19 英雄の妹
決闘とは呼べない決闘(矛盾している)を終えた俺は、気絶したカナデを担いでギルド内になる医務室のベッドの上に寝かせた。この場に居るのは、俺とアリシア、それと二人の決闘がやはり気になったガレスも来ていた。
「ショーマが強いのは知ってたけど、まさかアイアンクローで倒しちまうなんて・・・・・・」
「ぶっちゃけて言うと、俺が一番信じられない」
たかがアイアンクローで気絶するなんて、RPGに例えるとHPが十未満の超雑魚キャラと同等じゃないか。
そんな事を、ベッドの上で未だに気絶しているカナデを見ながら思った。
《私も、アイアンクローで倒された人を見たのは初めて》
そりゃそうだろう。
「いくら兄貴に憧れて、そのスタイルを真似て剣を取ったとはいえ、三年経っても上達しなければ普通違う戦い方を模索するもんじゃねぇのか?」
その意地のせいで死んでしまっては、元も子もないだろうに。
「そこは仕方ねぇんじゃねぇのか。偉大過ぎる兄を持ってしまったが故に」
「そういえば、そのユズルって冒険者はどんな人なんだ?」
「まぁ、活躍自体は耳に入っても、人柄までは知らねぇか」
「え、えぇ、まぁ・・・・・・」
実を言うと、ユズルがどんな活躍をしたのかも全く知らないのですこれが。まぁ、そこは勝手に流してくれたので本当に助かった。
「ユズル様は、剣にとても優れた方で、単独でドラゴンの巣窟へ向かい、生きて帰ってきたと言う実績を持っているのです。それも、そこに居たドラゴンをすべて倒して」
素性を知っているアリシアさんは、ご丁寧に実績から説明してくれた。
「ここトウラン武王国では、英雄として称えられているんだ。しかも、人柄もかなり温厚で、正直言って初対面での第一印象は虫も殺せそうにない優男って感じでな。性格も、嘘をつく事も出来ない優しすぎる青年って所だな」
「なるほど」
トウランの英雄か。強くて、剣の腕も良くて、おまけに性格も良い。絵に描いたような、最強イケメン冒険者って感じかな?
「まぁ、そんな兄貴だったから、妹のコイツにも同じ力があるだろうと周りが勝手に思ってな、その辺は辛い思いをしたと思うが、元々立ち直りの早い子でな、それを自分勝手に良い方向へと捻じ曲げて持って行こうとするんだ」
確かに、英雄の妹と言う肩書だと、周りからの期待やプレッシャーも相当大きかっただろうな。そこに、この子の素の性格が無鉄砲と思い込みの激しさに拍車をかけてしまったのかな。
「それで、ユズルさんは今何処に?」
「知らねぇのか?ユズルなら今、トウランの王都・ランテイに滞在してるぜ」
「ユズル様に限らず、金ランクの冒険者全員が王都への滞在を国王から命じられているのです」
《王様としても、それだけの力を持った冒険者を野放しにする訳にもいかないのよ。金ランクとなると、国の力の象徴であると同時に、生きた自然災害みたいなものだから、国を治める者としては出来る限り目の届く範囲に置いておきたいのよ》
金ランク冒険者の宿命みたいなものなのかな。この国に一人しかいないのなら、それも仕方がないかな。
「となると、カナデは取り残されたことになるのですか?
「いや。その頃には、カナデもユズルの言う事を聞かなくなってたし、ユズルがどんなに誘ってもカナデは絶対に行かないって聞かねぇんだ」
「あぁ、たぶんそれ、自分の戦い方を否定した兄を見返す為にソロでのし上がっていこうと考えてたんだと思います」
でも、現実は残酷だ。
白から黒への昇格は、採取系の依頼ばかりをこなしても何ら問題なく昇格できるけど、黒から青となるとそうはいかなくなる。
その上、カナデの剣の腕は絶望的。昇格はまず無理だろう。
「パーティーを組めば上達も早いのに、それを蹴ってソロで活動するなんて・・・・・・」
「俺のパーティーに入ってた頃は、まだ純粋にユズルに憧れていた時期だったからな。あそこで意地にならなかったら・・・・・・」
俺とガレスが憐れみながらカナデを見ていると、それに反応するかの如くカナデが目を覚ました。
「んん‥‥‥あれ?」
「起きたか?」
「ん?」
状況がつかめず、辺りを見渡すカナデ。ここが医務室だと気付き、尚且つ自分がベッドの中に居た事でようやく状況を把握した。状況が把握できない程馬鹿ではなかった。
「あたし、負けたの?」
「あぁ」
「ショーマに聞いたが、アイアンクローでやられたそうじゃねぇか」
「はあぁ!?」
勢いよく起き上がり、驚愕したカナデ。
「ちょっと待って!アイアンクローで!?」
「正直言って、俺が一番驚いた」
《私も驚いた》
「うそ・・・・・・」
「‥‥‥‥‥‥」
流石にこの結果には、カナデもガックリと肩と落としていた。
だが、こればかりはハッキリ言わないとこの子の為にはならない。そうじゃないと、王都で暮らしているお兄さんだって悲しむ。
