198 サンクチュアリ発動
その頃
「おかしい!ここも破壊されている!」
単身スワガロ大陸に渡り、無事な石碑が幾つ残っているのかを調査していたヴァルケリーは、訪れた所全ての石碑が全て破壊されていることに驚愕していた。
「これは一体どういう事!?翔馬達が守った石碑まで破壊されているなんて、こんなのおかしい!」
石碑の監視だけでなく、黒騎士達の動向まで探っていたヴァルケリー。その黒騎士の中に、魔王側に下ったシルフィーアも含まれていた。
それなのに、未然に防ぐ事が出来なかった。
現在この世界に関わっている神の中で、ヴァルケリーの目を欺いて行動を起こす事が出来る神は一人もいない筈。そもそも、そんな事が出来る神なんて限られている。その中で、この世界を滅ぼそうと企んでいる神なんて‥‥‥。
「いた。でもアイツが何故?それ以前に、一体何時から魔王側に下っていたの?‥‥‥!?」
考えるヴァルケリーの足元が突然光り出したので、ヴァルケリーはとっさに転移魔法でシンテイ大陸の山奥へと避難した。大丈夫だと分かってはいるが、防衛反応として転移魔法を使った。
「いや、アイツの事だ。あの方が魔王になったその時に軍門に下っていてもおかしくない」
シルフィーア、ソルエルティ、ゾーア、キルラエル、エンゲア、よくよく考えるとこの五人には明確な共通点が存在していた。そして、似たような感情を持っている神は他にも百十七人いた。
でも、それだったらカリンヴィーラが含まれないのはおかしい。そもそもサンクチュアリを発動して、一体何をしようというのだ?
サンクチュアリとは、天界、冥界、人間界の三つの世界を繋げる極大魔法であるのだが、そんな事をしても上級神や世界神様の八人の眷属に取り押さえられるだけ。結局は自分が不利になる。
「‥‥‥あ!?そうか!あの超反則技を使えば、世界神様と言えども手が出せない程力を増す!じゃあ、サンクチュアリを発動させる目的って!」
同時に、アイツのこれまでの行動も、カリンヴィーラを勧誘せずに泳がせた理由に説明がつく。
「早くこの事を翔馬に伝えないと!」
「魔王が強力になって復活してしまう!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
静かに息を引き取ったミユキを寝かせ、血で真っ赤になっていた顔を綺麗にしてあげた。
ミユキは、命を懸けてカリンヴィーラを殺そうとしたのに。
「あっ‥‥‥はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥おのれ、卑しい虫けらの分際で‥‥‥!」
なのに何で、お前はまだ生きているんだ!
それが我慢ならない俺は、虎鉄を抜いて苦しそうに倒れているカリンヴィーラへと近づき、その首を踏みつけた。
「ガハッ!何をするですか!アナタは今、偉大なる女神をその汚い足で踏みつけているのですよ!」
「知らん。貴様を女神だと思った事なんて一度もない」
虎鉄の切っ先を、仰向けに倒れているカリンヴィーラの胸に突き立て、自身の中にある神力を解放した。虎鉄にも神気を纏わせて。
「やめなさい!勇者が神を殺す事は許されませんわ!」
《残念だけど、ハーディーン様からも許可が下りたわ。まだ分からないの、年貢の納め時なのよ。悪神・カリンヴィーラ》
「冗談ではありませんわ!わたくしには、地上に生きる下等生物共を弄ぶ権利があるのですわ!だから、その邪魔をするアナタが背信者なのですわ!何故それが分からないのですか!」
「死の呪いを受けている割には元気じゃねぇか」
というか、これ以上喋るな。貴様の声は、耳に入れるだけで汚らわしい。
そもそもお前は、何万年もの間多くの人の命を弄び、その人生を滅茶苦茶にして踏みにじった。それなのに、自分だけはそれが許されるとでも思っているのだろうか。
何処までも醜く、何処までも汚くて、何処までも卑劣で、何処までも自分勝手なお前に神を名乗る資格は無い。
「皆さん!どうか助けてくださいませ!」
追い詰められたカリンヴィーラは、ミユキを囲んでその最後に涙を流しているアリシアさん達に助けを求めた。しかし、誰一人としてカリンヴィーラの言葉に耳を貸す人はおらず、フィアナとユズルと水島の三人は鋭い目付きでカリンヴィーラを睨み付けた。
「誰が貴様なんかを助けるか」
「今度は自分の番だと思って諦めろ」
「地獄の業火で、永遠の苦しみを味わえ」
助けるどころか、そんな言葉を投げかけられたカリンヴィーラは、絶望に満ちた顔で俺にまで命乞いをしてきた。
