175 狩猟と裁きの黒騎士
「もうそろそろ日が暮れるな」
「ええ。これ以上の散策はやめた方が良いですね」
「そうだな」
日が傾き出したころ、魔物討伐の為にゼフィル鉱山に向かっていた俺達は、頂上に到達した所で野営の準備に入っていた。その間に三回ほど、魔物の群れと遭遇したがメリーとエリの二人だけで全滅させてしまった為、俺達の出番は全くなかった。報酬はこの二人で折半させた方が良いだろう。だって、今回俺は何もしていないのだから、報酬だけ受け取る訳にはいかない。
「けれど、妙ですね。確かに、魔物の群れには遭遇しましたが、決して危機感を抱く程多いとは思えません。あの程度の数でしたら、青ランクの冒険者が何十人で挑めば駆逐も容易にできます」
「確かにな」
実際に戦ったメリーが言ったからではないが、俺もそんなに危機感を抱く程の数でも脅威でもない様な気がしていた。ましてや今は頂上にいるのに、ボス級の魔物が一匹もいないのだ。
カナンマ国王が危機感を感じていたほどだから、物凄い数の魔物と、災害級クラスの危険な魔物が住み着いているものだと思っていたが、ここに来るまでの間にそう言った魔物がいる様な感じはしなかった。
気配すら感じられなかったからマップでも確認してみたが、それでもそれらしい魔物は表示されなかった。それどころか、魔物の数が脅威を感じる程多くなく、この程度ならメリーの言う様に青ランクの冒険者の用心棒を雇えばどうにでもなる。
だけど、さっきから背筋が凍り付くような感覚に襲われていた。出てきた魔物に脅威を感じる事は無いし、そもそも脅威と言える程の魔物は一匹も出てきていない。なのに、どうしてこんなにも危機感を感じるのだろうか。
「ご主人様、ご主人様!」
という事を考えている時に、ローリエの間の抜けた声が俺の耳に届いた。緊張感の欠片もない声で叫ばないで欲しいぞ。
「何?」
「あっちの洞窟ですごい物見つけた!付いて来て!」
「んん‥‥‥」
この子は何処までマイペースなんだ?今野営の準備をしているのが分からないのだろうか?
「こちらは大丈夫ですから、行ってあげてください。あの子のことですから、とても珍しい鉱石でも見つけたのでしょう」
「わたしが代わりますので、ご主人様はローリエの所に」
「ローリエのマイペースはいつもの事ですから、吾はさほど気にしていません」
「‥‥‥じゃあ、頼んだ」
野営準備を神宮寺とメリーとエリに任せ、俺はローリエが見つけたという洞窟まで連れていかれた。入るとすぐに下へと降りて行き、洞窟というよりも大きな穴という感じであった。珍しくテンションが高いが、一体何を見つけたというのだろうか?
「そんなに急かすなよ」
「もう少しだから!」
しばらく下っていくと、ドラゴンが何匹も入れそうな広い空間に到達した。壁や天井には、何やら虹色に輝く鉱物がびっしりと埋め込まれていた。これは一体何なのだろうか?
「すごいよ、ご主人様!虹牙鉄だよ!全部!しかもこんなにたくさん!」
「何!?」
虹牙鉄って確か、百年前からめっきり掘れなくなってしまった超貴重金属で、石ころサイズでも欲しがられる程だ。
そんな失われた金属が、バスケットボールサイズの塊でこんなにたくさん!
《間違いないわ!それも、かなり良質な虹牙鉄だわ!これで刀を鍛えたらすごいわ!聖剣だって出来るわ!》
デリウスも興奮しながら、壁と天井に埋め込まれている虹牙鉄に目を輝かせていた。本当に輝かせているのかどうかは分からないが、声の感じからそうではないかと思う。
「掘ろう!全部!」
「うん!」
鼻息を荒くするローリエは、早速のみと金槌を使って一つ一つ丁寧に掘り出していった。もはやプロの領域であった。その取れた虹牙鉄を、俺は一つずつアイテムボックスの中へと入れた。
とは言え、これはたくさんあり過ぎた為、メリーに念波を送って全員で手伝いに来てもらう事にした。合流して早々、神宮寺が目をキラキラさせながら、ローリエからのみと金槌を借りて掘っていった。あれで一体どんな商売を始める気なのだろうか?
「こ、これ全部、虹牙鉄!?」
「あの失われた鉄が!?」
メリーとエリは、虹色に輝く鉄塊にただただ目を奪われ、呆然と眺めていた。うっとりするなとは言わないが、手伝って欲しいぞ!