「さっきの闘い、酷いなんてレベルじゃないぞ」
「何よ!」
「ハッキリ言って、お前に剣術は向いてない。構えも子供のごっこ遊びレベルだし、動きだってキレが全くない。剣を振ると言うより、剣に振り回されている感じだったぞ。あんなガバガバで隙だらけの戦い方じゃ、近い将来魔物か盗賊に殺されるぞ」
「余計なお世話よ!大体あんた何様よ!」
お前が心配だから言ってやってるのに、こいつは何処まで人の話を聞こうとしないんだ。
「あたしは、あたしのやり方で強くなって見せるんだよ!」
「そのやり型では駄目だからこうして言って」
「うるさいうるさいうるさい!」
俺の言葉を途中で遮り、カナデは勢いよく起き上がり、武器を持って医務室から飛び出していった。
「まったく。反抗期のガキか。あ、ガキだったな。それも、年齢的に丁度反抗期の」
勢いよく飛び出したカナデを、ガレスが毒づいていた。
確かに、年齢的には中三くらいだから、物凄く難しい時期だったよな。間違っていると分かっていても、強がってみたり、思い付きで行動してみたりとそんな事が多いよな。
「ただでさえ面倒な時期なのに、その上この国の英雄の妹と言う肩書まで付いてりゃ」
相当やさぐれているな。まぁ、アリシアさんが進めているくらいだから、しばらく様子見てから話すと言うようか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後俺とアリシアさんは、装備を揃える為に武器屋へと足を運んだ。
「これなんてどうですか?ミスリル製ですし、軽くて丈夫ですし、剣士であるショーマさんにピッタリだと思います」
そう言ってアリシアが手に取ってくれたのは、銀色の胸に当てる鎧であった。
「ミスリルですか?」
その鎧を手に取って感触を確かめていた。
《ミスリルと言えば、オリハルコンの次に希少価値の高い金属で、軽くて丈夫と言う事で良質で切れ味を追求した剣を鍛えるのによく使われるものなの》
と言う事は、この世界ではかなり貴重な金属と言う事なのだな。
値段も、銀貨二十枚と買えない値段ではないな。
「ありがとう。じゃあこれと、このブレスレットを買おうと思います」
俺が手に持っているブレスレットは、筋力のブレスレットといって、筋力強化のスキルが付与されていた物だ。店に入ってすぐに目に留まり、一目でこれが良いと思った装備だ。その代り、値段が銀貨八十枚とちょっとお高め。
「アリシアさんには・・・・・・」
「私は、この弓矢を買おうと思います。半分でも、私だってエルフですから」
「そうですか」
「ショーマさんは、武器は買われないのですか?」
「大丈夫です。これでも、下の工房にたくさんの材料が揃っていますから、必要な武器は自分で作ろうと思います」
少なくても、この店には俺の御眼鏡にかなう武器は無かった。気になる武器はあったが。
視線の先にあったのは、透明なケースの中に入れられた紫色の見た事も無い形の銃であった。形が、いかにもファンタジーという感じで、弾を装填するところが無かったことからそれがただの銃ではない事が分かった。
そんな俺に釣られて、アリシアさんもその銃に視線を向けた。
《それは魔法銃よ。鉛の弾ではなく、魔力を込めて打つ銃よ。一発撃つ度にMPが百ずつ減るから、MP値に不安のある冒険者には向かない武器ね》
今は九千以上あるから、特に不安がある訳ではない。第一、日本人の俺は銃を握った事が一度もない。買ったとしても、扱える代物ではない。
だが
「射撃術もFとかなり低かったが、あの子にとってはこれ以上にないくらいに合った武器だと思う」
「はい。確かに、魔法銃はカナデ様にピッタリの武器だと思います」
魔法を使うのがそんなに嫌なのなら、せめて魔法銃を使えば元々持っていた早撃ちのスキルで魔物にも当てられただろうし、使い続ければそのうち上達もするだろう。
けれど、今のカナデではこの銃を手にする時は永遠に訪れない。
何故なら
「一丁で、こんなにするのか!?」
「はい。魔法銃には特殊な術式が施されていて、どんなに安くても金貨二十枚はします」
「それでも金貨二十枚か。となると、金貨百枚のこれはかなりの上物なんだな」
そう。この店に売られている魔法銃は、何と金貨百枚というこの店で売られている武器の中ではぶっちぎりに高い。この値段になると、黒ランクはもちろん銀ランクでもなかなか買えない。
《黒ランク冒険者の平均年収が金貨十五枚相当として、その内壊れた装備の補充や食料の確保、その他諸々仕入れなくちゃいけないから、実質殆ど残ないのよね》
「まぁ、俺なら買えなくもないが使う機会なんて無いに等しいし、買うつもりは毛頭ない」
「でも、カナデ様にお願いされたら買ってあげなくもないのでは?」
「そ、それは・・・・・・」
カナデが本気で冒険者として生きていこうと考えているのなら、買ってやらなくもない。
