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196 鬼の魔物

 鬼型の巨大な魔物に挑んでいるのは、最強の金ランク冒険者のユズルと、勇者の一人の水島隆文とその奴隷であり剣のエフィアで挑んでいた。

 鬼の魔物の身長は、目測でおよそ十五メートルもあり、全身が血の様に真っ赤な身体をしており、ゴルディオにも匹敵する程の筋骨隆々な体格をしていた。そして、額には二本の大きな角が生えていて、下顎の犬歯が突き出るくらいに長かった。


「とりあえず、まずはこれを使ってみるか」


 最初に攻撃を仕掛けようとしたのはユズルで、左手を前に出して魔力で大きな雷の玉を生成した。


「『サンダーショット』」


 手始めにユズルは、初級魔法の「サンダーショット」を放ってみた。鬼の魔物は、直径1メートル以上の雷の大玉を食らってもダメージを受ける事無く、それどころか攻撃された事すら分かっていない様子であった。


「ま、そりゃそうか」


 ユズルも今の攻撃でダメージを与えられるとは思っておらず、鬼の魔物の防御力がどの程度なのか計る為に放ったものであった。

 先程の攻撃では、ダメージどころか掠り傷すら与える事が出来なかったようだ。


「小手調べは済んだか?」

「ああ。カリンヴィーラは最高傑作なんてほざいていたが、こんなの楽勝だ」


 何を根拠に言っているのか分からないが、ユズルはあの鬼の魔物に対して何かしらの勝機を見つけたみたいであった。


「じゃ、そろそろ本番といくか」


 翔馬から貰った刀の聖武器を抜いて、ユズルは水島とエフィアと共に前に出た。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 悲鳴にも似た声を上げて、鬼の魔物は拳を大きく振り上げてきた。否、本当に悲鳴なのかもしれない。勇者として異世界に召喚されたのに、身勝手な理由で殺された上に、こんな醜い化け物へと姿を変えられてしまった本平の悲痛な叫びなのかもしれない。少なくとも、三人にはそう聞こえた。


「させない!」


 水島は盾を構えて前に出て、鬼の攻撃を受け止めた。その隙にユズルとエフィアが、それぞれ刀と剣で鬼の魔物の腕に攻撃をした。

 しかし、いくら攻撃しても傷一つ付けることが出来ず、それどころか攻撃する度に金属同士がぶつかり合う様な甲高い音が鳴った。


「まるで鋼鉄です」

「関係ない」


 効かぬと分かると、ユズルは鬼の魔物の腕を駆け上がり、顔面まで迫った。その直後、ユズルは鬼の魔物の左目に刀を深く突き刺した。


「わぁあああああああああああああああああ!」


 痛みのあまり天に向かって叫ぶ鬼の魔物の角にしがみ付き、ユズルは刀に魔力を注いだ。すると、刀の聖武器から紫色の靄が漂い始め左目を通して鬼の魔物の身体の中へと入っていった。


「よし。あとは時間を掛けて全身を侵食するのを待つだけだ」


 何か仕掛けたユズルは、刀の聖武器を鬼の魔物の目から引き抜き、降りると同時に背中を刀で傷付けていった。傷付けたなんて言ったが、実際には金属同士が擦れ合う音が響き、火花が散ったのであった。


「チッ!ショーマさんが鍛えた刀じゃなかったらとっくに折れていたな」


 着地したユズルを、鬼の魔物は身体を回転させて回し蹴りを食らわせようとした。しかしユズルは、接触する前に身体をのけ反らせて躱していき、同時に軸足となっている足下に火魔法を放って、その爆発で地面を多く抉らせた。


「ぐあぁあああああああああああああああああ!」


 出来た窪みに足を取られた鬼の魔物はバランスを崩し、背中からズシンと大きな音を立てて転倒した。

その間にユズルは、水島とエフィアと合流した。


「あんなデカイ化け物を翻弄するなんて、お前の方が化け物じゃねぇのか」

「隆文様、それは流石に失礼です」

「いや、よく言われるか慣れている」


 改めて刀を構えると、頭を軽く振って起き上がる鬼の魔物が三人を睨み付けていた。鬼の形相で。


「この後どうすればいい?」

「地道に攻撃をするだけ」

「はあぁ!?」

「それだけですか!?」

「ああ。持久戦になるがな!」


 この後どうすればいいのかを大雑把に言った後、ユズルは再び鬼の魔物に向かって走って行った。


(それに、持久戦と言ったが実はたった三十秒持ち堪えるだけで良いんだ)

