20 サフィラ大鉱山
「ダンジョン?ですか」
「あぁ。ここから南西に十五キロ程離れたサフィラの大鉱山という所で見つかったのだよ」
翌朝、アリシアと一緒にギルドに向かうと、ギルド長のヤンシェさんから赤ランク以上の冒険者全員に招集がかかり、昨日カナデと決闘を行った裏の広場に集められた。どうやら、オリエから西にあるサフィラ大鉱山という所でダンジョンが見つかった様だ。
サフィラ大鉱山は、ここトウラン武王国でも有数の宝石と鉱石、鉄などが掘られる採掘場で、特にサファイアがよく採掘される場所として有名だ。
そこで最近魔物が頻繁に洗われるようになり、最初はここにまで来たのだなという認識だった。だが、昨夜採掘場の洞窟の奥にダンジョンの入り口が見つかったと言うので、急遽オリエにいる赤ランク以上の冒険者とそのパーティーメンバー全員に声がかかったのだ。
「さっきも言った通り、今回皆に集まってもらったのは新たに発見されたダンジョンの探索に行ってもらいたい。そこに生息しているモンスターの強さも未知数である為、赤ランク以上の君等にお願いしたい。無論、倒したモンスターの魔石はギルドで買い取らせてもらうし、ダンジョン内で見つかった宝石も宝石商がすべて買い取るそうだ」
魔物の魔石も、ダンジョン内で見つかった宝石も換金出来る。そんな美味しい話に集まった冒険者達は、歓喜の奇声を上げていた。
だけど俺は、ダンジョンに入るのが初めてな為少々緊張していた。不安に思った俺は、出発前に念波でアリシアさんに聞いた。そんな日に限ってデリウスは、外せない用事があると言う事で今日一日は念波を送れないそうだ。神様も大変だねぇ。
(この世界のダンジョンって、いったいどういうもんなんですか?)
(ダンジョンというのは、最下層の大広間にあるダンジョンコアと呼ばれるものが、直径一メートル以上に成長する事で発生する大迷宮です。ダンジョンコアの発生条件も、何故大迷宮を作るのかはまだ分かっていませんが、より多くの人を誘い込んで、そこで散った人達を食らい自らを大きく成長させるのが目的ではないかと言われています)
(つまり、ダンジョンコアが自らを大きくさせる為に作っていると言うのですか?)
(そう言われています。その証拠に、ダンジョン内に居るモンスターは全て普通の魔物よりも強いそうです)
(厄介だな)
(はい。また、何の目的でコアが自らを大きくしようとしているのかは、まだ分かっていないのです)
要は、ダンジョンその物が謎に包まれていて、何の目的で発生しているのかも分かっていないのだな。
そりゃ、赤ランク以上じゃないと危なくて人を送り込めないよな。青以下が行って死んでしまって、それによってダンジョンを大きくさせては本末転倒。もちろん、赤以上が入っても死者が出てしまうらしいから、相当危険な場所と言う事になる。
「では各自装備を揃えて、二時間後に西門の前に集まって欲しい。では、解散」
その一声で、集まった冒険者達は一斉に広場を後にし、装備の調整、若しくは買いに向かっていった。
「俺達も、何か武器を買った方が良いかな?」
「そうですね。ダンジョンと言いましたが、通路は物凄く広くて、ショーマさんのハバキリも十分に使えると思います。でも、すべての通路がそうという訳でもありませんので、一応狭い場所でも使える武器はあった方が良いと思います」
「分かった。じゃあ、短剣や槍があったら便利だな」
「それに、覚えたての魔法の試し打ちをするには打って付けですね」
「そうだな‥‥‥」
そんな話をしながらギルドを出ようとしていると、出入り口付近で腰に拳を当てながら、勇ましく仁王立ちをしているカナデの姿があった。
(おそらく、誰か自分をパーティーに入れろと言うアピールだと思います)
(だと思いますと言うか、ポーズから完全にそう言っていると思いますよ。あの我儘娘に参るな)
未だにここに居ると言う事は、誰もカナデもパーティーに入れるつもりがなかったと言う事だな。ま、オリエの町では誰もが知っている史上最弱の冒険者として有名だ。そんな奴をわざわざパーティーに入れようというバカなんている訳がない。
(どういたしますか?ショーマさん)
