表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/224

179 スライムパニック

 カナンマ王国の王都を後にした俺達は、隣国のクミナミ鳥王国を目指して馬車を走らせていた。

 その前に、カナンマに伝わる聖剣のコアの材料となっているジェリースライムを探していた。俺も、桜と紅葉の手綱を握りながら周囲を探っていた。隣に座るアリシアさんは、全く動じていないみたいだが。


「何でよりにもよってジェリースライムの核が必要なんだよ」

「ジェリースライムは、生きている生き物や革製以外でしたら何でも溶かして食べてしまいます。ジェリースライム自体は強化されませんが、魔物の素材を吸収するという意味ではある意味ピッタリな素材なのかもしれません」


 全く動じることなく、ジェリースライムの核が何故材料となっているのかを予想するアリシアさん。

 スライムはあの液体状の身体が物を溶かす訳ではなく、核がそういう特性を持っているのであって、あの気色の悪い身体にはそんな力はないそうだ。

 アリシアさんの予想では、その特性を持った核が十個も合わさることで生きているもの以外なら何でも吸収できるようになり、同時に装着している武器その物の強化と、特性の引継ぎが行われているのではないかと推測している。

 そういった特性はどのスライムにも見られるが、ジェリースライムの場合はそれがかなり強力なのだそうだ。その為、取り付かれるとほぼ一瞬で服なんて簡単に溶けてしまうのだそうだ。


「前から思ってたけど、スライムの核って一体何に使われるんだ?」

「薬の材料ですね。ただ、ジェリースライムの核はアヘンが多く含まれている為薬には適さなかったそうですが」

「あれの核が薬ねぇ‥‥‥」

「ショーマさんが以前風邪をひかれた時に飲んだ薬にも、スライムの核を粉末状にしたものが含まれていましたよ」

「マジで!?」


 そうとは知らずに、あの時飲んでいたのかよ!

 って、ジェリースライムの核にはアヘンが含まれているのかよ!

 なんでも、動物の死骸などがない場合は毒性の強い植物を捕食しているのだそうだ。通常なら、毒を分解する物質を核から出されていて、その物質が薬にも応用出来ることが分かった事で薬に使われるようになったのだそうだ。その物質って、細菌やウイルスにも有効なんだな。

 だけど、ジェリースライムの場合は分解するのではなく取り込む為、核の中に蓄積されるのだそうだ。特にケシを好んでいるらしく、その為核には多量のアヘンが含まれているのだそうだ。


「それに、不純物が取り除かれた時の核はとても小さいので、売っても銅貨十枚程度ですが需要は意外にも高いのです」


 それでも、初心者冒険者にとっては貴重な収入源である為、スライム討伐は白ランクの冒険者にはかなり人気の高い依頼なのである。


「ショーマさん、丁度あっちにジェリースライムがいますよ」

「出た」


 アリシアさんが指差す先に、半透明のゲル状の物体が三匹うにょうにょと動いているのが見えた。間違いない、本日の獲物ジェリースライムだ。


「一旦停めてください。丁度良いですから、核の取り出し方をレクチャーします」

「はぁい」


 アリシアさんは真剣だが、俺達は正直言って気乗りしない。

 とりあえず馬車を停めて、俺達全員でアリシアさんから無傷の状態でスライムから核を取り出す方法を教わっている。俺も含めて、全員が能面の様な顔になっていた。


「先ずは、足でジェリースライムを踏みつけて、動かないようにしっかり固定します。靴は皮製が多いですから、溶ける心配がありません」


 とは言いますが、あのグニョグニョの身体をよく踏みつけられるなと思う。ジェリースライムも抵抗しているが、アリシアさんの足で押さえつけられている為抵抗が出来ないでいる。


「次に、皮手袋を着けたら」


 そう言うとアリシアさんは、皮手袋を着けた手をジェリースライムの中に勢いよく突っ込み、その中にあるテニスボールサイズの核を掴んだ。その瞬間、俺達の顔は一斉に真っ青になった。


「核を掴んだら、パッと、勢い良く身体から引き抜けば再生することなく、尚且つ無傷の状態で核を回収する事が出来ます」


 簡単でしょ、という感じで説明するアリシアさんだが、あの身体に手を突っ込む事は他の女性陣はもちろん、俺やユズルだって抵抗がある。

 それを何の躊躇いもなくやり遂げるアリシアさん、マジで肝が据わっていらっしゃいますな。


「よくもまぁ、何の抵抗もなく出来るわね」

「たまに無傷の状態のスライムの核を欲しがる人がいますので、ギルド職員になる人は必ずこれを覚えないといけないのです」


 震える声で尋ねるカナデに、ケロッとした顔で答えるアリシアさん。あぁ、ギルド職員時代に練習でさんざんやってきたから慣れているのだな。


「それに、スライムが生きている人間を襲うことは決してありませんから、怯える必要なんてありません。ジェリースライムだって、人間そのものを食べたりはしませんので安心してください」

