207 エンシェント進化
「やれやれ、あの四人でここまで戦えるんだから、フィアナも絶対に倒せるぞ」
「それでも嫌!」
俺の腕にしがみ付くフィアナの頭を撫でながら、馬車から無数のドラゴンが虫を落とす勢いで倒していくアリシアさんとカナデと美穂子、地上を走る地竜をメリーがジィルバとザラグラードを使って次々と倒していった。
「ザラグラードはともかく、ジィルバって確かミスリルで出来てたはずだ」
倒せない事はないけど、頑丈な表皮を持つドラゴンを両断する程のではない筈なのだが。
「すごいですね。凶暴で危険な筈のドラゴンが‥‥‥」
唖然とした表情で緑の龍は、次々に倒されていくドラゴン達を眺めていた。そりゃ、そんな反応になるよな。
「あいつ等もスゲェけど、あっちもスゲェな」
更に向こう側では、荒野に入る前に呼び出したディアマドが、エルダー化しかけていたレッドドラゴンとアーマードラゴンをアッサリと倒していった。獅子型の魔物を組み伏せた時も思ったけど、本物のエルダーはすごいですな。
「すごいですね、あのブルードラゴン。力はもちろん、聡明であり、謙虚であり、それでいて人に危害は加えない。エンシェントにするには十分です。貴方様の神力が注がれたというのもあるのかもしれませんね」
「魔力を注いだつもりだったんだけど」
おそらく、無意識に神力も注いでしまっていたのかもしれない。ディアマドの力が強いのは、そのせいなのだろうか?
「エンシェントに進化させるには、申し分ありません。あれ程のエルダーを見落としていたなんて」
エルダードラゴンの数は、龍の十倍もの数がいる。その中から選りすぐりの一体を、自分の目で見極めていかなければいけない。その為、龍に、エンシェントに進化するに相応しい素質を有していても、先ずは龍に見つけてもらわなければ話にならない。
「そもそもエンシェントの数は、ドラゴン全体の一割にも満たず圧倒的に少ない。その上私達は普段、人が一切足を踏み入れることがない山奥でひっそりと暮らしています。千年に一体、新しいエンシェントが誕生すれは上等というレベルなのです」
だから龍の数が圧倒的に少ないのだな。アリシアさんが言っていた三十という数字も、案外的中しているのかもしれないな。
ゴールドドラゴンが龍になる確率が高いのは、単に金色のあの身体が遠くからでもかなり目立つから、すぐに見つけられるからなのであって、ゴールドドラゴンが他のドラゴンよりも優れているという訳ではないそうだ。しょうもない。
「とは言え、あのブルードラゴンならエンシェントどころか、史上二体目のゴッドへの進化も夢ではないかもしれません」
「ゴッド」
龍の上の階級で、これに進化すると神と一員となる事が出来る。だが、この階級に至る龍はいないと言ってもいいレベルで、確率もゼロパーセントと言われている為、絶対に進化できない幻の階級と言われている。
とは言え、全くのゼロという訳ではない。過去に一体だけ、エンシェントからゴッドに進化できた龍がいた。それが、青龍である。
「まぁ、そんなすぐにゴッドになれる訳ではありませんので、それが何時になるのか分かりません。ただ、その可能性を秘めていることは頭に留めてください。いずれは、貴方様の眷属となられる新たなる神を」
「‥‥‥分かった」
契約を交わした時点で、それを予想すべきであった。ディアマドには悪い事をしてしまったかな。
