215 斧の黒騎士
「さて、こんな雑魚共なんてちゃちゃっと片付けてやるぞ」
「神である俺達を雑魚呼ばわりとは」
「万死に値する行為です」
フィアナに雑魚呼ばわりされて頭に来たのか、楽器の黒騎士と銛の黒騎士はフィアナのステータスを見ようとはしなかった。
二人の黒騎士が見ようとしないフィアナのステータスは、現在こんな感じである。
====================
名前:フィアナ 年齢:十六
種族:半神半人 性別:女
レベル:612
MP値:5700000
スキル:剣術SSS 刀術SSS 剛力SSS
雷魔法SSS 土魔法SSS 槍術S
危険察知S 神速S
称号:帯刀翔馬のパートナー 蟲殺し
大蛇殺し デーモンキラー
百戦錬磨の闘士 勇者
ゴーレムバスター 不死王殺し
ユンゲンの町の英雄 無敵剣豪
オリエの町の英雄 トウラン武王国の英雄
シガロの町の英雄 オオカワの町の英雄
海魔殺し 神殺し
====================
これも半神化の影響なのだろうか?フィアナのレベルも急上昇し、俺や美穂子と同様に半神半人となっていた。美穂子もそうだけど、俺とのレベルの差がかなり縮まっているな。俺のレベルは615でカンスト状態にあるが、これはうかうかしていられないな。
「では、先ずは俺から!」
ラッパの神器を持った男の黒騎士が、フィアナに向けてラッパを吹き、音が鳴ると同時にそのラッパの口から音符の形をした何かが飛び出していき、フィアナの周りを取り囲んだ。
「爆ぜろ」
楽器の黒騎士が演奏をやめた途端、フィアナの周りを取り囲んでいた音符が一斉に爆発した。爆発の規模はかなり大きく、一個でダイナマイト百個分に相当する威力があった。
「はっ。デカイ口叩いてた割には呆気なかったな」
楽器の黒騎士は勝利を確信したみたいで、顔を歪ませながら粉々になったであろうフィアナの姿を見る為に近づいてきた。
だが
「‥‥‥‥‥‥え?」
楽器の黒騎士は、突然間の抜けた声を上げた。
それもその筈。フィアナは爆発現場にはおらず、楽器の黒騎士の背後に回り黒曜で背中から心臓を突き刺していたのだから。
何故こうなっているのかというと、爆発を受ける直前にフィアナは土魔法を発動させて、ドーム状に自分の周りを覆って爆発から逃れていたのだ。
その後すぐにまた土魔法を使って地中に潜り、楽器の黒騎士の後ろに回ると音も立てずに地面から出てきて、楽器の黒騎士を黒曜で一突きにしたのだ。
「あんな攻撃なんて今更通じないが、わざわざ受けるつもりは無い」
フィアナもあの攻撃でダメージを受ける事はないだろうけど、わざわざ攻撃を受けてみるつもりは無い様だ。
「そん、な‥‥‥」
「『クリムゾンサンダー』」
驚愕する楽器の黒騎士をよそに、フィアナは黒曜を勢いよく抜いてすぐに左手からレールガンに似た雷を放った。これを食らった楽器の黒騎士、全身から黒い靄を出し一瞬で消滅していった。
「よくも嘗めた真似を!」
目の前で楽器の黒騎士がやられた事で、銛を突き出した女の黒騎士の表情に焦りが見えた。だけどそれで引こうとはせず、フィアナに向かっていった。
「そんな単調な攻撃が効くか」
フィアナは単調だって言っているが、普通の人から見ればかなり速い速度で突っ込んできているぞ。通常なら避ける事はもちろん、反撃も出来ないと思う。
