182 龍神教
翌朝。俺達は早速依頼を受ける為に、エレカ村に来ていた。ドラゴン恐怖症のフィアナと、メリーとラヴィーとローリエとエリには王都で待ってもらっているがな。
「はぁ‥‥‥山に行ってスパッとドラゴンを退治してハイ終わり、っていかないなんて‥‥‥」
「馬泥棒に遭遇した時点で予想すべきだったと思いますけど」
「いや、予想はしていたのだけど、実際に遭遇するとやっぱりキツイな」
アリシアさんは完全に想定内と言った感じで、あまり動揺した様子を見せていなかった。そりゃ俺だって、決して予想していなかったわけではないんだ。ただ、ここまで面倒だとは思っていなかったんだ。
「村人の説得自体はすぐに終わりましたけど、村の北側に拠点を構えているドラゴン保護団体の妨害が想像以上に面倒です」
アリシアさんの言う通り。
そう。村人の説得自体は拍子抜けするくらいに簡単だったが、この村に拠点を構えている過激派保護団体が事態を大きくさせているみたいだ。しかも、その保護団体が保護を訴えている生き物がドラゴンだというのだから尚更だ。
その為、村人達も彼等に激しく反発しており、非常に迷惑をしているのだそうだ。
「ここではドラゴンは災害級に指定されていないのか?」
「そんな訳がありません。確かに、神獣と呼ばれているドラゴンではありますが、エンシェントやエルダー、及びゴールドドラゴンやブルードラゴン等のほんの数種類の大人しいドラゴンでもない限り、例外なく全てのドラゴンは凶暴です。しかも、人里に出たら間違いなく壊滅します。この国だって、災害級に指定していて現れたら最優先で討伐しなければいけないのです」
やっぱりどの国でも、ドラゴンは最優先で討伐しなくちゃいけない超危険生物だもんな。
その討伐対象のドラゴンが、エンシェントやエルダーだったらまだ話し合いで済むし、ゴールドドラゴンやブルードラゴンの様な大人しい種類なら良いけど、村人の話だと普通のブラックドラゴンとレッドドラゴンらしい。どっちも凶暴で危険な種類である。
「サウスティス女王陛下が使役しているドラゴン、ゴールドドラゴンでしたら温厚ですから何とか殺さずに済みますけど」
神宮寺はそう言うけど、ゴールドドラゴンは自分の住処から離れることが無く、人間側が何かやらかさない限りは人を襲う様な種類ではない。もし襲われているとしたら、絶対に人間側が何か問題を起こしているくらいだから。
ちなみに、エンシェントにまで進化するドラゴンは、ゴールドドラゴンが全体の九十パーセントを占めている。その為、人々の間ではドラゴンの中でも最も位の高い種類ではないかと言われている。
他に温厚なドラゴンは、全身が銀色のシルバードラゴンと、全身が青色のブルードラゴン、更に全身が緑色で一生の殆どを空で過ごすスカイドラゴンが該当するが、いずれも人里に姿を現す様なドラゴンではない。この種類が、エルダーやエンシェントに進化する事が多い。
更に補足情報として、ブルードラゴンの中に一頭だけエンシェントより上のゴッドになった最初の個体がいて、その個体こそがトイース竜王国の主神である神、青龍なのである。
「ッタク!こっちは国王陛下の命令で討伐に来ているのに、何で妨害されなきゃいけないんだ!」
「一応、ブラックレイルを使ってラヴィーに頼んで憲兵を呼んできていますけど‥‥‥」
その間に二頭のドラゴンが、村を襲って来なければ良いのだけど。
「一応、その保護団体の説得をしてくるか?」
「正直言って、話し合いに応じてくれるとも思えませんが」
アリシアさんは少しげんなりしているが、何もしないままここで待っている訳にもいかないだろ。
俺はアリシアさんとユズルとミヤビの三人を連れて、ドラゴン保護団体の拠点となっている建物へと向かった。
ヴィイチには、どうにか山に入れるように村長からアポを取ってもらっていている。
カナデには、他にドラゴンを保護すべきだとほざく連中がいないか探してもらい、いたら魔法銃で気絶させるように言ってある。
「確か北側にあって、すごく眼立つって聞いたけど」
「あれなんじゃない。滅茶苦茶目立ってるし」
「「「‥‥‥あぁ」」」
ミヤビが指差す先には、ドラゴンの頭の彫刻がドンと屋根の上に取り付けられていて、更にその上に十字架が立てられていた協会の様な建物があった。確かに、物凄く目立っている。しかも、堂々と看板まで立てられている。
「えぇっと、リュウジンキョウキョウカイ?」
「龍神教って、確かトイース竜王国の国教だった筈なんだけど」
「トイースの国教が何故ここに?」
そもそも龍神教って何なんだよ?
