18 最弱冒険者
新キャラ登場です。気に入って頂ければ幸いです。
「さて、ついに今日と言う日を迎えたな」
《そうね。ヘッポコらしいけど、どんな子なのか》
デリウスとそんな事を話しながら(傍から見たら独り言)、俺はアリシアさんと一緒に冒険者ギルドへと歩いて行った。
補足情報だが、昨日俺が帰った後アリシアは本当に退職願をギルドに出したそうだ。
そのせいなのか、ギルドの中に入るとたくさんの人に殺意の籠った眼光で睨まれていた。
《まぁ、これも運命だと思って潔く受け入れなさい》
この女神様ときたら、完全に他人ごとのように。
「それで、その冒険者ってのはまだ来てないのですか?」
「そうですね‥‥‥」
時刻は、丁度お昼を過ぎた頃。アリシアさんの予想だと、もうそろそろ帰って来ても良い頃だと言うのだが・・・・・・。
「まだ、来てないみたいですね。おそらく、何処かで魔物と戦って、倒せず逃げる、を繰り返しているのだと思います」
「ホントに大丈夫なのかそいつ・・・・・・」
何だか不安になってきた。そんな事を繰り返してたら、いずれどこかで命を落とす事になるぞ。
心配になったアリシアさんが受付に行って、確認をしに行った。何だか居心地の悪さを感じた俺も、何となくアリシアさんの後に付いた。
「あの、カナデさんはまだ戻っていらっしゃらないですか?」
なんだか急に日本人っぽい名前が出てきた。名前から察するに、そのヘッポコ冒険者は女性なのだろう。
「まだみたいです。仮に歩いて帰ってきたとしても、そろそろ戻っても良い頃なのだけど‥‥‥」
そんなやり取りを、たまたま近くで聞いていたゴツイ身体のスキンヘッドの男が、鼻で笑いながら言った。だけどその表情からは、彼女を心配している様にも見えた。
「今度こそ、魔物の餌になったんじゃねぇの?あいつ、超絶弱いからな。所詮は、兄の七光りだな」
こんな喋り方だけど、心配してくれているのだな。
どうやら、カナデという冒険者の評判は他の冒険者の間でもかなり有名なようだ。最後の言葉から想像するに、彼女のお兄さんはとても有名な人なのだろう。
「ただ今戻りました!」
突然入り口から、威勢の良い少女の声が聞こえた。何事かと思い振り返ると、短い金髪と透き通るような碧眼をした、何処かのお嬢様のように綺麗な顔立ちをした美少女が立っていた。そして、何よりも目を引いたのは年不相応に大きく盛り上がった胸元。ここまでなら、貴族か何かの令嬢かと思うが。
着ている服はノースリーブの胸の下までの丈の短いシャツの上に、これまた丈の短い長袖の茶色い革ジャン着て、下はパンツルックスで太ももを大胆に露出させた、とても冒険者とは思えない様な格好をしていた。
だけど、腰にはしっかり武器が装備されており、両腰にはホルスターに装填されたリボルバー銃に、後ろには脇差が2本差してあった。
その少女は、周りの冷ややかな視線なんて気にせず受付の所に居たアリシアさんの方へまっすぐ進んでいった。
「依頼、達成しましました」
「お疲れ様、と言いたいところだけど、私もうここの受付やめちゃったのよ」
「えぇ・・・・・・」
仕方ないと、彼女は隣の窓口へ行き、肩掛けカバンから薬草らしき物を取り出して提出した。
「あの、もしかして彼女が?」
疑問に思った俺は、小声でアリシアさんの耳元で聞いた。アリシアさんも、小声で答えてくれた。
「はい。あの子が、翔馬さんに紹介しようと思った冒険者で、名前はカナデ様です」
「やっぱり・・・・・・」
昨日聞いた、魔物や盗賊に全戦全敗を喫している最弱冒険者。
「ですがあの子、とてもすごい方なのです。本人はまだその事を自覚していないだけで・・・・・・」
「正しくは、あの子の兄貴がスゲェんだよ」
俺達の会話を聞いた、先程のスキンヘッドの男が呆れた表情で答えた。
「あの・・・・・・」
「あぁワリィ。俺はガレス。一応青ランク冒険者をやってる」