だが、神気を完璧にコントロール出来、半神半人となったフィアナには遅く見えるようで、銛の神器を粉微塵に切り刻んだ後で銛の黒騎士の首を跳ね飛ばした。こっちは楽器の黒騎士よりも早く決着がついた。ま、このくらいでないとガリアーナに辿り着く前に堕天した神達にやられてしまうからな。
「そんな馬鹿な!?」
目の前の現実が受け入れられず、ガングルは膝を付いて動揺していた。
楽器と銛の黒騎士を倒したフィアナは、黒曜を鞘に納めてから俺の所へと戻ってきた。ガングルと他の二人の黒騎士を一瞥してから。
「降伏するなら今だぞ。向こうも粗方片付いているみたいだし、お前等の負けだ」
左右に分かれた黒鬼共は、アリシアさんとカナデが担当している所は全員縄で縛られ、メリーが担当している所は全員倒されていた。うん、倒されたと言った方がいい。あれはなかなかに地獄絵図だ。
《出てきた亡者も、メリーが瞬殺したわよ。信じられない速さだったわよ。レベルもフィアナと美穂子と1しか違わないわ》
フィアナと美穂子の間という事は、メリーのレベルは611か。しかも、半神半人となっているだろうな。
《正しくは、半神半獣人だけどね》
ややこしい。半神半人でいい。
「馬鹿な!?神化が進んでいるというのか!?」
「よく分からないが、そういう事になっている」
説明してあげる気はない為、そんな風に返した。そもそも敵に手の内を晒す訳にはいかないからな。
「だから何だというのだ。何時からそんな腰抜けになったんだ、ガングル!」
「私達とガングルが協力すれば、倒せない事は無いでしょう。それとも、あなたの力はあんな人間に劣るというのですか?」
ランスを持った男の黒騎士と、鎌を持った女の黒騎士がガングルの手を引いて立ち上がらせた。
「そうじゃな。三人なら」
ランスと鎌の黒騎士に発破をかけられ、ガングルは斧の神器を構えて前に出てきた。
「小僧!今度はわし等三人で相手をするぞ!」
「はぁ。まぁいいけど」
俺はハバキリを構えて、じりじりと前に出てきた。
そんな時
「ガングルは私が倒す」
突然空から声が聞こえたと思ったら、突然空から雷が俺と黒騎士達の間に落ちてきて、その雷から縄文当たりの和装に細長い直剣を腰に提げた金髪の若い男性が、雷が消えると同時に姿を現した。
「惨めな姿だな、ガングル」
「貴様に言われたくないぞ!デンガ!」
「あれが、雷の神・デンガ」
ガングルの同期であり、ライバルである神。というか、もじゃもじゃの髭を生やしたおっさんなのに対し、若いイケメンの男性が同期って間違っているだろ。見た目の年齢=実年齢ではないというのは理解しているけど、こうして見比べると何だか変だ。
「自分の加護を与えた子供を見殺しに、ガリアーナ側に就くなんて、堕ちる所まで堕ちたな」
「わしと同じ時期に神となったのに、貴様は下級神の分際でこの国の主神に任命されて、随分と優遇されているな!」
「ガリアーナの意志に同調し、人間を憎む様になったお前なんかに、この国を任せられると思うか。そんな神に、出世なんてあり得ない」
「うるさい!貴様ばかり優遇されて、わしが何時までもただ下界を眺めるだけの部不相応の仕事をするなんて、納得いくか!」
うわぁ、いい年して出世した同期社員に嫉妬してこんな嫌がらせをしてくるなんて、下手したらその会社で減給処分を受けるぞ。堕天したのだから、この場合はクビになったも同然か。
《私やアンタみたいに、特定の武器に特化した神が一つの国の主神として崇められる事は禁止されているのよ。武器はどの国にも存在するし、その武器が特定の国に肩入れしては他の国はその武器を使う事はおろか、触れる事が出来なくなってしまうわ。ゆえに斧の神であるアンタが、何処かの国の主神になる可能性は未来永劫訪れないの》
