184 エルダードラゴンとの契約
ハバキリと火竜の剣の二刀流で挑む事にした俺は、神宮寺に襲い掛かっているブラックドラゴンの爪を先に潰す為に走って行った。神宮寺の方も、ブラックドラゴンの攻撃を躱しているが体力の限界が近いのか、息がかなり上がっていた。早く助けてあげないと。
ブラックドラゴンの前に立った俺はすぐに、ハバキリでブラックドラゴンの両腕を切り落とした。
ガアアアアアアアアアアアアア!
斬り落としたの手首より先だけど、これで向こうの攻撃手段を一つ奪う事が出来た。
「帯刀君」
「ワリィ。こんな事させて」
「いえ。装備を転換したかったのでしょう。仕方ありませんし、そうしてくれた方が助かります」
特に気にした様子もなく、アイテムボックスからポーションを取り出し、それを一気飲みする神宮寺。
「ここから先は、私達が帯刀君を援護いたします」
「分かった。ヴィイチも頼む!」
「はい!」
反対側にいるヴィイチに声をかけた後、ハバキリには神力を、火竜の剣には炎を纏わせた。
「では、私もお返しをいたします。『ファイヤーブラスト』」
斬り落とされた両腕の傷口に向けて、神宮寺は小さな火種を放って行き、二~三秒後には肩から先が内側から爆発していった。怖!
ガアアアアアアアアアアアアア!
両腕を爆発させられたブラックドラゴンは、血反吐を吐きながら天に向かって吠えた。
その間に俺はブラックドラゴンに近づき、火竜の剣でガラ空きになった腹を斬っていった。刃は通らなかったが、攻撃が当たった瞬間に大爆発を起こし、攻撃を受けた腹から少し血が流れた。
「いきます!」
そこへ戦斧を持ったヴィイチが飛び込み、ダメージを受けて表皮が薄くなっている部分を狙って攻撃した。
ガアアアアアアアアアアアアア!
攻撃を受けたブラックドラゴンは、再び天に向かって大きく吠えて、それと同時に斬られた腹部から血が噴き出していった。
「よし、トドメだ!」
ブラックドラゴンの背後を取った俺は、背中を伝って肩まで登り、神気を纏わせたハバキリで首を切り落としていった。ハバキリの切れ味なら、ブラックドラゴンの硬い表皮を斬るのは簡単だし、そこへ神気まで纏わせたのだから手応えを感じる事無く斬ることが出来た。
「ふうぅ~」
動かなくなったのを確認したら、ハバキリと火竜の剣を鞘に納めた。
「今度こそやりましたわ」
「まさか二頭も出てくるなんて思いませんでした」
溜息を吐いた後、神宮寺とヴィイチも武器を納めた。同時に、二人も「ドラゴンスレイヤー」の称号を獲得し、十個目の称号を獲得した神宮寺のステータスには新たに称号の欄が出来た。
《三人ともお疲れ様。どうやらあの狂信者ども、このブラックドラゴンがエルダーになるのが近いのを知っていたから、あそこまで保護を訴えかけていたみたいだよ》
やっぱり知っていたか。俺達は戦ってからじゃないと違いは分からないが、信者の人達にはその違いが分かるみたいで、ブラックドラゴンがエルダーになれば理解してもらえると考えていたらしい。
《でも、だからと言ってブラックドラゴンみたいな凶暴なドラゴンをエルダーにさせる訳にはいかないわ》
《青龍さんも、そんな事は望んでいませんので》
確かに、ただでさえ凶暴なブラックドラゴンがエルダーになって知性を得るなんて、国が存続するかどうかというレベルの大災害になりかねないからな。
そんなブラックドラゴンを、長年放置するこの国もどうかと思うけどな。
《放置しようとしてしたわけではないわ。アイツ等の様な保護団体が妨害するからこうなっただけで、国と良識のある住民は非常に迷惑を被っているわ》
そりゃそうですよね。
家畜の被害に家屋の被害、それに人への被害を起こす様な生きた災厄を通常は誰も保護したがらないものだ。
だが、動物愛護の精神が強いこの国ではそれでも保護すべきだという人がいても不思議ではないな。そういう人達が、テロなどの非合法は手段を使って妨害してくるから、ここまでの大事になってしまうんだよな。クミナミ国王陛下も、この町の住民も、日々苦労しているのだな。
「帯刀君、素材の回収は終わりましたので、あとの処理をお願いします」
「え!?何時の間に!」
俺がデリウスとだべっている間に、神宮寺とヴィイチはいそいそと素材の回収を行っていた様だ。ごめんね。
最後の後処理として、俺は「ウエルダン」でブラックドラゴンの遺体を火葬して灰にした。通常だったら、何処からかスライムが湧いて出てきて遺体を食べに来てくれるのだけど、ここにはスライムはいそうになかったので腐る前に灰にする事にした。
そんな時、上空から巨大な何かがこちらに向かって飛んできているのが見えた。そのシルエットから、ドラゴンである事が分かった。
「ちょっと、またドラゴンですか!?」
「まさか、一度にドラゴン退治でいきなり三頭も‥‥‥」
