31 ガルゴの町
「ようやく着いたな」
十二日かけて俺達は、ようやく目的地であるガルゴの町に到着した。王都・ランテイに一番近い町というだけあって、オリエの町以上に活気に溢れており、町の規模もかなり大きい。
「はい。予定より四日も遅れましたが」
「あぁ、いろいろあったな‥‥‥」
ガルゴの町に着くまでの道中、物凄く大きなカタツムリのジャンボエスカルゴという魔物の群れに遭遇し、これの駆逐に二日も掛かった。
更に、五十人もの大規模盗賊団にも遭遇し、スルーさせてくれなかったので一人残らず縛り上げ、途中で訪れた町に報告して全員を地下牢へとぶち込んだ。更に、盗賊が持っていたお宝をすべて換金した。それに二日も掛かってしまった。
そのせいで、ガルゴの町に到着するのに十二日も掛かってしまったのだ。何だか無駄に疲れた。
「この後どうすんの?」
「先ずは宿を取ってそこで一休みだ。長旅で疲れているだろうから、しっかり休んだ方が良い。ギルドに向かうのは明日だ」
「そうですね。ヤンシェさんが言っていた、この村に突然現れた物凄く強い武闘家さんの事も気になりますが、今日は一日ゆっくりしたいです」
「わたしも流石に疲れました」
全員の意見も聞き、俺は今日泊まる宿を見つけると宿の人にお願いして馬を馬房へと連れて行き、馬車を馬房の横に置かせてもらった。その間にアリシアさんがチェックインを済ませ、一人一部屋借りる事が出来た。
「はぁ‥‥‥マジで疲れた」
ジャンボエスカルゴや盗賊共のせいで、余計に四日も掛かってしまい到着が遅れてしまった。期限があった訳でもないからどうでも良いのだけど、無駄に疲れた。
余談だが、ジャンボエスカルゴの身はコリコリとした触感が非常にクセになると聞き、試しに食べてみたが鶏の軟骨を食べているみたいで意外に美味しかった。メリーとアリシアさんも、かなり気に入っていた。対してカナデだけは、柔らかい方が好みで味も何だか嫌と言ってあんまり食べなかった。
「まぁ、卵焼きは甘いのが好きって言ってたから、意外にお子様味覚なのかもしれないな」
何て言っているが、実を言うと俺も卵焼きは甘いのが好きだ。
って、そんなどうでもいい事を考えていないの。
「なぁデリウス。俺の声は届いてるか?」
《‥‥‥なに?せっかく大きないちごパフェに齧り付く夢を見ていたというのに》
「さっきまで寝てたのかよ!」
《仕方ないでしょ。この十日間、留守番をしているあの子達ったら、本当に発掘が好きなのか、その場所を発掘したら次の日また別の場所へ行って発掘作業をするのよ。普通の宝石は、宝石商に売ってお金に換えているけど》
あの二人、また何処かへ行って発掘作業をしてきたのか。その内石炭や石油、ついには天然ガスまで掘り出したりして。
《で、世間話をする為に私を起こした訳じゃないわよね》
「あぁ。この町に居る物凄く強い武闘家について、ちょっとした情報を聞こうと思ってな」
《私は情報屋じゃないのだけど‥‥‥まぁいいけど‥‥‥日に日に女神扱いされなくなってきてる気がするけど‥‥‥》
そんな事は無いぞ。自分で情報を集めても良いけど、やっぱりデリウスから得る情報の方がより正確だからな。いつも頼りにしてるぞ。
《うまい事言って‥‥‥ま、君だけじゃなくあの子達からも同じお願いをされたから良いけど‥‥‥ゲッ!?》
何やら驚いているみたいだけど、一体どうしたのだ?
《何も聞かないでね、追及もしないでね。しばらく私は君達との念波を遮断するからそのつもりで!》
「おいおいおい!どうしたんだよ急に!?」
驚いたと思ったら、突然の念波の謝絶を言い出しやがった!一体何があったというのだ!
《聞かないで!知ろうとしないで!追求しないで!》
答える気はないみたいだな、おい!
《これは私からの警告。その武闘家さんには絶対に会おうとしないで。興味を持つのも禁止!それじゃ、おやすみ!》
「さよなら」ではなく、「おやすみ」なのかよ!二度寝する気満々だな、この女神様は!
「それにしても、デリウスがあそこまで釘を刺すなんて」
それ程までに俺達を、噂の物凄く強い武闘家に会わせたくないなんて。その武闘家の人って、一体何者なのだろうか?