あらら、叶いもしない願望を抱いていては世話ないわな。
雷や太陽みたいに自然の一部なら、武器の様な制約はないらしい。また、青龍の様に生き物の上位種が主神になっても問題ないらしく、そもそも生き物にはそういう力は働かないそうだ。
「特定の武器を司る神って、かなり不憫なんだな」
《否定はしない》
否定しないという事は、デリウスも大なり小なり不憫を感じているのだな。
《でも、それでも私は刀の女神である事に誇りを感じているわ。アンタみたいに出世することしか頭にないわけではないわ》
「デリウスには一生分からないだろうな!同期に追い抜かされた、このわしの屈辱が!」
「はぁ、何を言っても無駄みたいだ。帯刀翔馬、悪いがガングルは私が葬る」
おやおや、これは相当ご立腹ですな。自分が守護する国を危機に瀕した事に対してではなく、神という役職を放棄して悪魔になってしまった馬鹿な同期の幼稚な嫉妬からくる暴走に。
「分かった、だったらランスと鎌の黒騎士は俺が瞬殺する。瞬殺するから、名前までは覚える気はない」
「神に対して存外容赦なしだね」
雷の神様にジト目で見られてしまった。まぁ、見た感じではまともな神様という感じがするのだけどね。若干視線が熱い気がするけど。気のせいかな。
《気のせいでもないわよ。だってデンガって、ホモだから》
「「「‥‥‥‥‥‥へ?」」」
俺とフィアナと美穂子は、数秒間沈黙した後間の抜けた声を上げてしまった。
ああ、なるほど。だからさっきから、俺に対して熱い視線を送っていたのだね。
って、ちょっと待て!ホモって事は、デンガって同性が好きなのかよ!ヤバイ!ゴルディオと初めて会った時以上の危機感を感じるのだけど!
は!?という事は!
《ご名答。ガングルもデンガの同属です。あ、でもデンガとは本当に仲が悪かったから、二人はそういう関係ではないわよ》
うわぁ、知りたくもなかったおっさんの秘密を。
《ちなみに私やイリューシャ、ヴァルケリーやホリエンスはノーマルだから》
聞いてないから!
「さっきから俺達を無視するな!」
「死ね、人間!」
無視してしまったランスと鎌の黒騎士が、俺に向けてそれぞれランスと大鎌を向けて攻撃してきたが、俺はハバキリを横薙ぎに一振りしただけで神器諸共真っ二つに両断した。
ヴァルケリーの加護により、大きな罪を犯した悪には絶対に負けず、神器でさえ容易く破壊してしまう程の圧倒的な力を発揮する事が出来る。それが、堕天した元神だったら尚更。流石に、元上級神のガリアーナには通じないみたいだけど。
青龍の鱗を吸収した事で、刃が相手に触れていなくても相手を斬る事が出来るようになったみたいだ。我が愛刀ながら、何て恐ろしい力なんだ。
「ほぉ、これ程強力な神器を使いこなすなんて、君も相当な実力者なんだね。将来的に、あのタケミヤをも超えるだろうな。惚れ惚れするな」
「っ!?」
やめてくれ!今背筋が絶対零度並みの寒気を感じたぞ!すかさずフィアナと美穂子が、それぞれ俺の腕にしがみ付いてデンガを睨み付けていた。
「相変わらず貴様の好みは理解できないな」
「それはこっちのセリフだ。私も君の好みは理解できないからな」
真顔で言っているが、言っている内容は事実を知っている側からした物凄い怖気を感じるぞ!
《安心しなさい。二人とも相手がいる男には手は出さないから》
それ全然励ましにならないのだけど!