「どうも」
ワイルドな見た目に反して、結構礼儀正しい所を見せたスキンヘッドの男の名はガレス。強面な顔立ちで口も悪いが、性格は至って温厚の様だ。
そのガレスにつられて、俺も頭を下げた。
「それはそうと、あなたはさっきあの子に『兄の七光り』なんて言いましたけど?」
「あぁ。あの子とあの子の兄貴は、ここオリエの町から50キロ離れた田舎町スズラ村という所出身で、兄貴の方はこの世界でたった五人しかいないと言う金ランク冒険者の一人で、この世界で最強の冒険者ユズルの妹なんだ」
「あの子が・・・・・・」
だから、兄の七光りなんて言われているのか。兄がこの世界でたった五人しかいないと言われている、金ランクの冒険者の一人なんだな。
五人の金ランク冒険者はそれぞれ違う国に就いており、ユズルと言う金ランク冒険者は生まれ故郷であるこの国に就いていた。
「だけどあの子、最強と言われている兄とは違いメチャクチャ弱くてな、俺も一回あの子とパーティー組んだことあるけど、後先考えずに剣を持って突っ込んでくだけのド素人で、ちっとも役に立たねぇからすぐに捨てちまったんだ」
「そんな事があったんですね」
ますます不安になってきた。そんな猪突猛進な戦い方をされたら、パーティーの足を引っ張るだけでなく自分自身も危険に晒す事になってしまう。ガレスじゃなくても、誰もが捨てると思う。
俺とガレスの会話を聞いたアリシアさんも、必死で笑顔を保とうとしているがどうしても苦笑いになってしまう。
「でも、とても真っ直ぐな良い子なのです。そりゃ、確かに前に突っ込む過ぎる所はありますが・・・・・・」
それ以上フォローが出来ないアリシアさんが、最後は言葉を詰まらせた。こりゃ、かなり重症だな。
そんな俺達の視線に気づいたカナデが、頬を膨らませながらこっちを睨んでいた。
「ワリィ。俺はこれ以上あの子と関わり合いになりたくねぇから、これで」
そう言ってガレスは、逃げる様にして俺達から離れて言った。相当面倒臭い性格をしているのかな。
「何よ!」
柳眉を吊り上げながら、カナデが俺のすぐ目の前まで迫ってきた。
「何なのよ!聞いたらつい十日前にギルドに登録したばかりのド新人のくせに、何あたしよりも早く銀ランクに上がっちゃってんのよ!しかも、アリシアとすごく仲良くしちゃってるし。何様のつもりよ!」
うわぁ、完全に因縁を付けられた。弱いくせに威勢だけは良いな。
「あたしは3年経っても未だに黒ランクのままなのに、あんたはたった一週間で銀ランクになるなんてふざけてるわ!ちょっと裏の広場に出なさい!あんたには経験の差と言うやつと思い知らせてやるわ!」
「ええぇ・・・・・・」
裏の広場と言えば、冒険者達が決闘する時によく使われる場所で、広場全域に聖属性の魔法が掛けられており、死に至るダメージを受けても一回だけそれを無効にしてくれる。それ以外の怪我は治せないけど
つまり、諍いの多い冒険者にとっては喧嘩をするには恰好の場所と言う事だ。
ただし、使用できるのは一人一日一回だけで、続けてその人と決闘を申し込もうとすると、その申し込んだ冒険者は問答無用に地下牢で一週間過ごす羽目になる。
「悪いけど、お前じゃ俺の相手にもならない。やめといた方が」
「何よ。逃げる気?あたしに負けるのが怖いの?」
「そうじゃなくて・・・・・・」
「だったら来なさいよ!」
ダメだ。この子、一度思い立ったら即行動に移さないと気が済まない、思い込みの激しい超大馬鹿娘だ。しかも、相手が自分よりも格上なのにもかかわらず、やたら無闇に噛み付いてくる。
本当にこんなバカが、冒険者をやっててよく生きていられたな。
ドシドシと、女の子とは思えない歩き方で裏の広場へと向かうカナデ。そんな彼女の後を、翔馬とアリシアはトボトボと付いて行った。
(ちょっとアリシアさん。本当にこの子が、新しいパーティーメンバー候補何ですか?)