「さて、もう外に出ても大丈夫です。この辺り一帯にいるドラゴンは駆逐されました。他のドラゴンも、わざわざ勝ち目のない相手に戦いを挑もうとは思いません。そこまで馬鹿ではありません。たぶん?」
おい、何故最後は疑問形なんだ?そこは断言して欲しいぞ。
「それよりも、お二人も外に出て鱗を剥ぐのを手伝ってください」
「お、おう」
「しょしょ、翔馬!」
馬車から出て、俺も皆が地道に倒したドラゴンから鱗を一枚一枚剥ぐという地味な作業を行っていた。フィアナは、死体であっても近づきたくないそうで、馬車から一歩の出ようとしなかった。
一見地味だが、これは非常に重要な作業である。何故重要なのかって、お金になるから。
ドラゴンの鱗は、トウラン武王国やナンゴウ海王国、トイース竜王国とキョウゴ和王国では騎士団や兵士の鎧の材料として利用されている。一体で百人分の鎧を作る事が出来、弾丸はもちろん鉄の剣の刃さえも通さない程の強度を誇っている。
俺のアイテムボックスにも、過去に倒したレッドドラゴンとブラックドラゴンの鱗が入っていたが、新しく補充した兵士の鎧様に全てトウラン国王陛下に献上した。王金貨二十枚で買い取ってくれたから、損はしていないのだけどなんだかちょっと寂しい気がする。持っていても使い道なんてなのに。
つまり、今目の前に転がっているドラゴンの死骸は全て宝の山という事なのだ。
その上鱗だけでなく、牙も爪も角も骨も、全て高値で取引がされているから、すべて回収すれば大儲けだ。
「これだけあれば、トウランだけじゃなくナンゴウの新たに補充した分の兵士の新しい鎧も作れる」
丁度、俺が渡した分の鱗では足りなかったみたいなので、これは本当に助かる。しかも、この量だと半分くらいでもトウランとナンゴウ、両国の新兵の鎧が作れる。
「案外、こっちに来て正解だったかも」
「はい」
ブラックドラゴンの鱗を剥がしながら、アリシアさんも俺の意見に同意してくれた。
「特に、アーマードラゴンの鱗は通常の倍の値段で取引されます。鱗を持たない地竜でも、表皮は防護服の材料にも使えます」
「そう言えば、俺が着ているこの服にはティラードラゴンの表皮が使われているんだったな」
俺が持っている青色の服には、あのティラードラゴンの表皮が青色の布に包まれるようにして入っているのだ。しかも、これで通気性や保温性が非常に良く、夏は涼しく冬は暖かいのだよな。しかも、色付きアイアン製の剣でもなかなか斬れず防御もかなり高い。
まぁ、人工的に生み出されたハイブリッドの表皮が使われているというのは引っかかるけど、非常に助かってる。
「それと、レッドドラゴンの角はトイースとキョウゴの王族が使用している兜の飾りにも使われます」
「へぇ、角にはそんな使い方が合ったんだな」
本当に、アリシアさんの豊富な知識には脱帽です。角は主に工芸品として利用されているのは知っていたが、まさか兜の飾りにも使われていたなんて。
「地竜の表皮は他にも革鎧にも利用さえていますし、骨は槍の穂や矢じりにも使われています。牙は、粉末にして鉄やマナダイトと混ぜ合わせて魔法銃を作る事が出来ます。カナデ様の荷電魔銃にも、粉末状にしたドラゴンの牙が使われています」
「それは流石に初耳だ」
てか、どうして見ただけで分かるの?これも鑑定のスキルのお陰なのか?
「それはそうと、もう少し狩って欲しいのですけど」
「ん?」
「何故ですか?」
これだけでも十分すぎるのに、緑の龍はそれでもまだ足りないというのだろうか?