ミヤビの代わってに、アリシアさんが説明してくれた。
「龍神教というのは、トイース竜王国の主神である龍神、青龍様を祀る宗教なのです」
「あぁ‥‥‥」
確かに、そんな連中にとってドラゴンはまさに神の化身。神獣だから間違ってはいないが、そんな事をしても自分が危なくなるだけなのに。家が荒らされたり、食べ物が盗まれたり、観光客の荷物を漁ったりするのとは訳が違う。
「ですが、本場トイース竜王国の龍神教は、人に危害を加えるドラゴンまで信仰していません。そもそも、青龍様のご意思で「そんなドラゴンに信仰心を抱いても危険なだけだし、そんな事をする奴は我が信者にあらず」と言われていますので、凶暴な個体に限定されていますが、トイースでも普通にドラゴン退治が行われています。温厚な種類、特にブルードラゴンを傷つけたら背信行為として投獄されますけど」
《青龍らしいわね。あの子は、人里を襲う様なドラゴンに関しては同胞と認めていないらしいわ。むしろ、討伐してくれた方がありがたいという考えの持ち主だから》
意外にドライですね。青龍も人里を襲う個体には頭を悩ませているらしく、信者達にもその辺は徹底させるように御告げを告げたのだそうだ。
「ですが、極一部に全てのドラゴンを保護すべきだという輩が何時のもまた事実です。その為、真っ当な信者達からは煙たがられていて、トイース国王のドラガ竜王陛下もそういう人達をテロリストとして認定しているくらいです」
トイース国王は、竜王と呼ばれているのか。今度行くとき間違えないようにしないと。
という事は、ここにいるのは間違いなくテロリストの部類に入ってしまった信者だろうな。いや、決め付けは良くない。とりあえず代表者に会って、話を聞いてもらうか。
恐る恐る中へ入ると、普通の協会と同じ内装であるが何やら物々しい雰囲気が漂っていて、こちらを見る信者達の視線が殺気立っていた。
信者達は皆アジア系の顔立ちをしていて、髪も黒が多いが黒目の人は一人もいなかった。
まぁ、それは一旦置いておいて。
「ここのトップと話がしたい。会わせてくれないか」
俺の声に反応して、祭壇に立っていた一人の男性が俺達に近づいてきた。年齢は五十過ぎくらいで、白髪が所々目立つ目付きの鋭い小太りの中年男性であった。
「私が、この教団の最高責任者、教皇です」
「どうも」
互いに軽く会釈をして挨拶をした。
《言っておくけど、龍神教の本物の教皇ならトイースの王都にいるわ。コイツは教団から罷免された逸れものよ。本物の教皇だったら、あの二頭の討伐許可はあっさり出すわ》
その時点でもう嫌な予感しかしないのだけど。
「ここに来た目的は分かっています。あなた方は、あの二つの山に住んでいる二頭のドラゴンを殺しに来られたのですね。見慣れない顔をしていて、武器を携帯しているという事は冒険者ですね」
「話が早くて助かります」
リーダー格の男は、更にこちらを牽制するかの様に睨み付け、今にも殺しにかかりそうであった。
「なら言いますが、俺達はクミナミ国王陛下からの依頼で、あの二つの山にそれぞれ住み着いているドラゴンを退治するためにここに来ました。つきましては、あなた方の理解を示してもらいたく」
「断る!」
更に圧を強めた口調で、俺の話を切った。
「神聖なるドラゴンを殺すなど、許される訳がないだろ!」
「人里を襲う様なドラゴンは、生かしておいても危険なだけですし、この国でもそういうドラゴンは災害級に指定されています」
「よくも我等の神を侮辱したな!ドラゴンというのは神の御使いとされている神聖なる生き物!そんな神を災害呼ばわりするとは!」
「トイースにいる信者は、その辺はきちんと弁えていて討伐を認めています」
「アイツ等は邪教だ!ドラゴン全てが信仰の対象であり、我等の主神青龍様の眷属であらせられるぞ!その眷属であるドラゴンを殺すという事は、青龍様に対する冒涜であり、背信行為だぞ!」
その青龍様は、人里を襲うドラゴンを仲間と認識しておらず、信者達に討伐をするように御告げをするくらいだ。
駄目だ。自分に都合がいい様に事実を捻じ曲げている。トイースの竜王陛下と、龍神教の教皇様も苦労しているだろうな。
「それに人里を襲うなんてとんでもない!彼等はただ餌を求めてきただけなのだぞ!」
「その餌の中に、生きた人間や家畜の牛や豚も含まれているんです。被害は甚大じゃないないですか」
「神の一部となったのだ、むしろ喜ぶべき事だ!そもそも人間ごときの為に牛や豚を飼うなど間違っている!全て神聖なるドラゴンに捧げるべきではないか!」
それじゃ困るから、国王陛下は討伐をして欲しいと頼んできたのだぞ。
豚と牛の肉は、クミナミ鳥王国が世界に誇るブランド品。生産をストップしてしまうと、この国の利益は大幅に下落してしまい、人々に苦しい生活を強いることになる、食糧難に陥ってしまう危険性もある。
ましてや、それを全てドラゴンの餌にしてしまうとその家畜に掛けたお金が全てパァになり、仕事が出来なくなりたくさんの人が職を失い路頭に迷う事になる。