(放っておこう。いたって足手まといになるだけだし、第一カナデはまだ黒ランクです。俺だって完璧に守り切ることなんて出来ませんし、戦いながらそこまで気を回す事なんて絶対に無理です)
これまで魔物討伐を成功させた事がないのに、通常の魔物よりも強いダンジョンのモンスターと戦うなんて、例え天と地がひっくり返ろうとも出来る訳がない。
という訳で、カナデをスルーして必要な武器を購入しに行こうとした時、不意にガシッと腕を掴まれた。言うまでもなく、カナデであった。その表情は、奥歯を噛み締めているが、目尻には涙を浮かべていて今にも泣きだしそうなのを必死で我慢している感じであった。
「待ちなさいよ!何あんたまであたしを無視しようとしてんのよ!」
「いかにも連れてってオーラ全開で仁王立ちされりゃ、誰だって無視するって」
「何でよ!あたしが付いてって上げようとしてんのに、それを無視するなんてあり得ない!そんなにあたしが居たら迷惑なの!」
「「うん」」
アリシアさんと息ピッタリに即答した。というかコイツ、自分の実力を分かっていなさすぎだ。
俺だけじゃなく、アリシアさんにも振られた事で、カナデの全身が真っ白になって呆然と立ち尽くした。ただの屍となっていた。まさかアリシアさんにまで振られるとは、思ってもいなかったのだろう。
「分かったら今日は大人しくしてろ」
あまりこんな所でジッとしていられない為、強引にカナデを振り解こうと腕を振るが、カナデは一向に俺の腕を離そうとしない。
「おい!」
「そんなこと言わないで連れてってよ!今月もうピンチなの!ダンジョン探索の間は他の依頼が全く入って来ないからその間ずっと無収入なの!だから何としてもダンジョンに潜って稼がないといけないの!だからお願いあたしも連れてって!」
「要は、金が無いから協力させて欲しいって事か?」
力一杯ブンブンと首を縦に振ったと言う事は、コイツ本当に今無一文なのだろう。何でも、昨日貰った報酬は銅貨五十枚程度で、宿代と食事代で全部飛んで行ってしまったのだという。
「だったら金貨二枚やる。それでいいだろ」
「良くない!金貨二枚なんて返せるわけがないでしょう!」
「返さなくていいからどっか行け」
「いやいやいや!だから、あたしも連れてってよ!」
「往生際悪いな!」
「もう何処のパーティーも拾ってくれないのよ!だからあんたにお願いしてんのよ!荷物運びでも、魔石の採取でも何でもするからあたしを捨てないで!」
「人聞きが悪いこと言うな!そもそもお前、パーティーメンバーでも何でもねぇだろ!」
「何なら、夜のお相手も致します!」
「要らねぇし聞いてねぇ!」
最後の発言はもはや本来の目的を見失いつつある。どんだけ必死なんだ!
「あのショーマさん。もう連れて行ってはどうですか」
「おい!」
必死で抵抗している中、アリシアさんからまさかの一言が飛んできた。
「そりゃ、私も本音を言えば反対なのですが・・・・・・」
そう言ってアリシアさんは、周りに視線を送った。俺も釣られて周囲に視線を送ると、近くを通りかかったおばさま方が俺に冷ややかな視線を送っていた。
この状況から察するに、俺が女の子を弄んだ挙句捨てようとしている様に見えたのだろう。実に腹立たしい事だ。しかも、その原因を作っているバカ娘にはそんな自覚もないし。
「全く、お前はそんなに早く死にたいのか?」
状況を理解してもらう為に、俺はあえて大きな声で言った。
「何であたしが死ぬ前提なの!?」
「当然だろ。俺達はこれから新しく見つかったダンジョンを探索に行くんだぞ。お前みたいな役立たずの最弱冒険者を入れて死なせるわけにはいかねんだよ」
ダンジョンという言葉を聞いた事で、先程までこちらに冷ややかな視線を送っていたおばさま方もようやく本当の状況を理解した。冒険者でなくても、ダンジョンの危険性を理解している様だ。
「それでも行きたいの!」
「聞き分けが悪いな!ダンジョンはお前が思っているよりもかなり危険なんだぞ!お前の我儘のせいで何人の冒険者を死なせる気か!」
「ショーマさん」
「後先考えずにダンジョンに潜って、お前自身も今までの様に逃げ切れるわけないし、負けたら待っているのは死だぞ!」