「トイースとキョウゴに献上して、新しい鎧の製作に役立ててほしいのです。両国ともに、新兵の鎧の製作が追い付いていないのです」
「それは確かに困るな」
他の国も、新たに補充した兵士達の鎧や装備の製作にかなり時間が掛かっていて、その中でもドラゴンの素材はかなり広い範囲で使われている。
トイース竜王国とキョウゴ和王国の二国は、特にたくさんのドラゴンの素材を使用している。鎧や兜、槍や矢じりだけでなく、ガントレットやグリーヴ、剣の鞘や服に至るまで全てにドラゴンの素材が使われているそうだ。
「トイース竜王国は、凶暴なドラゴンに限り討伐が認められていますが、それでもその遺体を無下に扱う事は背信行為になると言われています。なので、その素材をありがたく使わせてもらおうという事で、その狩られたドラゴンへの哀悼と感謝の意を忘れないようにしているのです。その為トイースでは、装備や服や武器に至るまで全てにドラゴンの素材が使われているのです」
「流石はハーフエルフちゃん。すごい知識量ですね」
なるほど。凶暴なドラゴンであっても決して信仰の対象外という訳ではなく、その素材を使わせていただく事に深い感謝の意を込めて狩っているのだな。金になると思って鱗を剥いだ自分が恥ずかしい。
そのトイース竜王国と貿易を行っているキョウゴ和王国も、同じくらいドラゴンの素材が使われているそうだ。
「けれど、それを邪魔する大馬鹿者の妨害工作によってあまり進んでいないのです」
「誰だかわかるな」
言うまでも無く、過激な龍神教信者による妨害工策である。
連中にとってはドラゴンの素材を使う事は、神聖なる神の眷属たるドラゴンへの冒涜だ、何て事を言っているそうだ。その為、市場や鍛冶屋、更には王族御用達の職人や倉庫を襲撃して素材を奪い、埋葬だと言って何処かに埋めてしまっているのだ。
「ドラゴンの素材は、とても広い範囲で使用されている反面、土に埋めてしまうと七日で土に還ってしまいます。砂や泥を掛けられて、付着するくらいなら何ともありませんが、土に埋めてしまうとあっという間にボロボロになってしまいます」
「それは流石に私も知りませんでした。ハーフエルフのお嬢ちゃんってすごいですね」
ドラゴンの素材にも意外な弱点があったのだな。よくそんな事も知っていたな、アリシアさんは。緑の龍が感心しているぞ。
「その代り、素材を埋めた範囲の土にはたくさんの栄養が詰まるのです。それを利用して、うちでは使わないドラゴンの肉を土に埋めて、その土を畑に利用すると美味しい作物が育てています。エリエさんにそれを教えて実践させたら、想像以上に美味しい作物が取れたそうです」
「俺の知らぬ間にそんな事まで試していたのか」
しかも、その栄養豊富な作物の葉や茎を乾燥させて粉末状にして牛に与えていれば、その肉も美味しくなるときた。だからうちの牛肉は、高値で取引されているのか。
となると、素材を埋めた場所には不自然なくらいに木が大きく育っていたりして‥‥‥って、それは流石にないか。
「なので、早く何とかしないと魔王戦が遅れる可能性があります。それに、被害はそこで働いている人達にも及んでいますので、鎧や装備の新調が遅れるだけでは済みません」
「それに、ドラゴンの素材が使われている武器や装備まで奪うから全然進まないのです。青龍様もすごく怒っていました」
それはすごく迷惑な話だな。アリシアさんと緑の龍も、かなり迷惑そうにしているな。
しかも今は、亡者達が町の外を闊歩している状況でとても危険な状況下にある。龍神教の妨害に遭い、装備までも奪われ、更に亡者達が町の外にたくさんいる。最悪じゃないか。竜王陛下も、青龍も、かなり苦労しているだろうな。
青龍も何とかしたいだろうけど、地獄の亡者達や鬼の対処に追われていてそれどころではないそうだ。
「ソイツ等、今こんな事をしている場合じゃないって分かっているのか?」
「分かっていないと思います」
確かに、分かっていれば素材はともかく武器や装備まで奪おうとはしないよな。アリシアさんも、やれやれと一言呟きながら首を横に振った。
「ドラゴンの保護を訴えるのは別にかまわないし、すごく良い事だと思う。しかし、だからと言って人を襲う様なドラゴンまで保護するのは危険だと思わねぇのか」