国益は落ち、食糧難になり、たくさんの人が路頭に迷う、良い事なんて何もないじゃない。
この男は、それが全く分かっていない。
「あの山にいるのは、ブラックドラゴンとレッドドラゴンです。アイツ等は凶暴で、殺戮の限りを尽くします。この村を襲撃したら、また別の村を襲いに」
「神に向かって何たる侮辱!ドラゴンが殺戮の限りを尽くす等、出鱈目も大概にしろ!」
二頭ともそういう種類のドラゴンなんだから、取り繕ったって仕方がないだろ。特にブラックドラゴンは、ドラゴンの中でも最も凶暴で危険な種類とされていて、見つけたら最優先で討伐が急がれているドラゴンだ。
「ドラゴンの討伐は、教皇であるこの私が認めない!どうしても討伐に向かうというのなら、他の冒険者同様この場で殺してやる!」
激昂した教皇の指示で、周りにいた信者達が一斉に武器を手に俺達を取り囲んできた。もうダメだ。コイツ等には話が全く通じない。
間違いない。連中は本国でテロリストと認定されている。
《本物の教皇にとってはまさに目の上のたん瘤。コイツ等のせいで龍神教の印象が悪くなっては溜まらないわね》
だから罷免したんだろうな。そんで、逃げる様にしてこの国に来て教団を立ち上げた、と言った感じかな。クミナミ鳥王国では、国を挙げて動物愛護に尽力しているから、連中はここなら理解してもらえると考えたのだろう。
だが、その考えは浅かった。
この国でも、災害級に指定されているドラゴンは保護の対象から外れており、過激な愛護団体に対する取り締まりが非常に厳しかった。
そこで連中は、自分達の考えの正しさを広めるために王都に近いこの村で活動を行い、村人達にも理解してもらおうとしたのだろう。
しかし、村人達は誰一人としてドラゴンの保護を認めようとはしなかった。特に農家からの反発が酷く、こんな所まで追いやられてしまったのだな。
《テロリストなんだし、殺ってしまう?》
冗談かもしれんが、物騒な事を言うな。面倒事は避けたいから、殺さずに縛り上げるだけにする。
「さて、憲兵が来るまでに一人残らず縛り上げるぞ」
「はい」
「ああ」
「分かった」
「神の祝福を受けた信者達よ、ドラゴンを害そうとする悪魔どもに神の鉄槌を!」
武器を持った信者達が、俺達に向かって一斉に襲い掛かってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これで、全員ですか?」
「はい。尋問を行って無理矢理吐かせましたので」
《尋問というよりは、脅迫?ま、やったのはアリシアだけど》
黙りなさい。
信者達との戦いは、呆気なかったの一言に尽きた。
実力は申し分なかった。銀ランクに迫る実力を有していた事が、実際に戦ってみて分かった。なんて勿体ない。
だが、今回は相手が悪かった。金ランクが三人とアリシアさんだから、全く苦労することが無く瞬殺いたしました。戦闘内容については、割愛させていただきます。大口叩いてた割には呆気なさすぎだ。
「では、コイツ等は我等が王都まで連行します。村を恐怖のどん底に陥れましたので、死ぬまで獄中暮らしだと思いますが」
「ふざけるな!我等は崇拝する神をお守りする為に!」
「村を襲っているドラゴンを保護しようとする奴を、見過ごす訳がないだろ」
こういう人の扱いになれているのか、憲兵は信者達の言葉をまともに取り合おうとしなかった。
「アリシアさんは憲兵と一緒に行ってくれ。連中と同じ考えの奴等が助けに来ないとも限らないから」
これもまた、クミナミ鳥王国で問題になっていることの一つ。同じ志を持った人が、拘束された同胞を助ける為に騎士団を襲撃するという暴走もある。騎士団の人も警戒はしているが、それでも襲撃を受ける事があるという。
むしろ、ソイツ等の方がドラゴンよりも厄介だからな。
「はい」
まぁ、アリシアさんがいてくれれば、そういった襲撃も未然に防ぐ事が出来る。
元々過激派保護団体の牽制するつもりではいたけど、コイツ等を拘束するとこの村にはドラゴンを保護しようとする人は一人もおらず、特に心配する必要もなかった。むしろ、早く退治して欲しいとお願いされたくらいであった。人為的被害はもちろん、家畜の被害もかなり酷いみたいだろうな。。
「俺と神宮寺とヴィイチはブラックドラゴンの方を、ユズルとミヤビとカナデはレッドドラゴンの方を頼む」
「えぇ」
「はい」
「カナデと組むなんて、久しぶりだね」
「前のあたしとは違うからね」
「だと良いけど」
一頭につき三人ずつで相手をする事になるが、俺やユズル、ミヤビやカナデと神宮寺なら問題ない。ヴィイチのレベルなら何とかなるだろうし、メイド組の中では特に実力の伸びがすごいから経験を積ませてみようと思う。
「気を付けてください。ブラックドラゴンは、ドラゴンの中でも特に凶暴で危険な種類です。無理だけはしないでください」
「ああ」
アリシアさんに見送られながら、俺達はそれぞれの山へと歩いて行った。