214 黒鬼
「ぶぅ。またこれですか」
「馬に乗れないからって、ズルいです」
アリシアさんとメリーが、何か頬を膨らませて俺を睨んでいらっしゃいますな。
《正しくは、君の背中にしがみ付いているカナデになんだけどね》
そうですか。
翌朝。
朝食を食べ終えた俺達は、早速馬に乗って黒鬼がいる山へ向かおうとしていた。俺も、ハバキリと剛鉄と脇差を腰に差して、いつもお世話になっている桜に跨った。
ちなみに、アリシアさんは松に、メリーは紅葉に、フィアナは桃に、美穂子は梅にそれぞれ乗った。
そしてカナデは、俺と一緒に桜に乗せていた。だって、カナデは馬を乗りこなせないから。
「事情は分かっているが、それなら留守番してろってんだ」
「馬に乗れないからってズルいですわ」
更に唇を尖らせたフィアナと美穂子までも、口に出して愚痴り出した。当のカナデは、俺に抱き着いてご満悦の様子で、自慢の胸を惜しげもなく押し付けていた。
「ま、まぁ、黒鬼共と対峙するまでの辛抱だ」
カナデの大きすぎる双丘の感触は味わっていたいが、四人の突き刺さるような視線を浴びるの精神的にしんどいです。
――胸なら私だって負けてないぞ!
――私だってスタイルには自信がありましたのに!
――そもそも馬に嘗められているカナデ様が悪いのです!
――わたしではカナデ様に勝てないのでしょうか!
こんな時に思考を送らないで欲しいです。てか、これ絶対に故意に飛ばしているだろ。
そんな四人の愚痴を頭の中で聞きながら、俺はひたすら黒鬼共がいる山を目指した桜を走らせていた。慣れれば送られてくる思考もシャットアウトできるみたいだが、生憎今の俺にはそんな事は出来ない。てかこれ、本当に慣れでどうにか出来るのか?
《気を引き締めなさい。連中が予定よりも早く山を下り始めたわよ。このままでは、正面衝突するわよ》
ついに動き出したか。
デリウスの念波を聞いて、全員の顔が引き締まった。
「だったら蹴散らすまでだ。カナデ、一旦降りてくれ。アリシアさんとフィアナと美穂子は、馬を一旦安全な所へと避難させてから合流してくれ」
「「分かった」」
「「分かりました」」
「メリー、お前は俺と一緒に突っ込むぞ」
「承知」
皆に指示を出した後、俺はカナデを一旦降ろしてからメリーと一緒に先へ進んだ。
梅と松と桃の三頭は、馬車を引くのには適しているけど、騎馬での戦闘には適していない。対して、桜と紅葉は槍や矢も恐れずに突っ込む度胸があり、騎馬戦術には適している。本当に馬にしておくには惜しい二頭だ。
そして、馬に乗りながらの騎馬術が出来るのは俺とメリーだけだ。俺は剛鉄を抜き、メリーは赤椿を持って二頭を走らせた。
「随分気合入ってんな、桜も紅葉も」
「桜も紅葉も、今度の魔王戦に参戦したがっているみたいです。その為の前哨戦として、気合が入っていると思います」
「ほぉ、お前も一緒に戦ってくれるのか」
俺の言葉に、桜は鳴いて答えてくれた。これは帰ったら、桜と紅葉の鎧も用意しないといけないな。
「だったら、魔王戦でもよろしく頼む、桜。紅葉も、メリーの事は頼んだぞ」
俺の声に反応して、紅葉も鳴いて答えてくれた。帰ったらこの二頭の餌は奮発してやらないとな。
「ショーマ様!」
「ああ!敵のお出ましだな。速攻で片付けるぞ!あんな連中に手を焼いている様では、ガリアーナは倒せないぞ!」
「はい!速攻で片付けます!」
ガリアーナ戦の前の準備運動と言ったら悪いが、こんな連中に苦戦なんてしてはダメだ。午前中に全部済ませ、黒騎士も全員倒す。
《しっかり戦いなさい。今の君達なら大丈夫だけど、驕っていたら足元をすくわれるわよ》
分かっている。瞬殺できる様にするが、調子に乗らないようにしないといけない。それが油断に繋がり、ガリアーナ戦にも影響する。そうならない為にも、常に謙虚な気持ちでいる事を忘れないようにしないといけない。
「集中しろ。俺なら出来る」