人里に現れず、荒野で大人しくしているのであれば、凶暴なドラゴンでも狩ってはダメというのは納得する。だけど、人里を襲いに来るようなドラゴンまで保護する必要はないし、そもそも凶暴なドラゴンはほぼ全てが人里を襲いに来るから結局狩らないという選択肢は無いのだよな。
しかも、トイース竜王国は世界一多くのドラゴンが生息している国だから、定期的に狩らないと人が一人も住めなくなってしまうぞ。
ドラゴンというのは、狩られない限りはほぼ不死身と言っても良いのに、毎年卵を産んで子供を育てているのだ。なので、放っておくのは非常に危険なのである。ブルードラゴンやゴールドドラゴン、スカイドラゴンの様な温厚なドラゴンは百年に一度繁殖期を迎えるのに対して。
「これは、向こうに着いたらソイツ等の捕縛、もしくは掃討を頼まれるだろうな」
「ショーマさんだけでもそう言う確率が高いのに、そこへミホコさんまで加わっていますから、必ず依頼してくると思います」
やっぱりそうなりますか。後ろでは、アーマードラゴンの解体を行っていた美穂子がくしゃみをしていた。
「連中の制圧を円滑に進める為にも、あのブルードラゴンにはエンシェントに進化してもらわないといけません」
「あぁ、あんたが言っていた過激な手段を使って?」
正直言って、人間に変身したディアマドを突然龍に戻して正当性を示させるなんて、新手の脅しかよ。まぁ、口で言っても分からない連中には丁度良いかもしれないが。
そんな訳で俺は、早速警戒を行っていたディアマドを呼んだ。
『私をエンシェントに?』
「ええ。それにふさわしい資質を持っています。その代り、彼と契約した状態でエンシェントになるという事は、将来神となる彼の眷属となるのが決定となります」
『つまり、私も青龍様に続いてゴッドに進化する出来るという事ですか?』
二体目になるゴッドへの進化なのに、ディアマドは何だか嫌そうな顔をしていた。
「無理もありません。青龍様はゴッドになってから一度も地上に降りたことが無く、神界ですごく退屈にしているとデリウス様から聞きましたので」
「そりゃ嫌だよな」
もしかしてお前等、ゴッドになかなか進化できないのではなく、本当はゴッドに進化したくないだけじゃないの?
『分かりました。お願いします』
「うん」
緑の龍は元の姿に戻り、全身から緑色のオーラを発生させた。あれは神気だ。龍になると、神気を操る事が出来る様になるのか。
神気を纏った状態の緑の龍は、ディアマドの額に手を当てて神気を送り込んだ。
すると次の瞬間、ディアマドの身体が青色に光り出し徐々にその姿が変化していった。
胸にあったサファイアの様な物が身体に埋め込まれ、直後に額に浮かび上がった。胴が徐々に細長くなっていき、尻尾も倍以上長くなった。角も鹿の様に枝分かれしていき、長い鬣が顔と背中に生えてきた。その姿は完全に龍そのものとなり、大きさも以前の倍となった。大きさというより、長さ?
『すごい。身体から力が溢れ出してきます』
『最初はその感覚に苦労しますけど、二~三日で慣れて私の様に変身能力が使える様になります』
つまり、三日くらいは龍の姿のまま俺達と同行する事になるのか。その間、俺は馬車でフィアナのお守りをしなければいけないのか。
これでこの龍とはここで分かれるのかと思ったら、緑の龍が俺の方を見て言った。
『とはいえ、仕方がなかった事とはいえ、私はまだあなた様のお力を拝見できておりません。この荒野にいる間は無理だろうと思いますし、貴方様相手ではもはやドラゴンですら敵ではないでしょう。なので、王都に着きましたら、その手腕を拝見させていただきます』
「そうですか」
まだしばらく、このドラゴンと一緒に行動する事になりそうだ。
『一緒に行動していくうえで名前が無いのは不自由ですし、どうせなら名前を付けて頂けないでしょうか』
人間の姿に変身しながら、緑の龍は名前を付けてもらう事をお願いしてきた。
そうだな。緑色の長い髪に翠色の瞳、その上緑一色の服装。上から下まで緑づくしだな。
「とりあえず、緑子で」
「今適当に考えませんでした?」
「ソンナコトハアリマセン」
嘘です。肌の色以外は全身緑一色だったから、「緑子」でいいやと思いました。
「まぁいいです。では、先へ進みながらドラゴンを狩り、王都へ行きましょう。その代り、この国の決まりにのっとって感謝の気持ちを忘れないでください。ここ以外でしたら、金目的で狩るのは大いに構いません」
「‥‥‥はい」
邪な気持ちで素材を回収していたのがバレました。