「やめてください!お願いします!わたくしはこんな所で死ぬ訳にはいかないのです!どうかお助けを!」
「お前なんか助ける訳がないだろ」
「死ね。悪魔」
最後の命乞いも虚しく、俺の虎鉄はカリンヴィーラの心臓を突き刺し、完全に息の根を止めた。
虎鉄を引き抜いた瞬間、カリンヴィーラの胸から白い靄が勢いよく噴き出し、やがてその姿を保つ事が出来ず十秒後には完全にこの世から消滅していった。
こうして、人を玩具の様に弄び、私欲を満たす為だけに力を使った悪神・カリンヴィーラは、完全にこの世から消滅した。
呆気ない最後に虚しさを感じながら、虎鉄を鞘に納めて皆の所へと戻った。
「はは。カリンヴィーラらしい無様な最期ですね」
「不満があるとしたら、折角召喚させた使い魔が無駄になったという事かしら」
「ま、あんな最底辺な女神なんて、いなくても変わらん」
「なっ!?」
「あっ!」
「え!?」
「う!」
突然後ろから三人の女性に声をかけられ、俺とフィアナと美穂子とユズルは、反射的に刀と剣を抜いて声のする方を向いた。
一人は、両手に鉄扇を持った真っ黒い和服を着た黒髪ロングの女性。
二人目は、長い槍を持った西洋の騎士を思わせる黒い服と軽装の鎧を身に着けた、白髪ショートの女性。
そして三人目は、黒色のチャイナ服を着ていたがこの女とは以前会った事があった。そう、ナンゴウ海王国の山奥で盗賊退治をしていた時に。
「シルフィーア!」
「貴様!」
俺とフィアナは、チャイナ服を着て両腰に柳葉刀を提げたシルフィーアを睨み付けた。
「これは久しぶり、勇者・翔馬とフィアナ。そういえば、貴様等はこの二人は初めてだったね」
シルフィーアに促され、槍と鉄扇を持った女性がそれぞれ自己紹介をした。
「お初にお目にかかる、になるかな?槍の女神にして魔族四天王が一人、ソルエルティ」
「同じく、扇の女神にして魔族四天王の一人、ゾーアと申します。以後お見知りおきを」
簡素に済ませるソルエルティと、優雅に挨拶をするゾーア。ヴァルケリーから、この二人も魔王の軍門に下った事は聞いていたが、まさか魔族四天王になっていたなんて思ってもみなかったぞ。
「最初に言っておくが、貴様等が倒した魔族四天王は『自称』であって、私達はあいつ等を四天王とは認めていない」
「ほおぉ」
つまり、バルデルモもブルエももう一人名前を忘れたがユズルが倒したアイツも、自分が他の魔族よりも優れていた事を鼻に掛けていたから、自分で魔族四天王と名乗っていただけなのか。
「だけど、カリンヴィーラの今回の暴走は私達も予想外だったし、まさか神器があんな雑魚魔物の苗床に使われてしまうなんて思ってもみなかったけど」
「けど、それに匹敵する武器はありましたので、問題はありませんでした」
忌々しそうに、さっきまでカリンヴィーラが倒れていた場所を睨み付けて、恨みがましくソルエルティとゾーアが言った。
「つまり、カリンヴィーラはアンタ達の行動を目立たなくさせる為の、カモフラージュとして利用していたという訳か」
「また唐突に現れて」
気付いたら目の前に現れたヴァルケリーに、俺達は若干呆れてはいたがもう驚いたりはしない。
「翔馬、すまない。私としたことが、してやられたわ」
「どういう事だ?」
「石碑が全部破壊されて、サンクチュアリが発動しようとしていたの」
『ええっ!?』
俺だけでなく、全員が声を逸れ得て驚愕した。
《どういう事よ!彼等が守り抜いた石碑までも破壊されたというの!》
《デリウスさん、落ち着いてください》
《わし等の目を盗んで破壊するなんて、一体何者だぜよ》
デリウスとイリューシャとホリエンスも、これにはかなり驚愕していた。確かに、俺達が守った石碑までも破壊されるなんて、納得できるわけがなかった。
「アイツ等も言っていたでしょ。魔族四天王と」
「ああ」
「で、今私達の目の前にいるアイツ等は何人?」
「三人だけど、あ!?」
ヴァルケリーからそこまで聞いて、俺達はすぐに気付いた。
バルデルモ達みたいな自称ではなく、本物の四天王が堕天した神々の中でもトップクラスの四人が本物の四天王になっている。
でも、今この場にいる四天王は三人。つまり、もう一人が残りの石碑を破壊して回っていったのだ。それも、ヴァルケリーの目を盗む事が出来る程の力の強い奴が。
「同盟軍もこっちに来ているみたいだし。全員まとめて、クフォト王国へと転移させる」
「ちょっと待て!スワガロ大陸ではなく、何故クフォト王国に?」
サンクチュアリはスワガロ大陸で発動されようとしているのだ。それなのに、何故全く違うシンテイ大陸、それもクフォト王国なんかに行かないといけないのだ?