「そりゃそうかもしれないけど、取り付かれたらアウトでしょ。特に女にとっては」

「死ぬよりマシだと思います」


 フィアナの必死の訴えも虚しく、そんな風に返されてしまった。アリシアさんにとって、命さえ無事なら服を溶かされる事くらい何ともないと思っているのだろう。

 そんな事をしている間にもう二匹が、ゆっくりとアリシアさんに近づいてきた。そんな二匹のジェリースライムを、アリシアさんは足一本だけで押さえつけていた。器用に二匹のスライムを、片足一本だけで固定できるな。

 取り出した核を俺に渡し、残り二匹のジェリースライムの核も同時に取り出していった。

 スライムの核は、鉛のような感触ではあるが非常に軽いのだが、取り出す際の残り汁が付着している為素手で触るには抵抗がある。これは、皮手袋必須だ。


「この作業を、二百回もしなきゃいけないのか」

「ちょっと待って、なんか増えてない?」

「気付きましたかカナデちゃん。実はこの事をシュウラに報告したら、ナーナとレイハルト公爵も欲しいって言ったらしいから」

「それで増えたの?」

「イエス」


 注文内容を総括すると、


 メリー、ユズル、シュウラ、ミスズ女王、キリカ、の計五名が刀

 アリシアさん、フィアナ、ミヤビ、神宮寺、リュウラ国王、ローリエ、エフィア、レイハルト公爵、ナーナの計九人が剣

 カナデが魔法銃

 ヴィイチがハルバード

 ホクゴ獣王陛下がガントレット

 水島が盾

 ラヴィーがクリーヴ

 エリは‥‥‥とりあえず短剣で


 と、こうなる。

 儲けが出る反面、今までにない大変な仕事となった。


「仕方ありません。伝説の武器の為に、我慢いたします」

「そうだな。私も我慢しよう」

「頑張る」


 メリーとフィアナとローリエが、これも新しい武器の為だと言って我慢する事を決意したみたい。


「申し訳ありませんが、私は遠慮いたしますわ」

「あたしもパス。ヌルヌルのキモイ系は嫌」


 神宮寺とミヤビは、生理的に受け付けられないみたいで馬車で待つ事になった。

 メイド四人も本当は嫌だけど、俺がやる以上その奴隷である四人がサボる訳にもいかず泣く泣く作業に参加する事になった。別に無理しなくても良いけど、本人達の変なプライドに傷が付くからと言って聞かないもんで。

 本当は俺も嫌だけど、作る人間として必要な素材を手に入れる為にも抜ける訳にもいかないし、現場にいる以上人任せにする訳にはいかない。

 という訳で、俺達は再び馬車に乗ってスライムを探しながら先へ進む事にした。

 そして、災難二倍の効果なのか。

 出発して僅か一時間後に、開けた荒れ地で全体を埋め尽くすジェリースライムの群れと遭遇した。


「デリウス。何匹いる?」


《えぇっと‥‥‥うわお、すごい。四百二十匹もいる。伝説の武器が四十二個も作れるわよ》


 必要最低量の倍以上もの数か。半分狩ったらとっとと逃げよう、と思ったけどこれでは先へ進めない為全部狩ることになった。


「おいお前等、準備は良いか?」


 両手に皮手袋を装着して、手術前の医師の真似事をして大量のスライムの前に立った。

 そんな俺の後ろには、同じ様に皮手袋を装着した仲間達が立っていた。傍から見ると、完全に怪しい集団だぞ。


「目標は四百二十匹。一匹も取り逃がさないように」

「分かった」

「瞬殺よ」

「すぐに終わらせる」

「さっさと終わらせる」

「すべては伝説の武器の為」

「二時間、いや、一時間で終わらせる」

「サクッと終わらせる」

「うん、分かったからちょっと黙って」


 後ろからだと、誰が何て言っているのか分からなかったぞ。全員女性なのは分かったが。


「そんな事よりもサクッと、やっちまおうじゃねぇか」

『おおぉ―――――――!』


 掛け声と共に、皆が一斉にジェリースライムに向かっていった。

 足で踏みつけて固定して、手を突っ込んで核を取り出す。


「うわぁ、皮手袋してるのに滅茶苦茶気色悪い!」


《男がそんな情けない声を出すんじゃない》


 無理無理無理無理!

 ベトベトで弾力のある液体の中に手を突っ込んでいるみたいで、物凄く気持ち悪い!シンテイのスライムでも、ここまで気持ち悪くないぞ!