デリウスの思いとは裏腹に、せめてその武闘家の顔と素性を知りたいと思ってしまう。どの道明日は、ガルゴの町の冒険者ギルドに行くつもりだから、そこのギルド長でヤンシェさんの友人の娘さんに、ヤンシェさんの事を話すつもりだからその時聞くのも有りだな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。俺達は、ガルゴの町の冒険者ギルドへと足を運んでいた。目的は、ここのギルド長であるサナさんに会う為だ。
「すみません。ギルド長に面会をお願いしたいのですが」
「ギルド長ですか?少々お待ちください」
受付の人は、サナさんを呼びにすぐにギルド長室へと向かった。待っている間、カナデとメリーの二人は何となく依頼書が貼られている掲示板に目をやった。
「サナ様なら、三年前に一度オリエの町にも訪れてうちのギルド長に会いに来たことがあって、私もお顔を拝見しました。とても穏やかな方でした」
アリシアさんの話だと、当時のサナさんは二十代半ばで五歳年上の旦那と三歳の娘を持つ肝っ玉母さんでもあるそうだ。赤ランクの冒険者でもあるご主人を献身的に支えつつ、ガルゴの町のギルドを統括しているすごい人らしい。自身も元冒険者で、水と土属性の魔法と、魔法銃を扱った戦いを得意としていたらしい。
「当時のランクも赤で、とても優秀な冒険者だったとヤンシェさんが言ってました」
「へぇ‥‥‥」
その後結婚して娘を出産し、家庭を持った後は引退し、ガルゴの町の平和と発展の為にギルド職員として就き、それから僅か半年後にこれまでの功績が認められ、新しいギルド長に指名されたそうだ。
「お待たせしました。ギルド長が面会を許可してくださいました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。カナデ、メリー、行くぞ」
二~三分待っていると職員の人が戻って来たので、掲示板の前に居たカナデとメリーを呼び俺達は職員の人の先導でギルド長室へと通された。
「初めまして。私がガルゴの町のギルド長、サナです」
サナさんのパッと見の印象は、ふわふわした雰囲気を漂わせたおっとり系の美人の女性で、とても赤ランクの冒険者をしていたとは思えなかった。しかし眼光は鋭く、俺たち一人一人を値踏みしている感じで見ていた。
「初めまして。オリエの町で冒険者をしています、ショーマと言います。ヤンシェさんのご紹介で、この町に訪れました」
「そう。あなた達、オリエの町から遥々ここまで。道中大変でしたでしょう」
「はい。かなり‥‥‥」
特に、カイエラの町。あんな町、二度と行くもんか!
「まぁ、募る話もあるでしょうし、先ずは座りなさい。私もヤンシェさんの事が聞きたいから」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
サナさんに促されるまま、俺達はソファーに座った。メリーだけは立ったままでいようとしたが、俺が座っていいよと一言言ったら素直にソファーに腰を下ろした。俺達と向かいにあるソファーに、サナさんがそっと腰を下ろした。
「それで早速だけど、ヤンシェさんについて聞かせてくれないかしら。私もあの人とはもう三年も会っていないから」
「そうですね‥‥‥」
「それについては、私が説明します」
その後は、アリシアさんがヤンシェさんについて話してくれた。
それによると、ヤンシェさんも結婚していて子供も二人いるみたいだ。知らなかった。しかも、その二人の子供はそれぞれ商人と冒険者をしておるそうだ。
トウラン一の商業市と言う事もあって、いろんな国の商人が何人も出入りしており、ギルド長であるヤンシェさんも町長と同じくらい苦労しているそうだ。
特に問題を起こしているのが、クフォト王国から来た商人だそうで、全員がそうという訳ではないが何かと問題を起こす事が多いそうだ。その対処に、役所の人達と一緒にギルド長であるヤンシェさんも駆り出される事があるそうだ。あの人も苦労しているのだね。
「クフォト王国の商人には、お互い苦労させられているのね」
「こういっては失礼ですけど、そのせいで年々実年齢よりも老けて見えるのです」
アリシアさんはこう言っているが、俺も初めて会った時はギリギリ四十代には見えたものの、ステータスでスキルを確認しなかったら四十八歳とは思わないもんな。一歩間違えれば、五十代と思われるよな。
「ヤンシェさんも気になったけど、今は君の事が気になるわね。ショーマさん」
「俺ですか?」
「はい。あなたのご活躍は、ここガルゴの町にまで広まっています。巨獣化したオリハルコンゴーレムを討伐し、更には魔族と化したダンジョンを消滅させたと。そのお陰で史上最速で銀ランクにまで上り詰めたそうですね。本来なら金ランクになってもいい筈なのに」
「辞退しました。金ランクになると、いろいろと自由が利かなくなってしまいますので」
「それはクフォト王国が定めた決まりであって、トウラン武王国の王であるリュウラ様はそんな事を認めていません。近いうちに考えて頂戴」