「その答えは向こうに着いたら答える」
「おい!」
俺達の意志を無視して、ヴァルケリーは俺達全員を一気にクフォト王国へと転移させた。
「私達も行くぞ」
「ええ」
「ようやくこの時が来たのですね」
景色が一気にイースティアの王都から、クフォト王国の王都の前に変わっていた。
「一体何が起こったんだ」
「突然景色が変わりました」
「まるで最初からここにいたみたいですわ!」
「これが、転移?」
初めて転移魔法を経験した水島とエフィア、美穂子とユズルは混乱した様子で周りをキョロキョロと見渡していた。そしてそれは、すぐ後ろにいた同盟軍と、他の金ランク冒険者も同じであった。
「あの、少し窺ってもよろしいでしょうか?何故クフォト王国なのですか?」
「わたしも思いました。何故なのですか?」
アリシアさんとメリーは、ヴァルケリーに近づいてクフォト王国に転移させた理由を聞いてきた。カナデとフィアナも気になったみたいで、二人もヴァルケリーに近づいてきた。
「サンクチュアリは三界を繋げる極大魔法」
「それは以前、アリシアさんから聞いた事がある」
石碑には、スワガロ大陸を守護している六人の神の力を高めるだけでなく、サンクチュアリ発動を封じる役目もあると。
「三界に繋がるゲートはスワガロ大陸、その真ん中にあるカナンマ王国だけではなかったんだ」
「どういう事だ?」
益々訳が分からなくなり、俺は思わずヴァルケリーの肩を掴んだ。
《シンテイ大陸は今夏、日照時間が長い季節‥‥‥‥‥‥あ!?そうか!だからクフォト王国だったんだ!》
「デリウスまで納得して、一体何が分かったって言うんだ!」
もはや何が言いたいのか分からない。サンクチュアリを発動したからクフォト王国に魔王が現れる。何の繋がりがない。全く訳が分からない。
「はっ!分かりました!」
あんな説明だけで理解出来たアリシアさんが俺達の前に出て、クフォト王国の王都をジッと眺めた。
「シンテイ大陸とスワガロ大陸は、それぞれ表と裏の関係だったんですね!」
「どういう事だ!?」
「地図では分からないですが、シンテイ大陸とスワガロ大陸は、この星からしたら互いに丁度裏側に位置しているのです」
「反対側っという事は、ここをずっと掘り進んでいくとハルブヴィーゲの中心を通ってスワガロ大陸に到達するって事なの?」
「はい」
それはつまり、地球で言うところの日本とブラジルと似たような位置関係にあるという事なのだろうか?確かに、シンテイ大陸から南東に進むとスワガロ大陸があるから、反対側に位置しているのも納得だ。
けれど、それとサンクチュアリが一体どう関係しているというのだ?シンテイ大陸の丁度裏側にスワガロ大陸があるのは分かったが、それがイコールサンクチュアリの発動や、魔王の出現と関係しているとは思えない。
「天界と冥界、つまり神界と地獄を繋ぐゲートは二つ存在していて、サンクチュアリはその二つのゲートのカギに過ぎなかったのです。それぞれ、スワガロ大陸からは地獄の、シンテイ大陸からは神界とゲートが繋がってしまうのです」
「そうですか!シンテイ大陸の中心と、スワガロ大陸の中心は、線で一直線に繋がっていますから、互いにそれぞれ天界と冥界で分かれてゲートが開かれるのですね!」
「「「っ!?」」」
そこまで説明された、流石の俺でも理解できた。
三界を繋げるゲートは二つ存在していて、一つはスワガロ大陸に、もう一つはスワガロ大陸とは反対方向にあるシンテイ大陸にあった。この星の中心を通って。
《ただし、鍵となるサンクチュアリはスワガロ大陸にしかなく、それさえ封じていれば、あとは上級神様だけでも大丈夫なの》
《シンテイ大陸には、上級神様の力が宿っていますから。四人の上級神様だけでも、反対側のゲートを封印する事が出来るのです》
《じゃけどそれは、スワガロの封印がきちんとされちょるから出来ることであって、それが解かれると上級神様の封印も効かなくなるぜよ》
《しかもそのゲートは、季節によって開く世界が変わり、夏だと神界の、冬だと地獄のゲートが開く事になっているの》