「あぁもう!行くぞ!」

「はい!」


 遅れて水島とエフィアもユズルの後に続き、向うが攻撃を仕掛ける前に剣で足を攻撃した。鬼の魔物の方は、ユズルに片目を潰されている為攻撃の軌道がうまく定まらず、攻撃が三人に全く命中しなかった。


「俺達も後れを取る訳にはいかないぞ。エフィア!」

「はい!」


 水島が盾を上に構えると、エフィアはそれを踏み台にして高々とジャンプをし、剣の聖武器である犬神の刀身に炎を纏わせた。


「『ウィンドカッター』」


 ジャンプしているエフィアを、鬼の魔物は捕まえようと手を伸ばそうとするが、水島が風魔法でそれを阻止した。


「はあああああああああ!」


 鬼の魔物の頭に着地すると同時に、その勢いで犬神を鬼の魔物の右目に突き刺した。その瞬間、鬼の魔物の右目が炎に包まれ、血しぶきを上げながら爆発した。


「わぁあああああああああああああああああ!」


 爆発と同時に犬神を引き抜き、鬼の魔物の頭から水島の隣へと飛び降りた。


「よくやった」

「隆文様の助けがなかったら出来ませんでした」


 これで両目を潰された鬼の魔物は、三人を正確に狙って攻撃する事が出来なくなった。

 が、その代りに周りの建物を無差別に壊しまわり、その瓦礫が三人を襲った。


「エフィア、俺の後ろにいろ!」


 パートナーのエフィアを背中に隠し、盾と剣で飛んでくる瓦礫を弾いていく水島。大きい物は聖武器の盾で、小さい物は剣で弾く事で何とかエフィアを守っているが、長く持つとはとても思えなかった。


「チキショウ!これじゃ近づけねぇ!エフィア、大丈夫か?」

「私は大丈夫です。ですが隆文様が」

「俺は大丈夫だ。それにしても」


 目が見えなくなった鬼の魔物は、周りの建物を壊しながら暴れ回り、とても近づけるような状況ではなくなっていいた。

 そんな中でもユズルは、瓦礫の雨を巧みに躱していき、鬼の魔物の足を執拗に攻撃していった。ジタバタと足を動かしている中で。


(まだか?とっくに三十秒は立っている筈なのに思っていたよりも時間が掛かっている!)


 最初に行った仕掛けが、なかなか起きない事に若干焦りを感じ始めたユズル。持久戦を覚悟していたが、それにしては時間が掛かり過ぎていた。

 鬼の魔物の方は、両目を潰されている以外は特に変わった変化は見られず、活発に動き回っていた。


(やはり注がれた神気の量が、今までの比ではなかったのか?)


 カリンヴィーラが最高傑作だというだけあって、ユズルが仕掛けた物が効果を発揮されないのではなのか。

 そう思いだしたその時、鬼の魔物の動きが急に緩慢になっていった。


(動きが鈍くなった。もしかしたら)


 予想が当たっているかどうかを確かめる為、ユズルは鬼の魔物のアキレス腱を刀で攻撃してみた。

 それまで通らなかった刃がスゥッと入り、アキレス腱を斬る事が出来、流れ出る血の中に紫色の液体も混ざっていた。


「ようやく効いたか」


 アキレス腱を斬られた鬼の魔物は、片膝を付いて動けなくなった。


「スゲェ、あの化け物が急に動かなくなった」

「最初の攻撃で、ユズル様は一体何を仕掛けたのでしょうか?」


 急に動かなくなった鬼の魔物に、水島とエフィアが疑問に思っていると、鬼の魔物から離れ隣に移動したユズルが説明してくれた。


「それはね、猛毒を持つビッグマンバの毒液の中に、キングコブラやイモガイの毒を培養して混ぜた後、いろんな薬品を混ぜ込んだアメリア特性の毒液を聖武器のコアに取り込ませたんだ。最初に左目に突き刺した時に、その毒を体内に注入させたんだ」