口に出すと余計な諍いを招きかねないと思い、念波でアリシアさんと話す事にした。
(確かに、カナデ様は時々考えもなしに突っ走ってしまう癖がありますし、おだてに弱くすぐに調子に乗ってしまいますけど、そんなに悪い子ではないですよ)
《でも、このままじゃあの子は依頼中に犬死する羽目になりかねないわ。魔物との戦闘で死ぬならまだしも、味方の流れ弾で死んだんじゃ目も当てられないわ》
何時の間にかデリウスも会話に加わったが、気にしないでおこう。
(おっしゃりたい事は分かりますが・・・・・・そうですショーマさん、まずはカナデ様のステータスを確認してみてください。私の予想が正しければ、すごいことが分かります)
(すごい事ね‥‥‥)
言わるがまま、俺はカナデのステータスを確認した。
それがこちら↓
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名前:カナデ 年齢:十五
種族:人間 性別:女
レベル:5
MP値:89500000
スキル:早撃ちA 射撃術F 格闘術F 剣術F
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ご覧になって気付いた方も多いだろうが、一ヶ所だけ明らかにおかしな欄があった。
(ちょっと待て!何なんだあのとんでもなく高いMP値は!?)
《レベル5のくせに、MP値が8950万もあるの!?魔族や妖精族でも2万を超えること自体難しいのに、何なのあの子!》
この数値には、流石のデリウスも驚いていた。
(やはりそうでしたか。私も一目見た瞬間から何となくわかりました。カナデ様には、普通では考えられない程の膨大な魔力量を誇っているのではないかと)
(そんなのが分かるのか?)
《エルフには、魔力を感知する能力があり、ハーフエルフでもその能力はしっかりと受け継がれるの》
(なるほどね。でも、そんな馬鹿魔力を持っているのに、魔法を一つも覚えていないのはどういう事だ?と言うかあいつ、自分の魔力量に全く気付いていないんじゃないのか)
(はい。ですから、カナデ様は自分の長所に全く気付いていないと言ったのです)
そう言う事か。だから、最弱冒険者なんて呼ばれてるのか。
もし自分の魔力量に気付いていたのなら、魔法を専門に覚えていただろうし、魔法銃があれば魔物をたくさん屠る事も出来る、それがあればパーティーも後方支援の重大な要となるだろう。
(それなのに、これは勿体なさすぎだろ)
装備している武器を見るに、どれも普通の銃と脇差。魔力を使う武器なんて一つも持っていない。
《完全に宝の持ち腐れね》
(彼女のお兄様であるユズル様が、剣を使った戦い方をされているので)
(そういう事か)
大方、憧れの兄を真似て自分も剣を使った戦い方をしようとしたのだろう。ところが、彼女には剣の才能が無く、幅を利かせる為に銃を購入したのだか、黒ランクで得られる収入では魔法銃を買う事が出来ず、普通のリボルバー銃を購入したのだろう。
だけど、肝心の射撃術も剣術同様Fと最低ランク。
アリシアさんも、何度も魔法を覚える事を進めたがカナデはそれを拒んだそうだ。剣の戦い方にかなり拘っている様だ。
(頑固な奴だな)
(ユズル様からも、剣ではなく魔法を専門にした方が良いと言ったのですが、カナデ様は酷い事を言われたと落ち込んだ後、ユズル様の言う事を全く聞かなくなってしまったのです)
親の心子知らず、と言う言葉が頭の中に思い浮かんだ。正しくは、親ではなく兄なんだけど。