が、今のカナデではそれは難しいだろう。
「まぁ、その時になったら考えますよ」
「そうですか」
とりあえず買う物を決めた俺達は、会計を済ませた後武器と装備をアイテムボックスに入れて店を出ようとした。
その時
「・・・・・・あれは何やってんだ?」
「おそらく、魔法銃を見ているのだと思います」
「・・・・・・・・・・・・」
視線の先に居たのは、店の外のガラス窓に顔を押し付け、展示されている魔法銃を凝視しているカナデの姿があった。
「あの魔法銃が欲しいのか?」
「たぶん、そうだと思います・・・・・・」
「やっぱり・・・・・・」
一応、今の自分の戦闘スタイルを改めようと言う意思はあるみたいだけど、先の決闘でもそうだがあの子はかたくなに銃を使おうとはしなかった。
改めようと思っていても、意地がそれを邪魔してしまったのだろう。射撃術がFなのは、おそらく過去に一回使って以降使っていないからなのだろう。使わなければランクが上がる事は無い。当たり前だが。
それでも、二丁の拳銃を売ろうとしなかったのは、自分の戦闘スタイルを変えようという意思がまだ残っているのだろう。その証拠に、店に売られている魔法銃から視線を外す事なく凝視していた。
でも
「いくら欲しくても、金貨百枚は無理だろ。俺でもびっくりしましたから」
「えぇ。カナデ様の今の収入ではとても・・・・・・」
確かに、どんなに欲しくてもあんな値段では絶対に買えないし、借金しても一生かけても返せないだろう。
少なくとも、今のままでは。
「まったく。意地張らなかったら買ってやらなくもないのですが」
「それはダメです。まだ正式にパーティーを組んでいる訳ではありませんし、今のままでは受け取ってもらえないかもしれません」
「そうですね」
今は様子を見るだけに留めよう。
その後カナデは、十五分くらい眺めた後、通りすがった人達に不審者と勘違いされそうになったのに気付き、逃げる様にその場を立ち去った。
俺とアリシアさんも、武器屋を出た後は市場で食材を買ってから古代樹の森に向かって歩いて行った。
「あの、アリシアさん?」
「何ですか?」
「いや、その ・・・・・・何で腕を組んでるのですか?」
オリエの町を出てからの道中、アリシアさんはピタリと寄り添ったと思ったら、今度は腕を組んで来た。
「ショーマさんと一緒に暮らせると思うと、なんだかうれしいですし、私も実は古代樹の森には興味がありましたので」
「そうですか‥‥‥」
緊張と、腕に押し付けられた柔らかな感触に、終始ドキドキしっぱなしであった。
《カナデちゃん程じゃないにしろ、アリシアちゃんもなかなかに胸が大きいわね。見た感じ、バストサイズは・・・・・・》
それ以上言わんでいい!ていうか、一体どうやってこっちの様子を窺ってんだ!
《企業秘密》
さいで。ていうかあんた、武器屋を出てから一言もしゃべっていなかったけど、どうしてたんだ?
《熱々のデートの最中に声をかけるなんて、そんな野暮な事はしたくないだけよん♪》
その言葉の後、バチッとウインクをしてそうだ。
でもまぁ、アリシアさんみたいな美人と腕を組んで歩くのは悪い気しないからいいか。ファンの冒険者に知れたら殺されそうだけど。
それからしばらくして、俺とアリシアさんは古代樹の森に辿り着いた。
最初は入る事を躊躇したアリシアさんであったが、デリウスから直々にお許しを得た事でようやく入る事が出来た。まぁ、実際に森と呼べるのは周囲三キロの外周部分だけで、真ん中には大きな木が一本ポツンと生えた広場があるだけだからな。
「あの、これが本当にあの古代樹の森なのですか?」
イメージと違っていたのか、ポカンと真ん中にドンと生えている大木を眺めて言うアリシアさん。
「それ以上言うな。俺も最初に思いました」
そうだよね。こんなの森とは呼べないよな。
だけど、大木の枝に建てられたツリーハウスに案内すると、今度は豪奢な内装に言葉を失っていた。ま、普通そうなるよな。
「部屋は二階にたくさん部屋があるから、好きなのを使っていいですよ」
《この家の持ち主は私なんだけど‥‥‥》
「でしたら、ショーマさんのお部屋の隣の部屋を」
「俺の部屋の隣?まぁ、良いですけど‥‥‥」
若干照れながらも、俺は自分の部屋の開いている両隣の部屋を見せて、アリシアさんは右隣の部屋に決めた様だ。
「今日からここで私も、ショーマさんと一緒に過ごせるのですね」
何だか嬉しそうに部屋へ入っていくアリシアさんを見送った後、俺はキッチンの方へと歩いて行った。なんだかんだ言って、俺も初めての同居人が出来た事が嬉しかったのだ。これからここ彼女と、この先出来るかもしれない新しい仲間に、自然と胸を躍らせていた。
《既成事実が出来ても、私だけは君の味方だから》
約一名平常運転だが、まぁ気にしないでいよう。