《そういえば、地球でもナマコやウミウシやアメフラシも気持ち悪いという理由で触りたがらなかったね。ナマコの何処が嫌なの?コリコリした触感がクセになってて良いのに》


「あり得ねぇ!」


 あんな気持ちの悪い物体が美味しいだなんて、絶対にどうかしている!絶対に食べ物だなんて認めない!食べる奴の神経が知れない!てか、デリウスは食べた事があるのかよ!


《それ、美味しく食べている人達に失礼だよ。何年か前にサラフィが地球に降りた時に、お土産として干しナマコを買ってきたの。すごく美味しかったわ♪》


 そんな物を買うな!あんな気持ち悪い生き物が美味いだなんて、俺は絶対に信じないぞ!


《好き嫌いは良くないと言っておきながら、自分だってナマコやクラゲが嫌いじゃない。それも食わず嫌い》


 うるさい!

 ナマコは見た目からして絶対に食べるものじゃないし、クラゲには海に入る度に酷い目に遭ってきているのだから食べるなんて絶対に嫌!断固拒否する!

 それなのに、何でそれと同類のジェリースライムの気持ち悪い身体に手を突っ込まなといけないんだ!剣で切った方が百倍速いのに、無傷の状態じゃないとダメだなんて!


《ま、嫌がる気持ちも分からなくもないわ。ただ、ナマコがあれと同類に扱われるのは流石に不服だけど》


 同じだ!俺にとっては!

 ナマコがこの世界にいないのが幸いだ。クラゲはいるけど、食用にされていないだけマシだ。


「いやああぁ!すごく気持ち悪い!」

「もういやあぁ!」


 フィアナとカナデなんて、手を突っ込む度に悲鳴をあげちゃっているよ。


「こんな魔物に手を焼く訳にはいきません!」

「さっさと終わらせるわ!」

「ご主人様の為に!」

「ん!」


 メリーとラヴィーとヴィイチとローリエの四人は、更なる時間短縮を図るために、他の誰よりも早いペースで核を取り出していっている。特にメリーのスピードはすごかった。

 一方ユズルは、淡々と核を取り出しているように見えるが、よく見ると目が死んでいた。最強の金ランク冒険者も、この作業には参っているみたいだ

 逆に何とも思っていないのは、アリシアさんとエリの二人であった。慣れているアリシアさんはともかく、エリも平気だったのは正直言って意外だった。


《エリの場合は、単に痩せ我慢をしているだけよ。君と違って悲鳴も上げないのだから、本当に偉いねぇ》


 人間、得手不得手があるもんなんだよ。神宮寺とミヤビと同じ様に、俺もこのスライムだけは生理的に無理だわ。

 まぁ何にせよ、これならトラブルもなく順調に


「いやああああああああああああああああ!くっ付かないで!」

「いやああああああああああああああああ!」

「きゃああああああああああああああああ!」

「何だ何だ?」


 今の悲鳴は、カナデとヴィイチとラヴィーの三人だ。何かトラブルでも。


《ああっ、君は見ちゃダメ!三人ともジェリースライムに纏わりつかれて大変な事になっているから!》


「あぁ‥‥‥」


 ジェリースライムに纏わりつかれたという事は、服を溶かされて大変な事になっているのだな。

 お約束展開ご苦労様。そのスライムの核を取ったらさっさと馬車に戻りなさい!特にカナデ!


《あらぁ。カナデったらまた成長しちゃって、これはいよいよ百センチの王台に突入かしら?あらやだ、ヴィイチったら意外に大胆な下着を着けていたのね。ラヴィーも、相変わらずエロい身体しているわね》


 カナデの双丘が大きいのは分かっているし、ラヴィーの身体がエロいのも分かっているから、そういう話は今しないでもらいたい。ヴィイチの下着に関しては、ちょっと意外だけど。


《何時でも見れるから?》


 そうそう、って違う!こんな時にそんな話をするな!あと、ラヴィーとヴィイチも入れるな!


《まぁまぁ、安心して。幸いにも、三人とも下着は無事みたいだから》


 だから黙ってなさい、このセクハラ女神!

 開始三十分後、カナデとヴィイチとラヴィーの三人が服を溶かされてしまい脱落。

 それから十分後に、ローリエも服を溶かされてしまい脱落。

 最終的には、メリーとアリシアさんとエリの三人が多くの核を回収して、何とかジェリースライムの群れを一掃する事に成功した。特に、メリーのお陰で予定よりも早く終わらせることが出来た。

 一方で、服を溶かされた四人は、神宮寺とミヤビが乗っている馬車で予備の服に着替えていた。

 何にせよ、悲鳴が飛び交うスライムパニックはこれにて幕を閉じた。


《悲鳴を一番多く上げていたのは君でしょ》


 おっしゃる通り。もう二度とジェリースライムなんかとは拘わらないぞ。



「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