17 アリシア
「ふぅ・・・・・・何とか完成したな」
額から流れた汗を拭いながら、新たに構築した魔法の手ごたえを感じていた。
デートから魔法の指導に変わったあの日から三日が経ち、アリシアさんの指導の下、着実に魔法の扱いに慣れてきた。同時に先程、五種類の魔法も完成させる事が出来た。
「想像するだけでも意外に難しいものなんだな」
「それでも、たった三日でここまで出来るなんてすごいです」
ここまで来るまで、本当に大変だった。
ただ想像するだけと言っても、何となく漠然と想像したものでは構築することは出来ず、何度も魔法が暴発してしまった。
だけど、アリシアさんの的確なアドバイスのお陰で何とか完成させる事が出来た。
「そういえば、火魔法のランクは上がりましたか?」
「ちょっと確認してみます」
自分のステータスを確認してみると、三日前まではFだった火魔法がEに上がっていた。。
「スゲェ。FだったのがEに上がった」
「それだけ、ショーマさんの火属性の魔法力が上がったと言う事ですね」
「俺だけじゃ無理だった。アリシアさんの指導があったから」
俺だけだったら、未だに初心者魔法から脱する事が出来なかった。
《なんにせよ、よくやったわ。まっ、構築した魔法五つのうち二つは完全に近接戦専用の魔法になってしまったけど》
放っとけ。遠距離技と言っても、イマイチピンとこなかったんだよ。
《確かに、君は完全に近接戦専門の勇者だもんね。私の加護を受けたから火魔法がおまけで着いただけで》
良いだろ、別に。
そんなデリウスとのやり取りで表情がコロコロ変わる俺を見て、傍に居たアリシアさんが何だか羨ましそうに見ていた。
「アリシアさん?」
「何だか羨ましいですね。自分と相手のステータスをいつでも見られるなんて。普通はそんな事できませんので」
「あぁ、すみません。一人で勝手に盛り上がって」
そうだった。鑑定眼のお陰で、俺は自分や相手のステータスをいつでも自由に見る事が出来るが、そんな事が出来るのはここハルブヴィーゲに召喚された異世界の勇者のみ。普通は見る事が出来ないのである。
折角秘密を共有し合える仲になったのだ、彼女にも鑑定眼を渡すことは出来ないだろうか。
《出来るわよ》
何かあっさり解決しちゃってますけど。ホントに出来んの?
《君とアリシアちゃんがパートナーの誓いを結べば、彼女もステータスを見る事が出来るわ》
「どうしました?」
「いや、デリウスに確認したら、アリシアさんが俺とパートナーの誓いを結べば、アリシアさんもステータスを見る事が出来るって」
「ぱ、パートナーの誓いですか!?」
顔を瞬時にトマトの様に真っ赤に染めたアリシアさんが、見て分かるくらいに狼狽えていた。確かに、言葉だけ聞けば男女の誓いの様に聞こえるよな。
《ちなみに、男同士の場合はバディーの誓いと呼ぶわ》
そんな補足情報は結構だって。
「あぁ、いや、その、別に無理をする必要なんてありませんし、アリシアさんにだって他に気なる相手だって居るだろうし、俺みたいなのそんな・・・・・・」
「‥‥‥‥‥‥」
しばらく俯いて考えた後、意を決したみたいにアリシアさんが顔を上げた俺に言った。
「む、結びます!私、ショーマさんとパートナーの誓いを結びます!結びたいです!」
「は、はぁ‥‥‥大丈夫なんですか?」
アリシアさんは、俺とパートナーの誓いを結ぶのは大丈夫みたいだけど、それだとギルドの仕事に支障が出ないか。
「職員を抜けますので大丈夫です」
「いやいやいや!問題大有りだろ!」
アリシアさんは、オリエの冒険者ギルドの受付嬢の中でも特に人気が高く、彼女目当てでギルドを訪れる冒険者だって居るくらいだ。
ギルドとしても、人気の高い彼女に抜けられるのは困るだろうし、俺だってアリシアのファンの冒険者に恨まれてしまう。
「良いのです。元々私、冒険者志望だったのですが、ショーマさんにお渡しした火竜の剣に持ち主と認められなかった事もそうですが、私には魔物を倒す力がありませんでした」
「へぇ」
魔法が使えるのだから大丈夫な気もするけど。
《彼女はどちらかというと、知識に優れているの。魔法は得意だけど、それだけでは冒険者が務まる程甘くはないから》