カナデの我儘にとうとうキレてしまった俺の口調は、次第に荒々しくなった。アリシアの制止も聞かずに。
「分かってる!自分が弱い事くらい分かってるわよ!」
怒った俺の圧力にたまらず瞳から大粒の涙を流し、足もガクガクと震え、声も精一杯大きく出しているがとても弱々しかった。それでも、カナデは喋るのを止めなかった。
「認めるのが怖かった。お兄ちゃんみたいに剣術に優れている訳でもないし、お兄ちゃんからも剣ではなく魔法を極めた方が良いって進められた。でも、それを認めてしまうと今までの自分の頑張りが水の泡になってしまう気がして、意地を張ってお兄ちゃんにも噛み付いちゃって。全部あたしの我儘だって分かっていても嫌だった。弱い自分を認めるのが嫌だったから」
「ガキだな、本当に」
「分かってるわよ。分かっていたけど、認めたくなかった。魔物に全敗してたのだって、ただ運が悪かっただけだと思うようにして現実逃避をしていた。こんなの本当のあたしじゃない。本当のあたしはもっと強いんだって、勝手に自己暗示するようにしてた」
「そんなんで本当に強くなれると思ってたのか?」
俺の厳しい問いに、カナデはゆっくり首を横に振った。
「自分の我儘のせいで、一体どれだけの人に迷惑をかけてきたと思ってんだ。そしてそれはお前の兄、ユズルに対してもそうだ。ユズルはいつも、お前の事を思っていたのに、お前はただただガキの様に駄々をこね、我儘を言ってユズルの厚意を踏みにじった。分かっているのか」
「わがっでる・・・・・・ほんどうはわがっでだ・・・・・・でも、ずっど、ごわがっだがら・・・・・・」
兄であるユズルを除いて、今までこんな風に叱られたことがなかったのだろう、カナデの瞳からは涙が止まる事無く零れ落ちた。今までは無視されるか、やんわりと注意されるくらいで済んだせいで自分の我儘を改める機会が無かったのだろう。
だけど、涙を堪え切れないくらいに自分の行いを悔いた事で、この子は本当の意味で強くなれる。自分の弱さと向き合い、過ちに気付き、反省する事で本当の意味で進歩できる。ようやくカナデは、自分の殻を突き破る事が出来たのだ。
「もう相手を見下すような事は言わないか?」
「うん・・・・・・」
「もう自分の力を過大評価しないか?」
「うん・・・・・・」
どうやら、もう大丈夫の様だ。アリシアさんの言う通り、根はとても真っ直ぐで良い子の様だし、これならもう問題ないだろう。
「だったら付いて来い。丁度これから武器を買いに行くつもりだったし」
「え?」
「ショーマさん。もしかして、カナデ様も連れて行かれるのですか?」
アリシアさんは少し驚いていたが、涙でくしゃくしゃになったカナデの顔を見てすぐに気付いて、それ以上は何も言わなかった。確かにまだ泣いてはいるが、その眼は今までの様な驕りは無くなっていた。今のカナデなら、俺達の足を引っ張らないだろうと思ったから。
「そこまで反省したのなら、連れて行ってやらないでもない。ただし、こちらの指示に従ってもらうからな」
「分かった」
涙を拭って、昨日の彼女には見られなかった強い意志が瞳に宿っていた。
そんなカナデも連れて、俺とアリシアさんは昨日訪れた武器屋に訪れた。そこで新たに槍と脇差、更に金貨百枚もするあの魔法銃も購入して店を出た。
「まずカナデ、お前はこれを使え」
先程購入した紫色の魔法銃をカナデに渡した。
「いいの?だってこれ、金貨百枚なんでしょ」
「良いんだ。そもそもお前の剣の腕は絶望的で、伸びも期待できない」
「うぅ・・・・・・」
「確かに、昨日のあれはとても酷かったですよね」
流石のアリシアさんも、フォローの言葉が浮かび上がってこなかったようだった。
「だったらいっそのこと、狙撃手にジョブチェンジだ。お前には、レベル不相応のとんでもねぇバカ魔力を持っているからな、こっちの方が向いている」
「何であたしのMP値をあんたが知ってんの?」
「さぁな」
今はまだ、カナデとパートナーの誓いを結ぶわけにはいかない。誓いを結ぶには、俺はまだコイツの事を知らなすぎる。そういう意味では、今回のダンジョン探索は打って付けなのかもしれない。
「アリシアさんも、カナデのフォローをお願いします」