「はあ‥‥‥まぁ‥‥‥」
この世界に来た当初は、王都で暮らして王に仕えなければいけないという風に聞いていたが、実際にはそれは表面上の事であってクフォト王国を除く四国は、自国の金ランク冒険者の自由を保障しているそうだ。その代り、舞い込んで来る依頼の数が半端ないそうだ。
「無理強いはしないけど、考えてみてね」
「分かりました。それともう一つ、サナさんに聞きしたい事があります」
「分かっているわ。マリアの事について聞きたいのでしょ」
「マリアって言うのは、この町に最近現れたという物凄く強い武闘家さんの事でしょうか」
「ヤンシェさんから聞いたのなら話が早いわね。そうよ。彼女がガルゴの町に来たのは、今から一月前よ」
どうやら、噂の武闘家は女性だったようだ。
サナさんの話だと、名前はマリアと言う十九歳の女性で、町にいるゴロツキ冒険者をボコボコにし、更にはドラゴンすらも単独で討伐してしまう程だそうだ。現在彼女は青ランクの冒険者だが、実際のランクは銀、若しくは金ランク並みの実力を有しているとサナさんは推測している。
並外れた強さと、女性でありながら百八十六センチという長身の持ち主ではあるが、性格はやたらと腰が低く、下っ端臭の漂う喋り方をするのだそうだ。
外見の特徴としては、かなりの長身なのはもちろん、この世界では珍しい短い黒髪をしており、大きな金の瞳をしている。線が細く、細い腕をしているがパワーはゴーレムをも凌駕しているのだそうだ。
「かなりすごいのですね」
「えぇ。背が高い以外は特に強そうには見えないのに、華奢な身体に似合わずとんでもない馬鹿力の持ち主なの」
話を聞く限りでは、超人的パワーと戦闘能力の持ち主ではあるが、それ以外は何処にでもいる普通の女の子の様気がする。一体この子の何をデリウスは恐れているのだろうか?
「話は以上かしら?」
「あっ!?え、ええ、貴重な時間を割いて、私達の話を聞いて下さりありがとうございます」
「まぁまぁ、頭を上げて。私もヤンシェさんの事が聞けて嬉しかったわ」
ソファーから立ち上がり深々と頭を下げると、サナさんはすぐに頭を上げるように言い、俺達に軽く会釈をした。
「町を出る前に一度こっちに来てください。ヤンシェさん宛ての手紙を渡そうと思いますので」
「分かりました」
話を終えた俺達は、ギルド長室を後にした。
こちらの依頼も受けてみようとも思ったが、折角トウラン第二の都市に来たのだから、女性陣全員の希望で先ずはガルゴの町を観光する事にした。
「それにしても、たくさんの人で賑わっているな」
馬車を引く商人の姿はもちろん、彼等が持って来た商品を購入しようと訪れた人の多さに俺は唖然とした。オリエの町の市場もすごい人だかりだったが、ガルゴの町の市場もオリエに負けないくらいに多かった。
「オリエの町で取引されているのは主に食料品と、日用雑貨等です。対してガルゴの町は、装飾品や家具、他国から取り寄せた特産品が主です」
「取り扱っている商品を分ける事で、町同士で折り合いをつけているのですね」
アリシアさんの説明に、メリーが納得したという表情で頷いていた。王都であるランテイは、その全てを取り扱っているがいずれもその町を超えない様にうまく調節しているのだそうだ。
「それはそうと、さっきサナさんから聞いた強い武闘家さん」
「あぁ、マリアさんの事か?」
「そうそう。早くその人を見つけて、一度手合わせをしてみたいわね」
この大バカ娘は、一体何を血迷ったのだろうか?
「やめておけ。カナデが逆立ちしても絶対に勝てないって」
「ないよ!人を見た目で判断して!」
「見た目も何も、荷電魔銃も満足に使いこなせていない上に、身体能力も人並み以下のお前には万に一つでも勝てる可能性なんてない」
「なによぉ!」
「要は、噛み付く相手は選べって事だよ」
一応スキルを見せてはいるが、カナデのレベルはお世辞にも高いとは言えず、というよりはいまだにレベル10台から抜け出せない奴にお世辞も何も無いが。
「それよりも気になる事はあるが」
「ちょっと!無視しないで!」
どうしてマリアさんの事を、デリウスはあんなにも過剰反応を示し、自分の存在を隠すかの如く突然俺達との念波をしばらく断つなんて。
「ショーマさん。あちらにショーマさんが食べたがっていたお米が売られています」
「よし買おう。今すぐ買おう!」
アリシアさんが指差す先に、藁で出来た米俵の中に入っている米を見つける事が出来た。久しぶりに見た米にテンションを上げた俺は、アリシアさんとカナデの手を引いてその店に向かった。
「しょ、ショーマさん!?」
「ちょ、ちょっと!」
「食材なら、わたしのアイテムボックスに」
意気揚々と米を売っている出店の前に立つと、そこには白く艶のある大粒の米があった。ヤバイ、メチャクチャ食べたい。
アリシアさんから事前に高級食材とは聞いたが、まさか一俵銀貨二十枚もするなんてするなんてちょっと意外だ。日本円にすると、一俵二十万円で売られている事になる。高すぎるだろ!