「ちょっと待て!この世界にもキングコブラとイモガイがいるのかよ!?」

「この世界にもって、隆文様の世界にもいるのですか?」

「キングコブラは俺がいた国にはいなかったが、地球にもいるぞ」

「あまり知られていないけど、トウランとクフォトの国境付近の林の中に住んでいるんだ。知らずに踏み込んで、足を噛まれた冒険者が命を落とす所としても有名なんだ」


 ユズルが以前、アメリアにお願いされて薬草を取りに向かっていた時に見つけて、何匹か生け捕りにして帰っていた事があった。ユズルが三十秒だけ持ち堪えれば良いと考えていたのは、キングコブラに噛まれてから血清を打たなくてはいけない時間の事であった。

 そこへ、同じく強力な毒を持つビッグマンバとイモガイの毒液に、アメリアがいろいろと薬品を混ぜて作ったので、効き目はかなり強力。


「あの、普通の動物の素材も吸収できたのですか?」

「いいえ。だから、ビッグマンバの毒液の中に混ぜたんだ。どうやら、魔物の素材が含まれていれば他の薬品を混ぜ込んでも大丈夫みたいだ」

「けどそれ、毒液みたいな液体系の素材じゃないと使えなさそう」

「ははは‥‥‥」


 確かに、液体系の素材だからこそできた事であって、牙や爪などの素材では絶対に出来ない事である。水島の指摘に、ユズルはただただ乾いた笑みを浮かべるだけであった。


「だけど、今のうちに仕留めるぞ」

「ああ!」

「はい!」


 鬼の魔物が苦しんでいるうちに、ユズルと水島とエフィアの三人は刀と剣を持って鬼の魔物に向かって走って行った。

 水島は剣で鬼の魔物の足を攻撃していき、膝も付けなくさせた。


「ぐあぁあああああああああああああああああ!」

「チッ!こっちに倒れるな!」


 うつ伏せに倒れようとする鬼の魔物の顔面を、聖武器の盾で力一杯弾き、強引に仰向けに倒れさせた。この盾も、翔馬が作ってくれた特性の盾で、吸収した魔物の力を使わなくてもそこ等の盾とは比べ物にならないくらいすごい力を有していた。


「まだまだ!」


 倒れる前にユズルが、刀の聖武器に魔力を注ぎ刀身に風を纏わせた。


「『鎌鼬』」


 呪文と同時に刀を横に振った瞬間、風の刃が無数に発生し鬼の魔物に襲い掛かった。

 ユズルが新たに編み出した風魔法、「鎌鼬」。風の刃を無数に発生させて、相手に向けて放って攻撃する斬撃系の魔法。本来は表面を軽く傷つけて、相手の動きを少し鈍くさせるのが目的の魔法。