そう自分に言い聞かせながら、俺はひたすら桜を走らせた。
走って程なくして、長槍を持った黒い鎧を着て鬼の仮面を被った男達が姿を現した。その後ろでは弓と銃を構えた部隊と、刀を持った部隊が待機していた。総数はざっと見て千。
更にその最後尾には、黒色の西洋の鎧を身に着けた男女が七人馬に乗っていた。
《左から、本、鞭、ランス、斧、鎌、銛、音楽の神だった奴ね》
「ちょっと待て!斧って!」
《ええ。小鳥遊陸人が殺されたのは、ソルエルティだけのせいじゃない。ガングルは初めから、魔王側だったのよ。私も騙されたわ》
「自分の身を守る為に一度小鳥遊を受け入れ、カリンヴィーラに神器を奪われないようにする為に一旦持たせ、用が済んだらとっとと切り捨てて神器を回収し、小鳥遊の遺体をカリンヴィーラに引き渡した後、ガリアーナが復活するのを神界でずっと待っていたのか。クズだな」
《そうね。私も許せないわ》
デリウスまでも騙し、小鳥遊を見殺しにしたガングルに対する強い怒りが感じた。
「ショーマ様」
「ああ。瞬殺するぞ」
「承知」
だがその前に、あの長槍をどうにかしないといけないな。
「『ウィンドカッター』」
最初に俺は「ウィンドカッター」を使って、槍と弓を粉微塵に切り刻んだ。流石に銃までは切り裂けなかったみたいだが、それでも前に突っ込む上での弊害は排除した。
「先陣を切るぞ!遅れるな!」
「愚問です!わたしが遅れる訳がありません!」
俺とメリーは、ほぼ同じタイミングで黒鬼部隊の中に突っ込み、その周りにいる黒鬼のメンバーを斬っていった。メリーも赤椿で応戦していき、桜と紅葉も後ろにいる敵を蹴飛ばしていった。
「敵襲だ!蹴散らせ!」
馬に乗ったガングルの指示で、黒鬼のメンバーが刀を抜いて一斉に襲い掛かってきた。だが、誰一人として俺とメリーはもちろん、桜と紅葉を傷つけられないでいた。
不思議だ。トイースでも感じていたが、相手の動きがまるでスローモーションみたいにゆっくりに見える。相手の次の動きが、手に取るように分かる。
《君やメリーだけでなく、桜と紅葉にも同じ様に見えているわよ。ただの動物なのに、君の恩恵を受けて普通の馬よりも強くなっているわ》
確かに、桜と紅葉は俺がツリーハウスに住んでいた頃からずっと一緒に旅をしてきたから、他の四頭に比べれば思い入れが強いのは確か。それによって、俺の恩恵を受けていたのだな。これはガリアーナ戦でも期待できるぞ。
《桜と紅葉だけじゃない。ヴィイチとラヴィーとエリ、サリーとローリエ、メイド達の中でも特に実力の高い五人も君の恩恵を受けているわ。他のメイド達もそうだけど、その五人が特に強いわね》
メイド達も、俺の恩恵を受けて強くなっていたのか。これなら、屋敷や王都の警護を安心だ。
「『ウィンドインパクト』」
「『ウォーターボム』」
合流したアリシアさんと美穂子が、魔法で両端にいる黒鬼のメンバーを攻撃した。更にその後ろでは、カナデは宝天魔銃で銃を持っている敵を攻撃した。
「私もいるぞ!」
俺達の後を追う様に、ゴルドを抜いたフィアナも敵陣の中に入り、周りにいる敵を苦戦する事無く斬っていった。四人が合流した事で、千人いた敵兵が一気に半分以下まで減っていった。
「左右に散開しろ!先に行って王都と社を火と海にしろ!男の方は、わし等が倒す!」
ガングルの指示を受けた黒鬼達が綺麗に半分に分かれ、王都へと向かおうとしていた。
「させるか!メリーは右側!アリシアさんとカナデは左側を!」
「分かった!」
「分かりました!」
「承知!」
「フィアナと美穂子は、俺と一緒に黒騎士共を倒すぞ!」
「分かった!」
「分かりました!」
一対多戦を得意とし、無類の強さを発揮するアリシアさんとカナデとメリーに左右に分かれた敵兵を任せ、黒騎士を倒した事がある俺とフィアナと美穂子でガングル達の相手をする事にした。