掘り続ける事二時間。
ようやく壁と天井に埋まっていた全てを採り尽し、俺と神宮寺のアイテムボックスにはそれぞれ二トンずつ虹牙鉄が入れられた。
「すごい!宝の山!」
未だ興奮が冷め止まぬローリエは、まだ埋まっている虹牙鉄を掘りたそうにしているが、外はもう真っ暗になっているだろうからそろそろ切り上げようと思う。それにしても多すぎだろ。
「おいデリウス。失われた筈の金属が、何でこんなにたくさん埋まってんだ?」
《私も気になったからちょっと調べてみたらけど、どうやらこのゼフィル鉱山の深部が虹牙鉄で出来ているみたいなのよね。それも、むこう八百年は掘っても枯渇しないくらいに》
「あぁ、そう‥‥‥」
これにはデリウスも驚いているみたいだ。
おそらく、三百年前に魔物が住み着く様になってから、他の場所で取れる虹牙鉄が枯渇してしまい、結果として百年もの間掘られる事が無くなってしまったのだな。
「これ、報告したらヤバイかな?」
「ええ。あの穴もそのうち埋めた方が良さそうです」
「そうだな」
発掘パーティーの面々には、価格破壊が起こるからという理由で色付きアイアンの発掘をやめさせているが、虹牙鉄もそうなるだろうな。
その後、穴から出た俺達は夕食の取り、しばらく食休みをしてから就寝した。その前に俺は、ここにゲートを設置しないとな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日も魔物狩りの為に、ゼフィル鉱山全域を歩いて回った。なのだが、魔物は一匹も姿を現すことがなかったので実質ハイキングと言った方が正しい。
「やっぱり変です。カナンマ国王陛下が危惧していた魔物の群れには、あれから一度も遭遇しないなんて」
「あぁ」
昨日遭遇したあんな魔物で、あそこまでの危機感を覚えるなんてやっぱりおかしい。
登山した人達の話を大袈裟に捕らえ、その情報をそのまま鵜呑みにして危機感を抱いていたとも考えられない。豊富な資源が眠る鉱山だから、カナンマ国王も真相が本当なのかどうか確かめる為に、調査隊を何度も派遣して調べている筈だ。
それなのに、肝心の魔物が一体もいないなんておかしい。
「考えられるのは、魔物の群れを退けてしまう程の強力な魔物の存在でしょうか」
「もっと強い魔物が出てきたってことか?」
「憶測ですが、そうでないと説明がつきません」
「そうだな」
そもそもこれは、カナンマ国王陛下が直々に依頼を出してきたものだ。なのに、肝心の魔物が二日目以降一匹も出て来ないなんておかしいし、昨日倒した分で全部な訳がない。それは昨夜マップで確認したから間違いない。
メリーが言う様に、更に強力な魔物が出てきて、周囲にいる魔物が全て食われたのなら辻褄が合う。
そんな時、王都の反対側の斜面に大きな雷が落ちて、激しい爆発音が鳴り響いた。
「雷だと!?」
「おかしいです!空は雲一つない快晴です!」
神宮寺の言う通り、今日は雷が落ちる様な天気ではなかった。なのに、雷が落ちるなんておかしいぞ。
《急いで雷が落ちた方に行きなさい!》
《早く!別の場所に移動される前にお願いします!》
妙に焦った感じで、デリウスとイリューシャが俺達に叫んだ。という事は、あそこにゼフィル鉱山の魔物を食い尽くした魔物がいるというのか。
《魔物よりももっと厄介です!》
《あれは「裁きの雷」よ!》
「「「なに!?」」」
裁きの雷って確か、裁きの女神・ヴァルケリーが最も得意としている魔法、もしくは神技だった筈。
という事は!
「急ぐぞ!あそこに黒騎士がいる!」
「「「「はい!」」」」
俺達はすぐに、雷が落ちは場所まで走って行った。まさか、こんな所で移動中の黒騎士に会うなんて思ってもみなかった。
だけど、これは好機かもしれない。
王都に到達する前にヴァルケリーを撃つ事が出来れば、町の被害を食い止めることが出来る。ましてや、あんな雷を落とす様な奴が来ると、王都なんて一撃で壊滅させることが出来てしまう。
その前に、何としても倒さないといけない。走りながら俺は、アイテムボックスからハバキリを取り出して装備した。
《油断しないで。ヴァルケリーは手強いわよ》
《タケミヤさん達八人を除けば、下級神で最も強い女神です》
それは以前聞いた。剣だけだったらデリウスが上だが、雷まで使われると勝ち目がないという事も。
だが、メリーと神宮寺の二人も加われば勝機はある。それに、ローリエとエリがサポートに入ってくれれば何とかなる。
そう思っていた。
目的の場所に到着し、現場を目の当たりにした瞬間、俺が先程抱いていた勝機が一気に遠退いていった。
現場となる斜面だった所は、雷が落ちた場所の山肌が大きく抉れていて、斜面から一気に垂直の崖が出来ていて、黒騎士が立っているところが平地に均されていた。それを見ただけで、ヴァルケリーの「裁きの雷」威力がどれ程のものなのかよくわかった。
だが、俺が抱いていた勝機が遠のいていた理由は「裁きの雷」威力の強さを目の当たりにしたからではなく、あの場にいた黒騎士は一人ではなかったからであった。
「もう!何で雷落として折角の獲物を黒焦げにしてしまうのよ!」
「邪魔だから」
「だからって、私の楽しみを取らないでよ!あれで最後だったのに!」
会話から分かるように、今回遭遇した黒騎士は二人いたのだ。
怒鳴られている方の黒騎士は、金髪のセミロングに、切れ長の釣り上がった目をした剣を持った女性。
怒鳴っている方の黒騎士は、茶色い髪をポニーテールに結っていて、八重歯が目立つ女性で、背中には猟銃と弓を、腰には鉈が提げられていた。
《金髪のあの子がヴァルケリーで間違いわ。でも、まさか》
《はい。まさか、エンゲアさんまで来ていたなんて》
「エンゲアって確か」
「狩猟の女神です」
うわぁ、裁きと狩猟の女神二人が来ていたなんて!