つまり、アリシアさんは目立った力を持たず、知識を持って味方をサポートするタイプなのだな。
けど、それだと一人で討伐系の依頼をこなすのは難しい。
「だから、受付嬢をこなしながらここで魔法の特訓を行い、いつか独り立ちできる様にしてたのですね」
「はい」
考えてみれば、そうでなければこんな所まで来てまで魔法の特訓を行おうなんて思わないよな。魔物だって普通に出て来るし。
でも、彼女はどちらかと言うと前衛よりも後方支援型。冒険者としてはあまり活躍が出来ない訳だ。
「ですが、ショーマさんはこんな私でも頼りにしてくれましたし、私がいくら使っても言う事を聞いてくれなかった火竜の剣にも認められました。それに、ショーマさんのお役に立てるのでしたら」
「んん‥‥‥」
彼女の申し出は有難いし、俺の秘密を知ってもなお変わらず接してくれた最初の人。正しくは、ハーフエルフなのだけど。
《良いじゃない。彼女の様な味方は、傍に置いておいた方が良いわよ。それに、ここまで親密になっておいて何を今更》
まぁ、頭の中でそんな事をほざいているマイペース女神は置いておいて、ここは彼女の意見を尊重するとしよう。
《それに、君のお頭は残念なものだから、アリシアの様な子がいてくれると大いに助かるわよ》
やかましい。自覚はあるけど。
「分かった。アリシアさんがそこまで言うのであるなら、俺が止める理由はない」
「はい」
花も綻ぶ満面の笑みを浮かべながら、アリシアさんが頷いた。
で、そのパートナーの誓いを行うにはどうしたら良い?
《簡単よ。まずは、お互いの小指を絡めて》
「俺と小指を絡めて。約束をする時と同じように」
俺が小指を立てると、言われた通りにアリシアさんは俺の小指に自分の小指を絡めた。
《次に、私に続いて言って》
あぁ。
《汝、この先何があっても我と共に歩み》
「汝、この先何があっても我と共に歩み」
《この先何があっても、我を裏切る事無く、我に従い、尽くす事を誓うか》
「この先何があっても、我を裏切る事無く、我に従い、尽くす事を誓うか」
「誓います」
迷う事無くアリシアさん頷いた。
すると、アリシアさんの周りを金色の光の玉が漂い、あっという間に俺とアリシアさんを包み込んだ。光の玉は10秒程で消えたが、それ以外に変わった事は何もなかった。
「これで、良いのか?」
《えぇ。これでアリシアは君のパートナー、パーティーメンバーになったとも言えるわ》
「ふえぇ!?頭の中に、いきなり女性の声が!」
「声って、アリシアさんにもデリウスの声が聞こえるの?」
《もちろん。君のパートナーとなったのだから、彼女にも私の恩恵を受ける権利が与えられたのだから、私の声が聞こえるようになるのは当然でしょ》
そんな事も出来る様になったんだ。様子を見るに、アリシアさんには、俺の頭の中の声(面倒なので念波と呼ぶ)までは聞こえない様だな。
《君が意識すれば、彼女にも君の念波は届くわ。ちなみに今は、君だけに私の声が聞こえるようにしているわ》
その辺は自由にできるみたいだな。常にお互いの考えが筒抜けっていうのも、何かと不便ではあるからな。
「でも、これで私は正式にショーマさんのパートナーになれました。一心同体なのです」
何か物凄くうれしそうにしているアリシアさんを見て、俺はこの先彼女と共に依頼をこなす事になる。
それはつまり、アリシアさんにも危険が及ぶと言う事にもなる。それなのにアリシアさんは、こんなにも純粋に俺の役に立てることを喜んでくれている。
そんな彼女をちゃんと守れるように、俺自身も強くならないと。
「早速明日から退職願を出して、現在借りている借家も引き払ないと」
この行動力は、俺も見習わないといけないな。と言うか、俺と一緒に古代樹の森のツリーハウスに住む気か?
《私は賛成。君の初めてのパートナーでもあるし、一緒に暮らす事でより親密な仲にもなるのよ♪》
まぁ、デリウスからのお許しも頂いたのだし良いか。
「あ、そうでした」
「ん?何」
何かを思い出した様に、アリシアさんが両手をパンと叩いた。一体何を思い出したと言うのだろう?