「ほほぉ。たった三人で、神であるわし等の相手をしようというのか?」
完全に嘗め切った態度でガングル達は馬から降りて、それぞれ自分の神器を構えた。
俺も一旦桜から降りて、剛鉄を鞘に納めてハバキリを抜いた。フィアナもゴルドを納め黒曜を抜き、美穂子も金剛を抜いた。
「人間ごときが、神であるわし等に勝てると思っているのか?」
もじゃもじゃの髭を生やした、ドワーフを大きくさせたような見た目をした男が、真っ黒に染まった大斧を向けて俺達に言ってきた。あの大斧には見覚えがある。小鳥遊がまだ生きていた頃に託された、斧の神器のヴェルゴスであった。
「お前が、斧の神・ガングルか。お前のせいで小鳥遊は」
「ほぉ、わしも思い出したぞ。お前があの時の勇者か。ウェスティラ神王国では、なかなかに良い闘いを見せてくれたな」
楽しそうに笑っているが、こっちは全然いい気分じゃないぞ。信じていた相手に裏切られ、その仲間に殺された小鳥遊の事を考えると。
「そう睨むな。わしはお前さん等と会う事が出来て嬉しく思っておる。尤も、ガリアーナ様に負けたお前等にわし等が倒せるとは思えんのじゃがな」
「馬鹿にするな」
俺とフィアナと美穂子は、神気を全身に纏い、それを意図的に無色透明にさせた。屋敷で行った神気のコントロールの訓練で、俺達は自分達の神気を相手から見えなくする方法を身に着けた。サラディーナ曰く、ここまでくればもう教える事は無いと言ってくれた。
《完璧ね。これなら、ガリアーナなんかにはもう負けないわ》
「おや、その声はデリウスか。お前が神気のコントロールの指導を行ったのか。確かに、完璧に使いこなせているが、それがどうしたというのじゃ」
《分かっていないみたいけど、彼等の力はあの時よりもずっと強くなっているわよ》
「どうだか」
完全に嘗め切った態度だな。神力を宿していても、人間ごときに自分を傷つける事は出来ないだろうと考えているのだろう。
「まぁ、一斉にかかって来られても迷惑じゃろ。一人二人ずつ相手にしてやろうじゃないか」
「ほぉ」
「私を馬鹿にするのか?」
「痛い目に遭っても知りませんわ」
向こうはハンデを与えているつもりかもしれないが、本音は俺達を完膚なきまでに叩きのめそうと考えているのだろうな。ま、こんな奴等に手を焼いている様では、ガリアーナは倒せないよな。
最初に前に出たのは、本を持った女性と鞭を持った女性であった。
「紹介しよう。この二人は」
「名前なんてどうでも良いですわ」
金剛を構えて、エルクリスを首に提げた美穂子が前に出た。
「そうね。これから死ぬような奴に、名乗る名前なんてないわよね」
「やられるのはあなた方ですわ」
「減らず口もそこまでよ」
本と鞭を持った二人の黒騎士は、美穂子に対して嘗め切った口調で吐き捨てた。美穂子も、二人の黒騎士相手に苦戦するなんて思っていないようだ。
「小娘が生意気ね」
最初に前に出てきたのは、鞭をバシッと音を立てた女の黒騎士であった。
「サラフィ程ではないけど、私も魔法をメインに戦う女神ですわ」
本を持った女の黒騎士は、鞭の黒騎士の後ろで本を広げて魔法を唱える準備をしていた。
「ちょこざいですわ。二人同時にかかってきてくださいまし」
「へぇ、女神である私達にそんな態度を取るなんて」
「後悔させてあげます」
美穂子に挑発されて、二人の黒騎士は一斉に攻撃してきた。本を持った黒騎士は雷魔法を放ち、その直後に鞭の黒騎士が美穂子の顔面目掛けて鞭を叩きつけた。
しかし美穂子は、魔法と鞭の攻撃を受けていたにもかかわらず、傷一つ負っていたなかった。
「馬鹿な!?何故私達の攻撃が聞いていないのですか!」
「信じられません!?」
驚愕の表情を浮かべて、二人の黒騎士は慌てて美穂子から距離を取った。
「不思議ですわね。痛みが全く感じませんでした」