「ま、今は私が管理するこの国を守らないといけないからな」
「貴様が管理する国なんて、わしが全力で潰してやる!」
大斧を振り上げたガングルが、デンガに向かってきた。対してデンガが持っている武器は、イエローアイアン製の直剣だけであった。普通に考えれば、デンガの方に分が悪い。
《あらら、ガングルの奴デンガがキョウゴ和王国の主神になった後の事を何も知らないみたいだね。特定の国の守護を任された神は、主神である神から特別な力を授けられるのよ》
「どういう事だ?」
《まぁ、見てなさい》
言われた通り俺達はデンガを見た。
すると、ガングルの大斧がデンガに触れる前に、デンガの身体がバチバチと音を立ててその姿を雷そのものへと変えた。ガングルの大斧はデンガの身体をすり抜け、地面に深く刺さった。
「なっ!?」
「この力は、私がキョウゴ和王国の主神となった事で、ゼラガ様が新たに私に下さった力。出世と、人間への憎しみで頭がいっぱいになっていたアナタは知らなかったみたいだけど」
己を雷と化したデンガは、その身体でガングルの全身を包み込み、ゴゴゴゴゴォと大きな音を立て、目も開けていられない程の強い閃光を放った。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
強烈な雷を受けて、ガングルは顔を苦痛に歪ませながら悲鳴を上げた。そして、みるみるうちにガングルの皮膚が焼け爛れ、周囲に肉が焦げる様な嫌な臭いが漂った。
《あれが、ゼラガがデンガに与えた新たな力で、己自身を雷にする事で相手の攻撃を受けなくさせるだけじゃなく、相手を包み込んで感電させる事も出来るの。その威力は、通常の雷の百倍だから神でも食らったらひとたまりもない。ま、それでもヴァルケリークラスの神には傷一つ付けられないし、ヴァルケリーの雷の方が強力なんだけどね》
雷の神様よりも強力な雷を操るヴァルケリーって、一体何者なんだ。その前に、本当に下級神なのかよ。
《その事だけど、今回の戦いが終わると正式に上級神への昇格が認められるみたいだよ》
上級神になるのですか。本当にどんでもない女神様から加護を貰ったな。
「ま、これでも上級神への道は遠いけどな」
「あっ‥‥‥」
雷から解放されてガングルは、原形が分からない程黒焦げになり、正直言ってこれ以上見ていられない。吐きそう。
最後に、ガングルの背後に回り、元の姿に戻ったデンガが剣を突き刺した。
「惨めだな。斧の神も」
「わしは、わしが神である証を、残せないまま‥‥‥」
瞳に涙を流しながら、ガングルの全身から黒い靄が噴き出し、そのままガングルは消滅した。
「神が野心を抱くなんて、何て愚かな」
消滅した後、デンガは少し悲しそうな表情を浮かべながら天を仰いだ。
「帯刀翔馬」
「何だ?」
「いずれ神になる君に、いや、君達に教えておこう」
天を仰いだまま、諭す様にデンガが俺達に言ってきた。その表情は、何処か寂しそうにも見えた。
「神というのは、何時いかなる時でも決して野心を抱いてはならない。野心を抱いた神は道を踏み外しやすくなり、ガングルの様な堕天をしてしまう」
野心を抱いてはダメか。人間ならそれが生きる原動力にもなり、時に破滅を招く要因にもなるが、それがあるから人は目標を持ち前に進める。野心と言ったら聞こえが悪いが。
でも、神になるとそれを捨てないといけない。永遠の時の中を、野心を抱くことなくただひたすら下界を見守らないといけない。
「それと、下界、及びそこに住んでいる特定の誰かに肩入れもしてはいけない。神は常に平等でなければならない。ゆえに特定の世界、特定の下界の人物を特別視してはならない。その者が死ぬことになっても、その世界が滅ぶ事になっても、神は一切手を出してはならない。奇跡なんて起きない。起こしてはいけないのだ」
それはデリウスからもよく聞いていたが、当事者からしたらとても辛い事なのだろうな。そしてそれは、神同士であっても例外ではない。
デンガが寂しそうにしているのは、いつもいがみ合ってはいたが本心では良きライバルであったガングルの事を、心の何処かでは認めていたのかもしれない。
だけど、相手が堕天して悪魔となってしまった以上、個人の感情よりも神としての役目を優先してその神を消滅させないといけない。たとえそれが、自分の親友であっても。
「よくよく考えたら、神は無慈悲なものだな。だが、そうしないと世界の均衡が保てなくなり、神がその世界は滅ぼしてしまう事になる。だから、どんな理由があろうと、どんな事情があろうと、野心を抱く事も、下界や、下界にある特定の何かに肩入れする事が禁止されている。それだけは、絶対に忘れるな」
そう言い残してデンガは、雷となって神界へと帰って行った。デンガもまた、キョウゴ和王国の主神となって良い事もたくさんあったが、それと同じくらい辛いことも経験してきたのだな。
《というか、下界に降りた本当の目的はそれなんじゃないの。新しく加わる君に、神になるというのはどういう事なのかを伝える為に》
「かもしれないな」
そう言って俺は、デンガが消えていった空をジッと見上げた。