だが、今の俺なら何の問題も無く買える。
「すみません。米二十俵ください」
「ちょっと待って!あんた一人で二十俵分も食べる気?」
「何言ってんだ?皆も食べるんだぞ」
驚くカナデに、俺はケロッとした表情で答えた。いくらなんでも、一人で二十俵も食べられる訳がないだろ。皆にも食べてもらう為にたくさん買うのだろ。
そんな俺の答えに、三人は少し震えながら一人ずつ言葉を発した。
「その、私達も食べても良いのでしょうか?」
「あたし、お米を食べるなんて人生初だよ」
「奴隷の身でありながら、まさかお米を口にできる日が訪れるなんて‥‥‥」
大袈裟に驚いているが、まぁ無理もないか。アリシアさん曰く、高すぎる為に今まで食べた事がないと言う位だからな。
「そんなの気にしないの。皆俺の大切な仲間なんだから、差別なんてしないで平等に分け与えないと」
そう言った後、未だに放心している三人を放ったらかしにして、俺は店の人に金貨二枚を渡して米俵二十俵購入した。メリーは未だ放心していたが、俺は彼女のアイテムボックスに米俵を全て入れた。米とて鮮度は大事。
「ほら、ボォーとしない。あっちにデザート喫茶があるから行ってみないか?」
「「「行く!」」」
デザート喫茶の単語を聞いた瞬間、三人の意識は一気に現実に引き戻され、スキップしながら俺の後を付いて来た。
その喫茶店で皆が別々な物を頼んでいて、俺は葛餅を、アリシアさんはチョコレートパフェを、カナデはバニラアイスを乗せたホットケーキを、メリーはフルーツタルトを注文した。と言うか、これらのメニューを発案したのって絶対に羽賀高政さんだろ。
「んん~~~至福の味♪」
「温かいなホットケーキに、アイスの冷たさが口の中で共演している♪」
「こんなに甘くて美味しいケーキを食べられる日が来るなんて♡」
まぁ、女性陣があんなに喜んでいるのだから良しとするか。それと、この葛餅も懐かしい味がする。
デザート喫茶で甘いデザートを堪能して、満面の笑みを浮かべてスイーツの美味しさに浸っていた彼女達を連れて、俺はガルゴの町を歩き回った。
「美味しいものが食べられて大満足って時に、後ろの連中は何を考えてんだか」
実を言うと、デザート喫茶を出た後からずっと俺達を尾行している連中の気配を感じた。人数は五人。米屋からではなく、デザート喫茶を出た後からとなると、狙いは金ではなくアリシアさん達だろう。そりゃ、アリシアさんもカナデもメリーも美人だから。
可憐さに可愛さが合わさっているアリシアさんと、貴族の令嬢風の美貌を持つカナデと、美しさの中に凛々しさがあるメリー。いずれも高レベルの美少女達だ
「三人とも、スイーツの美味しさに浸ってるところ悪いが」
「人通りの少ない裏路地が良いでしょう」
「人目を避けた方がボコボコにしやすいし」
「スイーツに酔いしれていても、連中の気配は察しています」
どうやら、三人とも気付いていた様だな。それなら話は早い。
俺達は出来るだけ自然な感じで、後を付けている男共を人通りの少ない裏路地へと誘導した。その瞬間、男達は下品な笑い声と共に俺達に声を掛けた。
「よぉ姉ちゃん達、そんな男なんて放っといて俺達と遊ばない?」
「とびっきり良い所へ連れてってやんよ」
あぁ、やっぱりアリシアさん達狙いか。分かり易い連中だ。そんな連中の下心丸出しの発言に、俺は思わず大きく溜息を吐いた。
「何だ小僧?俺達をバカにしてんのか?」
「バカにもするさ。お前等のヘタクソ尾行がバレてないとでも思ったか?」
アイテムボックスから木刀を取り出し、アリシアさんとカナデとメリーも臨戦態勢に入ったその時。
「男が寄ってたかって、恥を知れっす!」
男達の後ろから、俺やメリー以上に身長が高く、手にはグローブが装着され、胸にさらしを撒いた中国の武人を思わせる様な格好をした、この世界では珍しい黒髪の女性が立っていた。
「はぁ‥‥‥また面倒な事になりそうだ」