「ま、新しい獲物なら丁度向こうから来てくれたみたいだし、代わりにあれを狩るとするか」
向うも俺達に気付いたみたいなので、俺達がいる崖の上を笑いながら眺めるエンゲア。ヴァルケリーも、それに釣られて視線をこちらに向けた。
「ま、そりゃ気付くよな。行くぞ」
俺とメリーと神宮寺、ローリエとエリは二人の黒騎士と戦う為に崖を飛び降りた。
「デリウスとイリューシャの声が聞こえたから、もしかしてと思ったら」
「勇者が二人」
エンゲアは鉈を、ヴァルケリーは黄色の剣を構えて俺達を睨んだ。やはりコイツ等、デリウスとイリューシャの念波が聞こえていたのか。
「俺達だって、アンタ等とこんな所で会うなんて思わなかったぞ」
「王都を襲撃する前に、ちょっとしたお遊びをしたくてね。ここには魔物がたくさんいると聞いたから、狩猟の女神としての血がたぎるってもんさ」
「無理を言われて付いて来こさせられた」
そういう事だったのか。
だから魔物が一匹もいなかったのだ。エンゲアが自分の趣味の為に、この山にいる魔物を全て狩っていったから魔物の数が少なくなっていたのか。使い魔も、使役するよりも狩る方が好きだからという理由で契約しなかったくらいだし、堕天していても狩りが好きな所は変わらないみたいか。
「でも、丁度良い。この山にいる魔物は全て狩り尽したから、アンタ等が来てくれて助かるわ」
「だったら私は」
エンゲアが右腕を回している間に、ヴァルケリーが俺に向かって一直線に突っ込んできた。
「クッ!」
ヴァルケリーの剣が俺の首に到達する前に、俺はハバキリで何とか防いだが、あまりに強力な一撃に耐え切れずに吹っ飛ばされてしまった。
「このボウヤは私が貰う」
「あ、ズル!その子が一番強いからって、横取りするなんて!」
「代わりに、その四人をあげる」
「俺達は野生動物か!」
とはいうものの、実際にはヴァルケリーの斬撃を防ぐのが精一杯で反撃のタイミングが掴めないでいた。
「「「ご主人様!」」」
「帯刀君!」
「おっと!君達は私と遊ぼうぜ!」
俺と助けようと駆けつける四人を、エンゲアが嬉々とした表情で邪魔をした。
《エンゲアが相手なら、メリーと美穂子がいれば問題ないわよ。それよりも、君は自分の心配をしなさい》
「デリウス、うるさい」
《ん?ヴァルケリー、あんた‥‥‥》
デリウスが何か気付いたみたいだけど、こっちはそれどころではない。
ヴァルケリーの実力は、俺が今まで戦った三人の黒騎士とは別格の強さを誇っていた。パワーはフィアナには及ばなかったから、何とか耐えられない事は無かった。って、フィアナの馬鹿力は女神を超えているのかよ。
「ほらほら、君の本気はそんなものじゃないでしょ」
挑発するような発言をした後、ヴァルケリーは俺から距離を取り、左掌を天にかざした。
《「裁きの雷」が来るわ!》
「なっ!?」
デリウスの言葉の後、頭上に先程見た大きな雷が俺に目掛けて落ちてきた。
けれど雷は、俺に直撃することはなくハバキリに吸い込まれていった。が、あまりにも力が強すぎるせいか、身体全体が地面にめり込んでしまいそうなくらいに重い一撃であった。おまけに、吸収しきれなかった雷が、俺の身体を何発も掠めていった。
《力が強すぎて、全てを吸収しきれないみたい》
吸収する限度を超えているらしく、衝撃を完全に殺しきることが出来なかったようだ。
「へぇ、私の雷も吸収しちゃうんだ。それじゃあ、マズったかな」
「よく言うぜ」
その割には全然驚いていないじゃない。
「『サンダーショット』」
「チッ!」
その証拠に、ショット系の魔法を連発してきてるじゃん。吸収されようがお構いなしか。
「一撃一撃が重すぎる!」
ハバキリで切って吸収させているが、限度オーバーである為全て吸収する事が出来ず、漏れた分が俺の身体に直撃していった。
「ほらほら、もっと本気を出しなさい」
さっきからその一点張りで、ヴァルケリーは雷魔法を連発していった。
この女神の目的が読めないまま、俺はひたすらヴァルケリーの雷魔法を防いでいた。
「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。