じゃあ、サンクチュアリが発動してしまった事で上級神達が施した封印も解け、もう一つのゲートも開かれようとしているのか。
シンテイ大陸は確か今夏だから、ここでは今神界のゲートが開かれようとしているのか。
「デリウス達を責めないで。私もついさっき知った事だし、そもそもあの四人上級神が詳しく話してくれるとも思えないから」
「ちょっと待ってください。さっきから気になっていた事がありますが」
ようやく状況が飲み込めた美穂子が、ヴァルケリーに近づいて聞いてきた。
「あなた方は先程、四人の上級神様とおっしゃいましたね」
「ええ」
「上級神様って、確か五人いらっしゃる筈では?」
「っ!?」
「そういえばそうだ」
五人いる筈の上級神の中で、サンクチュアリの封印に関わっているのは四人だけであった。ではもう一人は関わっていないという事なのか。
「‥‥‥それ‥‥‥」
小声でしまったと呟いた後、ヴァルケリーはあからさまに目を泳がせた。デリウスといい、ヴァルケリーいい、一体何を隠しているというのだ。
「その答えは俺が説明しようではないか」
「「「「「「っ!?」」」」」」
「「「なに?」」」
聞いた事のない男性の声を聴き、俺達は警戒しながら声のする方を向いた。
そこには、真っ黒い軍服に似た服を着た長い金髪をポニーテールに結んだ二枚目の男性が立っていた。腰には、金と黒のツートンの剣が提げられていた。
その男性を見た瞬間、ヴァルケリーが剣を抜いて男性を睨み付けた。
「お前が魔王側に就いていたなんて思ってもみなかったよ」
「勝利の神・アルベール」
「アルベール、だと!」
「人間ごときが俺の名を呼ぶな。汚らわしい」
アルベールと言えば、勝利を司る神であり、下級神の中でもヴァルケリーに並ぶ程位が高い神。その反面、大の人間嫌いだと聞いている。
そのアルベールが今、地上に降りて俺達の前に立っていた。しかも、上から下まで黒一色の服装をしているという事は、アルベールも堕天しているな。
「大陸神・ガリアーナ様は、後から上級神の仲間入りを果たした新参者の上級神」
ヴァルケリーの牽制を無視して、アルベールが淡々と説明した。
「しかし、自己保身の塊である四人の先輩上級神様はガリアーナ様にろくな教育もせず、流されるがままクフォト王国の主神に任命された」
そういえばガリアーナは、クフォト王国建国と同時に上級神に就任したと聞いた事がある。
「何度も教えを請いたが、上級神共は全く教えようとはせず、連中への不満と怒りを抱えたまま何千年も過ごす事になった」
何とも酷い話だ。その原因が、四人が最も敬愛していたリーダー、ショウランを失った事による喪失感によるものらしいが、言い方が悪いがガリアーナにとってはそんな事はどうでも良い事であった。
「その上、主神として見守らなくてはいけなくなったクフォト王国がこれまた最悪でな。ガリアーナ様を祀る事無く、それどころか蔑ろに扱ってきた。そしてあろうことか、ガリアーナ様を祀る祠を壊し、その上にあんな王城を立てた!」
説明していくうちにアルベールがヒステリー状態になり、物凄い剣幕で俺達を睨み付けた。
「ガリアーナ様やその恩恵を蔑ろにし、汚し、侮辱し続けた時の王は自分こそがこの世の支配者であり神だとほざいた!そんな王の身勝手にガリアーナ様は怒り狂い、人間どもを憎むようになり神々しかった神力を黒く染め上げた!」
「黒く染め上げたって、まさか!」
「そうだ!」
その直後、クフォトの王都・ジュラノ全体を赤色の光の柱が包み込み、その中から一人の女性が出てきた。服やマントだけでなく、髪と瞳も真っ黒に染まったその女性は、アルベールの後ろへ静かに着地した。
そして、生気が感じられない虚ろな目で真っ直ぐこちらを見ていた。
「冗談じゃねぇぞ!魔王の正体って、まさか!」
「紹介しよう。我等が主であり、この世界に住むすべての生き物を滅ぼす魔王、大陸神・ガリアーナ様だ!」
アルベールの紹介に、俺だけじゃなく全員が驚愕のあまり言葉を失った。
魔王の正体は、人間を恨み過ぎるあまり堕天してしまった上級神の一人、大陸神・ガリアーナだった。