 だが、ユズル程澄んだ魔力を有しているとその切れ味は凄まじく、ドラゴンの胴体をも真っ二つに切断してしまう程であった。

 そんな魔法を食らった鬼の魔物は、両腕は粉微塵に切り刻まれ、上半身は肋骨や内臓や魔石がむき出しとなり、顔も判別が出来なくなるほど酷い有様となった。


「行きます!」


 むき出しとなった魔石に向かってエフィアが着地し、炎を纏わせた犬神で深く突き刺した。その瞬間、激しい爆発と共に魔石は四散していき、鬼の魔物は動かなくなった。


「エフィア、よくやった」

「お疲れ様」

「‥‥‥ふうぅ」


 深い深呼吸をした後、エフィアは犬神を鞘に納めて水島の所へと駆け寄った。ユズルも刀を鞘に納めてから、二人に合流した。


「何かあっさり倒せましたね」

「いや、ユズルがいたからそう感じただけであって、俺達だけだったらかなり苦戦したと思うぞ」

「ん?」


 そんな自覚が全くないユズルは、疑問符を浮かべてキョトンとしていた。


「なぁユズル。お前確か火魔法が使えたよな」

「ああ」

「だったら、本平を火葬してくれ。こんな所に遺体を埋めたくないし、魔石と一緒にちゃんとした所で埋葬してやりたいんだ」

「分かった」


 あまり良好な関係ではなかったが、本平は水島と同じ日に同じ場所に召喚された勇者仲間。彼の遺体をこんな所に晒したくないと思い、ユズルに懇願してきた。

 ユズルは、鬼になってしまった本平の遺体に魔力で生成しただけの火を放ち、時間を掛けて燃やした。そして遺骨を、一旦風呂敷で包んでからアイテムボックスに入れた。


        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その頃


「あらあら。せっかく生み出した魔物の内の一体はもう倒されたか」


 旧帝国の北側で使い魔をゾロゾロと出していたソルエルティが、王都でカリンヴィーラが倒した魔物の一体がユズル達によって倒された事を感じ取っていた。

 あんなに時間を掛けて生み出した魔物が、倒されたというのにソルエルティは思いの外落ち着いていた。


「まっ、自分の欲求を満たす為だけに動いていたカリンヴィーラが生み出す魔物なんて、所詮そんなもの。そもそも、万年最下級のカリンヴィーラの生み出す魔物なんかじゃ、魔王様は愚かこの私の足元にも及ばない。ま、カリンヴィーラがいない間にあの球体をちょっといじったと言うのもあるがな」


 もとより、最初からカリンヴィーラに協力していなかったソルエルティにとっては、あのまま二体の魔物が倒されようがどうなろうが知った事ではなかった。


「流石は、最強の金ランク冒険者ユズル。正直言って、ここまでとは思わなかった」


 その異様とも言える強さは、神々の間でも注目の的となっており、ソルエルティも少しだけに気にあっていた。そう、少しだけ。


「だが、どんなに強くても所詮は人の子。魔王様や私達の敵ではない。ともあれ、危険な存在である事は間違いない。あっちにも使い魔を送るか」


 召喚した使い魔をユズル達がいる方向にも放ち、ソルエルティはとある神からの朗報をただ待とうとした。

 だが、すぐに思い直して放つのをやめた。


「考えてみれば、もうあの雑魚女神に付き従う必要なんてなかったんだったな」


 そう言ってソルエルティは、使い魔を放つのをやめた。


「ふふ。ヴァルケリーがサンクチュアリの発動を止めようとしてももう手遅れ。機は熟した」


        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


「さて、あちらはもうすぐ済みそうだね?」


 旧帝国の南側で使い魔を召喚していたゾーアも、王都での戦いを感じていた。


「一応使い魔を送らせるけど、たぶん無駄でしょうね。もうすぐ魔王様が復活されるのだから」


 自分の欲求を満たす事しか考えていないカリンヴィーラは、その事に全く気付いていないみたいだけど、自分達の裏工作をカモフラージュさせる道化としての役割は果たしてくれた。


「ゾーア。そろそろ茶番はそれくらいにしたらどうだ」

「おや、魔王様を置いてこんな所で油を売ってもよろしいのですか?シルフィーア」

「問題ない。時期に繭を破られる」


 使い魔の召喚を行っているゾーアの横に、真っ黒いチャイナ服に似た服を着たシルフィーアが腕を組んで立っていた。鎧は着ていないが、髪から靴まで黒一色で統一されていて堕天した今のシルフィーアを体現していた。


「それで、私に何の用かしら?」

「機は熟した。サンクチュアリ発動はもう間近だ」

「では!」

「ああ。魔王様の、私達の悲願が達成される時は近い」

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 それを聞いたゾーアは、喜びを隠しきれず両手を広げてくるくると身体を回転させた。


「はあぁ。となると、もうこの鎧は用済みね」

「ええ。デリウス達を騙す為に着たが、ヴァルケリーから全てを聞かされた後ではもう意味をなさない」

「となると、もう使い魔を放つのはやめた方がいいでしょう」

「そうだな。もう無意味だから」


 シルフィーアに言われて、ゾーアは使い魔を放つのをやめた。


「では、すぐに準備いたします。あいつとも合流しないといけませんから」

「これでようやく、魔族四天王が全員揃う」


 ゾーアが着替えている間、シルフィーアは王都の方を眺めてニヤリと笑った。


「貴様等がいくら足搔こうが、この世界は我等の理想とする世界へと生まれ変わる」


「そして、世界は真にあるべき姿を取り戻す事が出来る」




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