(困った問題児だな。兄貴としては、カナデが魔物に殺されないようにする為に言ったのだろうけど、カナデからすれば自分の戦闘スタイルを否定された様に聞こえたのだろう)
念波で会話しているうちに、俺達は裏の広場へと到着した。
広場に着くと、カナデは足早に広場の向こう側へ行き、脇差を抜いてから俺の方を向いた。
「まったく。構えからしてなってないな」
剣先を前に付きたてて、脇はガラ空き、重心が前の方に傾いていて、上半身に余計な力を入れ過ぎている。単刀直入に言うと、隙だらけのガラガラの構えだ。初心者レベルかと思いきや、初心者未満だな。
「あんたも、早く剣を抜きなさいよ」
「抜く必要なんてない。と言うか、武器を使わなくてもお前相手に負ける気は微塵も感じない」
その言葉に逆上したカナデが、眉間に皺を寄せ、奥歯を強く噛み締めながら睨み付けていた。
《実戦ならこの時点で負けね》
確かに、魔力切れも起こしていないのにこんな軽い挑発に乗って逆上したら、もはや相手の思う壺だ。
「ふざけないで!だったら後悔させてやる!」
そう言ってカナデは、地面を強く蹴り俺に向かって走り出した。
が
((《遅い!》))
そう。カナデの走るスピードは、絶望的に遅かった。原因は言うまでもなく、大き過ぎる胸が激しく揺れるせいで動き辛くなっているのだ。別にセクハラ的意味で行った訳ではないぞ。違うからな。
「あのバカ!さらしで締め付けるか、胸に当てる鎧でも装備しないと揺れが激しすぎるあまり走りにくいだろうに」
こんなのでよく、魔物や盗賊達から逃げきれたな。
そんな事を考える余裕がある程カナデの走りは遅く、最小限の動きでカナデの攻撃を避けた。
「ああぁ、とっとっとっとっとっ!」
攻撃を避けられた瞬間、カナデは分かり易いくらいにバランスを崩し、その場で転倒した。
「動作が大きすぎる上に、無駄に力が入ってる分動きがぎこちない。そんなんじゃ魔物はおろか、紙すら綺麗に切れないぞ」
俺が今まで見てきた剣術の中で、カナデの剣術が一番酷いものであった。
「こんのぉ!」
起き上がってすぐに攻撃を仕掛けてきたが、いずれもパターンが読めるものばかりで、力一杯振っている割には剣に力は感じられず、腕で防いでも痛いだけで傷一つ付かないだろう。
カナデの斬撃は、そのくらい酷いものであった。
「もっとキレのある攻撃をしろ。ガキのチャンバラごっこじゃねぇんだ」
「うるさいわね!その割には全然攻撃してこないじゃない!」
「お前の実力がどの程度か計ってるだけだ」
「何よ!偉そうに!」
「ハッキリ言うが、お前の実力は黒どころか白以下だぞ。剣を振って前衛に出るには向いてない」
「うるさい!何も分かってないくせに!」
分かってないのはどっちだよ。このまま改善されないまま続けたら、近い将来魔物や盗賊に殺されてしまうだけだぞ。
お前の兄貴も、お前に死んで欲しくないから忠告したのに。意固地になりすぎるあまり周りが全然見えなくなり、周りの言葉にも全く耳を傾けようとしない。
良くも悪くも、真っ直ぐすぎる性格が仇になったな。
「もう!避けてばかりいないでさっさと攻撃してきなさいよ!」
「ならお望み通り」
そう言って翔馬は、右の掌でカナデの顔面を覆い力一杯握った。アイアンクローである。
「ふぎゃああああああああああああああああああぁ!」
女らしからぬ悲鳴を上げた後、カナデは糸がプッツンと切れた人形のごとく倒れ、そのまま気を失ってしまった。
「たったこれだけで気絶するなんて・・・・・・」
《弱いにも程があるわ・・・・・・》
これが、史上最弱の冒険者・カナデの実力。
ハッキリ言って、酷過ぎるなんてレベルじゃない。