
そう考えると、銀貨一枚で一万円、銅貨一枚で百円、鉄貨一枚で一円と言う事になるな。と言うか、一枚一円の鉄貨は使う機会があるのだろうか?まぁ、消費税があるなら使う機会はあるだろうけど。
《ここまで聞いたらおおよその予想はつくと思うけど、この国の住民の平均月収は銀貨二十枚相当。そこから生活費や食費や水代等が引かれるから、結果として殆ど残らないのよね。そんな中、金貨十枚どころか一枚集めるのが、どれだけ大変なのか分かったかしら》
まぁ確かに。日本でも、百万円を溜めるのに莫大な時間と年数がかかる。楽して稼げる訳がない。
《まぁ、冒険者だったら一攫千金も狙えるけど、今から登録して活動したとしても銀貨五~六枚が精一杯でしょう》
今の俺では、値段の高い依頼を受けるのは無理か。デリウスも、流石にお金までは貸してはくれない様だ。元より借りる気はないけど。
やはり、奴隷は諦めて自分の目と勘を信じるしかないのか・・・・・・。
《ランクが上がればもらえるお金も増えるけど、その分物凄く難しくて危険な討伐依頼をこなす事になるわ。まぁ、その辺は言わなくても分かっているとは思うけど》
何となく想像がつきました。
魔物が普通に闊歩する世界なのだから、ドラゴンみたいな魔物だって居てもおかしくない。その分高値で取引されるのだろうけど。
だが、いずれは魔王と対峙するのだから危険な魔物との戦闘は避けては通れない。そもそも、楽をしてお金を稼ごうだなんて最初から思っていない。
《それなら私が止める理由は無いけど、くれぐれも無茶だけはしない様に》
「分かってるって」
さすがにそこまで無理をするつもりはない。そうなると、デリウスが悲しむだろう。
《もう一つの問題点。それは、君の容姿そのものなのだよ》
「俺の容姿が?」
《そう。黒髪黒目の人間は、実はこの世界には一人も居ないのよ。例外はあるけど、君と君以外に召喚された他の勇者以外は》
「つまり、俺の容姿はこの世界の住民にとっては逆に目立ちすぎると言うのか」
しかも、召喚された他の勇者も全員が俺と同じ黒髪黒目。俺を探すための捜索隊が組織されていると言う事は、俺の事も周囲の人間にしられている可能性もある。例外が気になるけど、今は考えないでおこう。
このまま街に出向いたら、冒険者登録する前に身柄を確保されてしまうかもしれないと言うのか。
《まぁ、その問題点については私に考えがあるからちょっと待ってて》
何かあるのか?
その事についてデリウスに聞いてみたけど、何か唸っている様な仕草をしているのが何となく伝わってきた。
《それ!》
ドンッ!
アニメ等でありがちな音と共に、足元から白い煙がボンと発生し、あっという間に全身を包み込んだ。
「ゲホゲホ!何だこれ!?」
突然の出来事に驚愕し、煙を払いのけようと両手をバタバタとさせた。
《よし出来た。鏡の前に立ってみて》
煙が晴れると同時に、デリウスかそんな指示が出されたので、俺は言われるがまま部屋に備え付けられていた姿見鏡に映る自分を見た。
「・・・・・なにこれ?」
そこに映っていたのは、青い髪と青い瞳をした自分自身の姿であった。
それが自分自身だと言うのはすぐに分かった。睨んでいるように見える三白眼は、俺の長年のコンプレックスでもあり最大の特徴でもあった。
デリウスは今さっき行ったのは、神の力を行使して俺の髪と目の色を変える為だったのか。
《これだけでも全然違うし、あと名字を公表しなければよく似た顔と名前の人物で済む筈だから、クフォト王国の捜索隊と出くわしても問題ないわ》
確かに、これだけでもだいぶ違う。最悪、偽名を使おうかなと思っていたが、これなら名字さえ伏せれば実名で登録しても何ら問題はない。
自分の姿なのに違和感があるぞ。