「以前、ショーマさんにお話しした、ショーマさんに丁度良いパーティーメンバー候補を見繕うと言う件ですが」
「もしかして」
「はい。黒ランクですが丁度いい子を1人見つける事が出来ましたのです」
「本当ですか」
それはありがたい。これからオリハルコンゴーレムみたいな魔物とも対峙するのなら、いずれはパーティーを組まないといけないと思っていたから、本当に助かる。
「そのパーティーメンバー候補には、今すぐ会えますか?」
「ごめんなさい。今あの子は、一ヵ月半前から依頼の為に西のザイレン聖王国に行ったから、帰ってくるのは早くても明日のお昼くらいだと思います」
「そうですか」
俺がこの世界に召喚される前に、西のザイレン聖王国という国に行ってたのだな。
補足情報で、この大陸はクフォト王国を中心に、東のトウラン武王国、西とザイレン聖王国、南のナンゴウ海王国、そして北のホクゴ獣王国の五ヶ国で成り立っているのだと言う。
四つの国の頭の文字を漢字にすると、東西南北なるんじゃねぇと聞いた当初心の中でツッコミを入れていた。
あと、四つの国はどれも「王国」の前に付いている漢字の意味通り、トウラン武王国は武を重んじ極める者が多く、武闘家や剣士等と言った戦士が多く集まる国で、現在俺はこの国に滞在している。武を重んじるとは言ったが、国民性はとても穏やかだ。
ホクゴ獣王国は、その名の通り獣人の王が納める獣人の王国。かと言って獣人しか住めないのかと言われるとそうでもなく、人間や妖精族も普通に暮らしている。ただ、獣人の割合が大きいのと、国王が獣人だからそう呼ばれているだけでだ。
ナンゴウ海王国は、漁業が盛んで、海の資源を中心に貿易を行っている国。尚、他の国に比べると気温が非常に高く、年中真夏日の常夏の楽園でもあり、海水浴目的に訪れる客が非常に多い。
最後にザイレン聖王国は、いろんな宗教が存在し、デリウスを初めいろんな神様が崇められている五つの王国の中でも最大の宗教国家。
アリシアさんが見繕ったパーティーメンバー候補は、俺が召喚される前までは依頼の為この国に滞在していた。依頼を終えた今は、トウランへと帰っている最中だとか。
「それで、その子は何の依頼でザイレン聖王国に?」
「ザイレン聖王国にしか採取できない薬草の採取の為に向かいました。あの子、ある意味とてもすごい人ではあるのですが、魔物や盗賊との戦闘に関しては全戦全敗と言う、討伐系や護衛系、制圧系の依頼を成功させたことが一度も無いの」
「おいちょっと待て!」
何だよそれ!四種類の依頼のうち、三種類もダメだなんて全く使えねぇじゃねぇか!
更に話を聞くと、そのヘッポコ冒険者は懲りずに何度も討伐系と制圧系の依頼を受けようとしており、その度にアリシアさんが止めて採取系の依頼を受けさせているのだと言う。その甲斐あって、半年かけて何とか黒ランクまで上げる事が出来たが、青以上に上げるにはやはり討伐依頼も成功させないといけない為、登録して三年経った今でも未だに黒ランクのままだと言う。
《白から黒の昇格は比較的楽で、ペナルティーでも受けない限り十日で昇格できるのよ。いくら採取系ばかりさせていたとはいえ、半年も掛けてしまうなんて、その子本当に大丈夫なの?》
「デリウス様のおっしゃる事は分かりますが、あの子にもすごい所があるのですよ。ただ、自分の長所を全く活かせていないだけで」
「どういう事ですか?」
「それは直接会って、鑑定眼で確認されたら分かると思います。私は彼女の戦いを実際に目にしたことがありますから、その子のすごい所と、何故討伐依頼を失敗し続けるのかもすぐに分かりました」
アリシアさんも苦労してきたのだね。
まぁ、とりあえずその辺は明日直接会って確かめるとするか。アリシアさんが進めるくらいだから、悪い奴ではないと思うが。
その後アリシアさんは、早速鑑定眼を自分に使ってみて、自分のレベルが11しかなかったことに少々落ち込んでいたが、これからは俺とパーティーを組むのだから、レベルもどんどん上がって行くだろう。
この日の訓練を終えた後、アリシアさんと一緒に食事をしてから古代樹の森へと帰った。