攻撃され箇所を手でさすりながら、全くダメージを受けていない事を不思議がっていた。おそらく、ガリアーナやタケミヤがやったような防御が出来るようになったのだな。他にも、神気を使う様になってからレベルが急激に上がったというのもあるかもしれない。
そんな美穂子のレベルが気になったのか、本の黒騎士が鑑定眼を使って美穂子のステータスを確認した。
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名前:神宮寺美穂子 年齢:十八
種族:半神半人 性別:女
レベル:610
MP値:8050000
スキル:聖魔法SSS 風魔法SSS 水魔法SSS
剣術SS 槌術SS 薙刀術S 柔術S
火魔法S 氷魔法S ダンスS 社交S
称号:聖堂の守護者 デーモンキラー
海魔殺し 大賢者
ザイレン聖王国の英雄 勇者
ダンジョンマスター オリエの町の英雄
神殺し ドラゴンスレイヤー
その他:聖の女神の加護
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「半神半人ですって!?」
「しかも、レベル610って!?」
半神半人になっていたのは俺も驚いたが、俺の強い愛を受けて眷属となっている美穂子にも、神化が進んでいるのだろうな。自分のステータスを見た美穂子も、これには少し驚いていた。
「私も、翔馬さんと同じに。嬉しいですわ」
だけどすぐに美穂子は喜び、改めて金剛を構え、刀身に炎を纏わせた。
次に、全身に纏わせた神気が白く色付かせていった。
「では、参ります」
大地を強く蹴った美穂子は、一瞬で本を持った黒騎士の目の前まで迫り、飛び込んだ勢いで本の黒騎士の胸に金剛を突き刺した。
「あぁ‥‥‥」
「確かに、以前戦ったエンゲアよりも弱く感じます」
金剛に神気を注ぎ、刃に纏わせた炎を本の黒騎士の体内へと注ぎ込んだ。その瞬間、本の黒騎士の目や鼻や口等から火を噴きだし、美穂子が金剛を引き抜いた瞬間に全身を炎が覆い黒い靄も噴き出していった。
「アナタよくも!」
逆上した鞭の黒騎士が、美穂子に鞭を向けてきた。それを美穂子は、風を纏わせた金剛で鞭を粉微塵に切り刻み、鞭の黒騎士の身体を縦に両断していった。
「そん、な‥‥‥」
黒い靄が無くなり、本と鞭の黒騎士は消滅していった。もう少し手を焼くかと思ったけど、これなら魔王との決戦も大丈夫だ。
「馬鹿な!?」
「正直に申して、全く相手にもなりませんでした」
金剛を一旦鞘に納めて、俺の下へと戻ってきた。
対して、本と鞭の黒騎士を瞬殺された事でガングルはあんぐりと口を開き、呆然とした。
「実際に戦ってみてどうだ?」
戻って来た美穂子に、戦ってみた感触を聞いてみた。
「力は強力だったと思います。魔法も数千の軍を全滅させる程の力がありますし、鞭も鋼鉄を用意に砕く程の威力がありました。けれど、あの二人の動きが異様に遅く見えましたし、攻撃を受けても全くダメージを感じられませんでした。他にも、今まで感じた事のない力を身体の内側から溢れ出てきて、今までの私では考えられない程の力が発揮されました」
感じたことが無い力が沸き上がる感覚か、初めて俺が神気に目覚めた時と同じだ。他にも、レベルが急上昇したというのもあるかもしれないが、その力をここまで使いこなすなんて。
やはり、神界で最後の試練を乗り越えてから無限に近い力が湧いて出てくるような感じがするみたいだ。
「認めない!認めないぞ!次いけ!」
ガングルの命令で、今度はトランペットに似た楽器を持った男の黒騎士と、銛を持った女の黒騎士が前に出てきた。
「今度は私が行く」
「お前なら大丈夫だろうから、心配しないぞ」
「ヒドイな。少しは心配しろよ」
「負ける気なんて全然していないくせに、よく言うぜ」
「まぁな」
黒曜を持ったフィアナが、銛を持った黒騎士と、楽器を持った黒騎士に向かってゆっくりと歩み寄って行った。たぶん、この戦いも瞬殺で終わるだろうな。