「分かりました」
購入した武器をアイテムボックスに入れて、昨日買ったミスリルの鎧を装備し、二人を連れて西の門へと向かった。
集合時間までまだ一時間以上あるのに、既に多くの赤ランク以上の冒険者とそのパーティーメンバーが、各々武器を手に集まっていた。そりゃ、今までにないくらいの一攫千金のチャンスなのだから、今まで以上に気合も入るか。
それから僅か十分後に全員集まり、ヤンシェさんを筆頭に予定よりも早くサフィラ大鉱山へ向かう為に馬車へ乗り込んだ。
その間、カナデはアリシアから魔法銃の使い方を教わっていた。
「・・・・・・ふぅ」
馬車に乗ってから、周りの冒険者から冷ややかな眼差しと、同情の眼差しの両方を受けていた。前者からは、「何であんな雑魚を連れて来るんだ」という憤りが感じられた。後者からは、「気の毒だな」という可哀想な物を見るような感情があった。
だけど、それ以上に気になるものがあった。
(アリシアさん。ちょっといいかな)
(ショーマさん?はい、こちらもレクチャーを終えたばかりですし、カナデ様も緊張されているのか、ずっと黙っていますなで大丈夫です)
(そうですか)
自惚れが無くなったからか、危険なダンジョンへ行く事に対する緊張でガチガチになっているのだろう。
(それはそうと、さっきから場所の奥の方でボロボロの布切れを着た、首輪をした人達が気になって)
(首輪をつけた人達ですか?)
(あぁ)
さっきから気になっていたのは、見た目は普通の人間と全く同じだけど、犬やら猫の耳と尻尾を生やしていた女の子達が居た。ステータスで確認したら、それぞれ犬と猫の獣人である事が分かった。
でも、身に着けているのボロボロの布切れを縫い合わせているもので、耳や尻尾以上に気になったが鈍色の首輪であった。
(彼女達は奴隷です)
(奴隷?)
(はい。パーティーを組まれる冒険者の大半が、奴隷を買ってパーティーの戦力強化に役立てようとします)
(あれが・・・・・・)
デリウスからも、パーティーを組むのなら奴隷を入れた方がお勧めだと言っていたが、彼女達がそうなのか。
(ですが、奴隷の大半が不当な扱いを受けておりまして、心無い冒険者にとっては都合の良い道具のように扱う人が多いのです)
(じゃあ、あの子達も?)
(おそらく。ちゃんとした戦力として入れているのでしたら、奴隷服のまま放置は致しません)
(つまり、あの子達は捨て駒や魔物達の囮として買われてしまったのだな。反吐が出る)
奴隷を持つすべての人がそうだとは言わないが、あぁいうのを見ると無性に腹が立つ。人の命を何だと思ってんだ。
赤以上となれば、金貨十枚をポンと出せるかもしれないが、そんな目的のために奴隷を買うなんて神経が知れない。
(確かに、そういう人達には私も憤りを感じます。しかも、依頼を終えて帰ってくる事にはその奴隷達がいなかったなんて言うのはザラにありました)
(今回も、それが目的なのだろう)
そんな冒険者に憤慨していると、馬車は目的のサフィラ大鉱山に到着した様だ。着くとすぐに、多くの冒険者達が嬉々として馬車から降りた。緊張感を持って今回のダンジョン攻略に挑む冒険者は、重い足取りで馬車から降りて行った。
「全く。アイツ等本当に大丈夫なのか?金に目が眩み過ぎだろ」
不安を抱きながらも、俺はアリシアさんとカナデを率いて最後に馬車から降りた。そこは、草一つ生えていない荒れ地で、前回オリハルコンゴーレムを退治した荒野と違う所は、人工的に掘られた洞窟が幾つも存在していた。
「ここが・・・・・・」
「はい。ここがサフィラ大鉱山です。元は石炭を掘る為の場所だったのですが、たくさんの宝石や鉄が発
掘された事で宝石採掘が目的の鉱山へと変わってしまった所です」
「ん‥‥‥」
北の荒野と違い、とても禍々しいオーラというか、ドス黒い感じが漂っていてとても宝石を採掘する様な所とは思えなかった。
「冒険者諸君。ダンジョンが見つかった洞窟はこっちだ」
ヤンシェの先導で、俺達は他のどの洞窟よりも大きな洞窟へと入って行った。ヤンシェさんは、洞窟の入り口前で皆の帰りを待っていた。ギルド長として、一緒に行く訳にも行かないらしい。