三頭目のドラゴンが来た事で、神通寺とヴィイチが物凄く嫌そうな顔で飛翔してくるドラゴンを睨んでいた。俺も、ハバキリをいつでも抜ける様にした。
《そんなに身構えなくても大丈夫よ》
デリウスは大丈夫だというけど、状況的には大丈夫とは言い難かった。そう思っていた。
こちらに近づいて来るドラゴンは、全身が青色の光沢のある鱗を持つ、通常の二倍の大きさを誇るドラゴンであった。
「ブルードラゴン?」
「ええ。ブルードラゴンは温厚ですから、こちらが手を出さない限り危険はありません」
「それでも怖いです」
まぁ、パッと見は全然温厚そうには見えないよな。牙も鋭く、特に下顎の近くにある一対の牙だけが上に向かって長く、二本の角も非常に長かった。目付きも鋭く、長い尻尾の先には槍の穂に似た突起が付いているから。無理もない。
でも、このブルードラゴンには通常のブルードラゴンには無いものを持っていた。それは、胸部にサファイアブルーの宝石の様なものが埋め込まれているという事である。ブルードラゴンに限らず、通常のドラゴンにはそんな物は埋め込まれていない。
《埋め込まれているのではない。進化した時に出来た物なの。高位の証として》
高位の証って、まさかこのブルードラゴンは‥‥‥。
そんな俺の疑問に答えるかの如く、ブルードラゴンがゆっくりと俺達の前に着地してジッと眺めた後口を開いた。
『このブラックドラゴンを倒したのはそなた達か?』
「「「!?」」」
そう。このブルードラゴンは、言葉を発する事が出来るのだ。言葉を発する事が出来るという事は、同時に高い知能も持っているという事になる。声の感じは、若い好青年風の男性の声であった。
もしかしたらこのブルードラゴン
《ご名答。このブルードラゴンは、エルダーに進化しているのよ》
エルダードラゴン。五千年以上生きたドラゴンのみが辿り着き、進化する事が出来るという高位のドラゴン。高い知性を持ち、人の言葉を発する事も出来、人との意思疎通も可能と言われている。
更に何千年も長生きすると、エンシェントという神に近い存在に進化し、変身能力も身に付くと言われている。あくまで言い伝えではあるけど。
だが、どのエルダードラゴンでも何千年も生きればエンシェントに進化できる訳でもなく、現存するエンシェントの九十パーセントはゴールドドラゴンがなっている。
更に長生きをして、何かしらの功績を残すとゴッドになり、正真正銘の神様へとなれると言われているが、青龍以降一頭も現れていない幻の存在である。
今俺達の前に現れているのは、エルダーに進化したブルードラゴンであった。
「あんたは何しにここへ?このブラックドラゴンの仲間か?」
『いや。ここにエルダーに進化寸前のブラックドラゴンがいると聞き、退治しに来たのだ。あのような種類がエルダーになると、この世界は未曾有の大災害に見舞われる事になるからな』
どうやら、ブラックドラゴンの仲間ではないみたいだな。って当たり前か。
「私達は、クミナミ国王陛下の依頼で、ここに住むブラックドラゴンを退治しに来ましたわ」
『そうか。礼を言う』
頭を下げてお礼を言った後、ブルードラゴンは俺に顔を近づけてじっくりと眺め始めた。
「何だ?」
『不思議だ。そなたから神の力を感じる』
「!?」
こいつ、俺の中にある神力に気付いているのか。
《おそらくこのエルダードラゴン、一万年以上生きていると思います。それこそ、エンシェントになる資格を持った》
《でも、エンシェントになるには一歩及ばないみたいね。それでも、君の中にある神気を感じ取るなんて、エンシェントにかなり近いわね》
そんなすごい奴が、わざわざブラックドラゴンを退治しにここに来たのか。逆に言えば、こいつがやらないと退治する人が誰もいないからなのかもしれない。困ったものだ。
『うむ。間違いない。これは神の力。青龍様の力と類似するものを感じる。いや、それ以上か』
何もしないと分かっていても、こんなに大きなドラゴンに間近で見られると妙な緊張感が湧いてしまう。
『少年よ。この力思って何を望む?』
「何を、って‥‥‥」
エルダードラゴンの問い掛けに一瞬戸惑い、最初は何を放せばいいのか分からず言葉が詰まってしまった。おそらくこのブルードラゴン、神力を持つ俺を見極めているのだと思う。将来、自身の主神である青龍と並び立つのにふさわしいのか、危険はないのか。それを確かめる為に、そんな事を聞いてきたのだろう。
だから俺は、自分がこの力を使う理由を、戦う訳を正直に答えた。
「俺は、この世界が好きだから。最初は、俺みたいな一匹狼に仲間なんて出来るのかって思っていた。仲間を作らないといけないと思いつつも、心の何処かでそう思っていた」
そう。彼女達に会うまでは。
「でも、そんな俺でも大切だと思える人が出来た、たくさんの人に助けられ、たくさんの人に支えられて、今の俺がいるんだ」
この世界に来て、たくさんの大切なものが出来た。アリシアさん、カナデ、メリー、フィアナ、神宮寺、メイド達、シュウラ、ナーナ、ユズルなど、名前を挙げたらキリがないくらいにいる。
「そんな人達の為に、俺は戦いたい。この力も、その為に使いたい」
単純で深い考えがある訳ではないが、この世界の為に戦いたいと心から思っている。勇者だからどうとか、もうそんな事はどうでも良い。俺は、俺の守りたいものの為にこの力を使いたい。
『ふむ。流石は噂に聞く勇者。髪と目の色からそうではないかと思っておったが、そなたならこの世界の危機を救う事が出来るだろう』
「必ず救ってみせる」
『うむ』
頷いた後、エルダードラゴン俺から少し離れて頭を下げた。
『ならば、私もあなた様の力となりましょう。あなた様を、私を使役するに相応しい相手として契約を結びたく存じます』
「契約?」
《竜の契約よ。エルダー以上のドラゴンと主従関係を結ぶ事で、困った時に呼び出すことが出来る契約よ。けど、ドラゴン達が人里から離れた事で何千年も行われておらず、私も実際に見るのは初めてね》
つまり、困った時に何時でも呼び出すことが出来るというものか。これは助かる。後でフィアナに怒られそうだけど、契約しておいて損は無いだろう。
「分かった。契約しよう。どうすればいいんだ?」
『私に触れて、魔力を注いでください。私もあなた様に魔力を注ぎます。しばらく注ぐと、互いに触れた所に契約の印が刻まれます。それが出来ましたら、契約完了です』
「どのくらい注げばいいんだ?」
『申し訳ありませんが、私にもそれは分かりません。何せ初めて行いますので』
「それもそうか」
何千年も行われていない契約なのだから、どのくらい魔力を注いだらいいのか分かる訳がないか。
とりあえず俺は、エルダードラゴンの額に左手を触れて魔力を注いでみた。
「あまり期待するなよ。俺の魔力量、レベルの割にかなり少ないから」
『それでも、十分に澄んだ魔力です。では私も』
次の瞬間、俺の左手を通して何かが入り込んでくるのが分かった。送った魔力がすぐに自分の中に戻ってくるような感覚に、少し気持ち悪い感じがした。
だけど、続けていくうちに気持ち悪い感覚も徐々に薄れていき、エルダードラゴンの魔力が自分の身体の中に馴染んでいくような感覚になっていった。
どのくらい注いでいったのか、次第にエルダードラゴンの額に触れている左の掌が光り出し、エルダードラゴンの額に印の様なものが浮かび上がった。額から手を放し、自分の掌を確認してみると同じ印が刻まれていた。
《契約成功ね。その刻印に魔力を注ぎ、エルダードラゴンの名前を呼べば何処にいても召喚が出来るわ》
「名前?そんなのも付けないといけないのか?」
『どうされた?』
いけない、思わず口に出してしまった。自重しないと。
《当たり前でしょ。主従関係を結んだ関係なんだから、名前を付けてあげないとダメでしょう》
「名前、名前‥‥‥」
声質から雄なのは間違いないけど、名前はどうすれば‥‥‥。
「何かアイディアない?」
「そこで私達に聞きます?」
「あはははは‥‥‥」
神宮寺とヴィイチにジト目で見られてしあったが、このままでは日が暮れそうだったので頼むしかない。
「そう言われましても、私もネーミングセンスが良いとは言い難いですし」
「私も、その‥‥‥」
二人とも腕を組んで考えてくれたが、なかなかそれっぽい名前が浮かんでこない。
《もう、そんなの適当でいいじゃい。ムクとかそんな名前でも》
《あの、犬ではありません》
デリウスは適当に名前を言うが、せっかくドラゴンと契約を結ぶことが出来たのだからちゃんとした名前を付けてあげたい。大体、そんな名前ではこのブルードラゴンが可哀想でしょう。
「ディアマド‥‥‥」
「「え?」」
神宮寺が何となく口にした名前に、俺とヴィイチは反応してしまった。
「いえ、地球のドラゴンの種類をもじったものですが‥‥‥」
「「それだ!」」
「ええ!?」
もちろん、地球にドラゴンがいる筈もなく空想上の存在でしかない。そのドラゴンの種類から取った名前なら、ドラゴンのこいつにピッタリだと思う。
「決まった。お前の名前はディアマドだ」
『ディアマド、ですか。分かりました。では今後、私の事はディアマドとお呼びください』
名前が決まった瞬間、俺の左手とディアマドの額に刻まれた刻印がスゥと消えていった。
《契約成立。これで私の声も聞こえるわ》
どうやら、これで契約出来たみたいだ。
『なっ、急に頭の中に女性の声が聞こえた来ました!』
頭に直接話しかけてくる感覚に驚いているが、これでエルダードラゴンのディアマドが新たに仲間に加わった。
帰ったらフィアナになんて説明したら良いのやら‥‥‥。




